堀田研究室のコンセプト

遺伝子の変異が原因で引き起こされる難病に対して、その根本原因である遺伝子変異を修復する遺伝子治療を実現させるためには、遺伝子変異や疾患の種類に応じて、様々な戦略を取る必要があります。我々の研究室では、ウイルスベクターや非ウイルスベクターを活用した遺伝子導入技術、CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術を応用することで、これらの課題に挑戦しています。以下では、堀田研の主な研究内容について、最新のものから紹介しています。

CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集とは?

CRISPRとは、細菌由来のDNA切断システムの一種で、右図においてターゲットDNA (赤色オレンジ)にgRNA (ガイドRNA, 紫色)が結合することでゲノム上のターゲット配列を見つけ出し、Cas9タンパク質 (緑色)のDNA切断ドメインによって狙った部位にDNA切断を誘導します。DNA結合を担うgRNAを自在に組み替えることで、ヒトゲノム上の任意の位置にDNA損傷を誘導ことで、塩基の欠損や任意の配列を挿入することが可能です。ジストロフィン遺伝子の変異部位付近をターゲットとするCRISPR-gRNAを利用することで、ジストロフィンタンパク質を回復させることを目指しました。

HLAゲノム編集による細胞移植時の免疫拒絶回避

他人由来のiPS細胞を細胞治療に用いる際、細胞表面に存在するHLA(ヒト白血球抗原、またはMHC)タンパク質の"型"にミスマッチがあると、免疫拒絶の原因となります。HLAホモ接合体ドナー由来のiPS細胞を用いることによりHLA適合性を上げることが可能であり、iPS細胞研究所では既に、特に日本人で頻度の高いHLA型を持ったHLAホモiPS細胞の作製を進めています。日本人の90%以上をカバーするにはHLA-A,B,DRがホモ接合体であるiPS細胞株を140種類ほど用意する必要がありますが、そもそもHLA型をホモ接合体として持つ人は稀少であり、ドナー勧誘が律速となっていました。一方で、全てのHLAクラスIを細胞表面へと提示するのに必要なB2M遺伝子を破壊することで全てのHLAを欠失させる方法が報告されています。この方法ではキラーT細胞(CD8陽性)の拒絶を免れることはできますが、HLAを介したNK細胞を抑制する機能が損なわれてしまい、NK細胞には攻撃されてしまうことが知られています。加えて、HLA完全欠失細胞は、細胞内の抗原をキラーT細胞やヘルパーT細胞へ提示する能力も欠失してしまうため、感染リスクや腫瘍化時に免疫系に排除されないリスクも存在し、新たな方法が必要と考えました。

そこで我々は、まず一般的なHLAヘテロ接合体ドナー由来のiPS細胞において、古典的HLAクラスI(HLA-A,B,C)の片アレルのみを破壊し、HLAホモiPS細胞と同等の細胞を擬似的に作成する方法を試みました。まずCRISPR-Cas9を用いて、HLAアレルに特異的なgRNAをデザインし、標的アレルのみを破壊できることをサンガーシークエンスで確認した。その過程で、未分化iPS細胞でもIFN-γで刺激すればHLAを細胞表面発現することを突き止め、HLAアレル特異的な抗体を用いてHLAアレル破壊に成功した細胞のみを生細胞染色およびソーティングにより濃縮する技術を開発した。これらの技術を用いて、HLA-A,B及びHLA-A,B,Cの片アレルノックアウト株を作成した。さらに、ゲノム編集前後のiPS細胞を血球細胞及び心筋細胞に分化させ、ゲノム編集後にのみHLA型が一致する仮想レシピエント由来の末梢血CD8陽性T細胞と混合した結果、ゲノム編集前の細胞と比較してHLA編集株は有意にT細胞の攻撃を回避できることが示された。  さらに、古典的HLAクラスIの中でNK細胞の抑制に最も重要なHLA-Cの片アレルと非古典的HLA(HLA-E,F,G)を残存させた”HLA-C残存細胞”を作成した。この方法では、まずHLA-A,Bを両アレル破壊後に、HLA-Cの片アレルを特異的にCRISPR-Cas9を用いてノックアウトした。このHLA-C残存株を、残存したHLA-CのみHLA型が一致する仮想レシピエント由来のCD8陽性T細胞と混合した結果、HLA-C残存細胞はHLA編集前の細胞と比較して有意にT細胞の攻撃を回避できることが示された。続いて、仮想レシピエント由来のNK細胞と混合した結果、HLA-C残存細胞はB2M破壊細胞と比較して有意にNK細胞の攻撃を回避できることが示された。 さらに、HLAクラス IIの転写制御因子であるCIITA破壊を組み合わせて”HLA-C残存 + クラス II欠損細胞”を作成し、仮想レシピエント由来の末梢血と混合した結果、CD8陽性T細胞、CD4陽性T細胞、NK細胞のいずれも活性化させないことが示された。 ゲノム編集を用いた二つの戦略により、iPS細胞の免疫学的適合性の向上に有効であることを示した。特に後者の”HLA-C残存 + クラス II欠損細胞”のHLA-Cアレルを適切に選択すれば、6株で日本人の9割以上を、12株で世界人口の9割以上をカバーできる計算となるため、ゲノム編集を用いたiPS細胞ストックとして有効であると考えられる。

筋ジストロフィーに対するゲノム編集治療法開発

デュシェンヌ型筋ジストロフィーはジストロフィン遺伝子の異常によって引き起こされる先天性の進行性筋萎縮症です。ジストロフィン遺伝子は220万塩基もの長さがある巨大な遺伝子であり、途中にDNAの欠損が起きると、フレームシフトが起こりタンパク質が途中で途切れてしまいます。我々はジストロフィンタンパク質の全長を回復するために、TALENあるいはCRISPRと呼ばれる人工ヌクレアーゼ(DNAのメス)を利用して遺伝子を修復する研究を行っています。

我々はまず、ヒトゲノム配列をコンピューター上でサーチして、ヒトゲノム上に一箇所しなかい10-16塩基長の短いDNA配列だけを抽出し、iGEATsデータベースを作製しました。このデータベースを用いる事で、TALENやCRISPRの認識配列が、ヒトゲノム上の一箇所だけを特異的にターゲットできる領域を見つけ易くしました。次に、筋ジストロフィー患者からiPS細胞を作製し、3通りの戦略を用いてジストロフィン遺伝子の変異を修復できることを示しました。さらに、TALENとCRISPRで修復効率を調べた所、どちらも遜色無い事が分かりました。さらには、遺伝子修復を行ったiPS細胞において、染色体の核型やDNAのコピー数変異、そしてタンパク質コード領域の塩基変異を解析した所、目立った致命的な変異は発見されませんでした。この結果は、TALENやCRISPRを正しくデザイン構築ができれば、iPS細胞においてほとんど副作用無く遺伝子修復が行えることを示しています。最後に、修復iPS細胞を筋肉細胞に分化させた所、患者由来の修復前iPS細胞ではジストロフィンタンパク質の発現が見られなかったのに対し、遺伝子修復後のiPS細胞ではジストロフィン遺伝子の局在およびサイズが健常人と同レベルまで回復していることを確認しました。この成果は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する全く新しい遺伝子治療の方法となることが期待されます。

本研究成果はStem Cell Reportsで報告しました。 (Nov 26, 2014)

Li HL, Fujimoto N, Sasakawa N, Shirai S, Ohkame T, Sakuma T, Tanaka M, Amano N, Watanabe A, Sakurai H, Yamamoto T, Yamanaka S, and Hotta A
Precise correction of the Dystrophin gene in Duchenne muscular dystrophy patient induced pluripotent stem cells by TALEN and CRISPR-Cas9.
Stem Cell Reports, 2015; Vol.4 (1): p143-154. [PubMed link] [Journal link]

トランスポゾンベクターによる血友病遺伝子治療

血友病Aは血液凝固因子(遺伝子)の異常によって引き起こされる先天性の血液凝固異常症です。重度の血友病患者は血液凝固因子活性が健常者の数%以下であり、出血が止まらなくなるため、高価な血液凝固因子製剤を定期的に注射で補充する因子補充療法が広く行われています。しかし、数日ごとに繰り返し製剤を注射するのは肉体的・経済的な負担が大きいため、新しい治療法の開発が期待されています。
血友病患者さん由来のiPS細胞から肝臓様細胞を作り出し、遺伝子導入技術を用いて血液凝固因子を高いレベルで分泌できるようになれば、患者さんの体内で長期に渡って血液凝集機構を正常に戻すことが可能であると期待できます。そこで当研究室では、長期間に渡って血液凝固因子を高発現させるために、トランスポゾンを利用した非ウイルスベクターの開発を行いました。

我々は、piggyBacと呼ばれる蛾由来のDNAトランスポゾンを利用して、これまでのウイルスベクターでは不可能だった全長型のヒト血液凝固第八因子を遺伝子導入することに成功しました。さらに、ハイドロダイナミック注入法を用いてpiggyBacベクターを血友病Aモデルマウスに導入することにより、血液凝固機能の改善に成功しました。

本研究成果はPLOS ONEで報告しました。 (Aug 15, 2014)

Matsui H, Fujimoto N, Sasakawa N, Ohinata Y, Shima M, Yamanaka S, Sugimoto M, and Hotta A
Delivery of full-length Factor VIII using a piggyBac transposon vector to correct a mouse model of hemophilia A.
PLOS ONE, 2014; Vol.9 (8): e104957 [PubMed link] [Journal link]

EOS多能性レポーターによるヒトiPS細胞誘導の効率化

体細胞に数種類の転写因子を導入することで作り出されるiPS細胞は、ES細胞と同等の分化能力を持つことから、分化多能性の研究、難病の発病機構の研究や治療法の開発、さらには再生医療への応用などが期待されています。しかしながら、ヒトiPS細胞の誘導効率は低く(〜0.02%)、また株によって分化多能性や品質にばらつきがあることが知られています。

そこで、より効率的で、しかもより均質なヒトiPS細胞樹立方法の開発を目指して、GFP(緑色蛍光タンパク質)などの目印となる遺伝子をES/iPS細胞だけで発現するレンチウイルスベクターの開発を行いました。マウス初期胚や未分化ES細胞で高発現しているEarly Transposon (ETn)由来のプロモーターに、Oct-4 (別名Pou5f1)のエンハンサー領域を三量化して連結することで、未分化な多能性幹細胞だけで特異的に発現するEOSレンチウイルスベクターの開発に成功しました。(Hotta et al., Nature Methods, 2009)

このEOSベクターをヒト線維芽細胞へ導入した際にはGFPは発現しませんが、そこへ山中教授の発見された四種類の転写因子(OCT-4, SOX2, KLF4, C-MYC)を導入してiPS細胞の誘導を行うと、EGFPの発現が活性化され、緑の蛍光を発することを確認しました。さらに選択用の薬剤(ピューロマイシン)を添加することで、ヒトES細胞様のiPS細胞コロニーだけが選択的に増殖し、ヒトES細胞マーカー(TRA-1-81等)を発現する細胞の割合を70%以上にまで高めることが可能となりました。また、この方法を用いてレット症候群(MeCP2遺伝子の異常で起こる進行性の神経疾患)患者由来のiPS細胞樹立にも成功しました。このEOSベクターは、リプログラミングされたiPS細胞を特異的に選択するだけでなく、新しい多能性幹細胞の性質であるNaive型のヒトiPS細胞の誘導方法最適化や小分子化合物の探索等にも利用されています。

本研究成果は Nature Methodsで報告しました。(April 26, 2009)

Hotta, A, Cheung, AY, Farra, N, Vijayaragavan, K, Seguin, CA, Draper, JS, Pasceri, P, Maksakova, IA, Mager, DL, Rossant, J, Bhatia, M, Ellis, J.
Isolation of human iPS cells using EOS lentiviral vectors to select for pluripotency.
Nature Methods, 2009; Vol.6 (5): p370-376. [PubMed link] [Journal link]