大規模遺伝子解析により体細胞の初期化過程でRNAスプライシングパターンが変化することを解明
太田翔大学院生(京都大学CiRA/京都大学大学院生命科学研究科)、山本拓也助教(京都大学CiRA/京都大学iCeMS)らの研究グループは、体細胞からiPS細胞へと初期化する過程で、RNAを切り貼りするスプライシングパターンも初期化されることを明らかにしました。
本研究成果は2013年10月17日(木)12時(米国東部時間)に米国科学誌「Cell Reports」のオンライン版に掲載されます。
ポイント
・RNAスプライシング(つなぎあわせ方)注1)のパターンもiPS細胞になる過程で初期化されている
・iPS/ES細胞のスプライシングを制御するタンパク質U2af1とSrsf3を見出した
・安全なiPS細胞を作るうえで重要な初期化メカニズムの一端を明らかにした
1. 研究の背景と要旨
選択的スプライシング注2)は一つの遺伝子から複数のタンパク質をつくる仕組みの一つです。これによりタンパク質の種類が豊富になり、より複雑で柔軟性のある仕組みをつくることが出来ます。分化した細胞にはそれぞれ特徴的なスプライシングのパターンがあり、各細胞に固有の機能や特性を生み出しています。スプライシングパターンが変わってしまうことで生じる疾患も多数報告されています。さらに、多能性と無限増殖性をもった細胞であるES細胞では、ES細胞に特徴的なスプライシングが行われていることが報告されています。つまりスプライシングのパターンは細胞を特徴付ける大きな要因であるといえます。
分化した細胞に初期化因子を導入することでiPS細胞へと初期化されますが、その過程でスプライシングパターンも変化しているのかどうか、明らかにはされていませんでした。もし、スプライシングパターンが変化しなければ、同じiPS細胞であっても由来細胞によって大きく性質の異なるiPS細胞になる可能性が考えられます。そこで山本助教らは、大規模遺伝子解析の技術を用いて体細胞とiPS/ES細胞のスプライシングパターンを解析したところ、体細胞のスプライシングパターンが多能性を持ったパターンへと戻ることを明らかにしました。特に、iPS/ES細胞のスプライシングパターンは精巣のものとよく似ていました。多能性を持ったスプライシングパターンを作る仕組みとして、iPS/ES細胞で特徴的に働くRNA結合タンパク質がスプライシングを調節し、パターンを特徴付けている事を見出しました。中でもU2af1とSrsf3というRNA結合タンパク質を働かないようにしたところ、体細胞からiPS細胞へと変化する効率が低下し、U2af1およびSrsf3が初期化に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。これらの結果から、スプライシングパターンの変化が、初期化過程に携わる分子ネットワークに主要な役割を果たしていることが示されました。
2. 研究結果
1)スプライシングパターンが初期化の際に劇的に変化
初期化前後でのスプライシングの違いについて調べるために、線維芽細胞、ES細胞、線維芽細胞から樹立したiPS細胞それぞれのmRNA配列を解析しました。すると線維芽細胞のスプライシングパターンがiPS/ES細胞に特徴的なスプライシングパターンへと変わったことがわかりました(Fig. 1)。
Fig. 1 スプライシングパターンの解析
選択的スプライシングには様々なタイプがあるが、ここではSkipped exon (A-B-CとA-Cという2つの選択、エクソンBを飛ばすかどうか)について解析を行った。MEF(線維芽細胞)から作製したiPS細胞は、MEFとは大きく異なり、ES細胞と似たスプライシングパターンを示した。
2) スプライシングを制御するタンパク質を同定
特徴的なスプライシングパターンを決めているメカニズムは、RNAに結合するタンパク質が制御していると考えられます。そこでRNA結合タンパク質の中から、特にiPS/ES細胞で特異的に働いているタンパク質を作る遺伝子92種を選び、それらの遺伝子をRNA干渉法注3)により一つ一つ働かないようにすると、9種のRNA結合タンパク質がスプライシングのパターンに影響をあたえることがわかりました。これらのタンパク質が働かないようにした結果、U2af1とSrsf3というタンパク質がそれぞれ働かない場合に、iPS細胞が出来る効率は大幅に低下しました(Fig. 2)。以上のことから、体細胞が初期化される際にU2af1とSrsf3がRNAスプライシングに影響を与えることによって、重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。
Fig. 2 U2af1およびSrsf3を働かなくした細胞での初期化
AP:アルカリフォスファターゼ(iPS細胞へと初期化されたことを確認する指標)
U2af1およびSrsf3の働きを阻害した場合には、iPS細胞のコロニー(紫色の点)の数が減少し(左)、シャーレ上を占める面積も減った(右)。
shNC: コントロール(遺伝子の働きに影響を与えないRNA)
shU2af1: U2af1を作れないようにするRNA
shSrsf3: Srsf3を作れないようにするRNA
#1 #2 #3はそれぞれ同じ内容で実験している。
3. まとめ
本研究では選択的スプライシングについてゲノム全体で解析を行い、細胞が初期化される過程でスプライシングパターンやスプライシングを制御するメカニズムが変化していることを明らかにしました。また、選択的なスプライシングの制御が細胞を初期化するメカニズムの一翼を担っており、多能性に重要な働きをしている事を示唆しています。この成果から、iPS細胞はES細胞などと同様に多能性をもつスプライシングパターンへと体細胞のパターンから変化していることが明らかになりました。この成果を応用することで、iPS細胞の品質評価やiPS細胞作製時の効率や時間の改善などにも利用できる可能性が考えられます。
4. 論文名、著者およびその所属
・論文名
“Global Splicing Pattern Reversion during Somatic Cell Reprogramming”
・ジャーナル名
Cell Reports
・著者
Sho Ohta1,2, Eisuke Nishida2,3, Shinya Yamanaka1,4,5 and Takuya Yamamoto1,4*
*) 責任著者
・著者の所属機関
1. 京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
2. 京都大学大学院 生命科学研究科
3. 科学技術振興機構(JST) CREST
4. 京都大学 物質–細胞統合システム拠点(iCeMS)
5. グラッドストーン研究所
5. 本研究への支援
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・JST 山中iPS細胞特別プロジェクト
・JST CREST
・内閣府 最先端研究開発プロジェクト(FIRST)
・文部科学省 科学研究費補助金
6. 用語説明
注1) スプライシング
一般的な真核生物のDNAから転写されたmRNA前駆体には、イントロンと呼ばれる直接タンパク質のアミノ酸配列に関わらない領域がある。このイントロンを除き、残ったエクソンと呼ばれる領域からなるmRNAが 作られる過程はスプライシングと呼ばれる。
注2) 選択的スプライシング(Alternative Splicing)
通常スプライシングで切り取られる箇所は決まっている。しかし作られる臓器や環境によってエクソンの選ばれ方が変わることがある。この選択的スプライシングにより、1種類のDNAから複数のタンパク質を作ることができる