CiRA
Contents[特集]

iPS細胞技術の 特許取得のために奮闘する

iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、山中伸弥教授(iPS細胞研究所長)らの 研究グループが開発した新しい多能性幹細胞です。CiRAでは、iPS細胞技術 を用いて、病気の原因の解明や新しい薬や治療法の開発に向けた研究に取り 組んでいますが、それと同時に、この技術の適切な普及や利用を促進するため に、特許取得にも力を注いでいます。今号では、iPS細胞技術に関する特許に ついて特集します。

CiRA知的財産管理室

iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)には、 知的財産管理室(以下、知財室)という、 研究所で生まれた発明の特許取得のた めの業務を遂行するセクションがあります。 大学本部に特許を出願・管理する組織を 設置するのは日本でも普通になってきて いますが、大学の一つの研究所内にこの ような部門があるのは、珍しいケースです。

なぜCiRAに知財室が設置されている かというと、iPS細胞技術に関する特許を いち早く権利化し、できるだけ多くの研究 成果を社会に還元したいと考えているか
らです。そのために、企業で知財業務に 携わっていた経験を持つスタッフなどから
構成される知財室のメンバーは、日々研 究者と接したり、様々なミーティングに出 席したりして、研究の最新情報から特許 化できるような新しい発明を察知し、特許 出願を行っています。

「多くの国では、同じ技術ならば出願し た日が早い方に特許権が認められます。 ですから、特許の出願は、スピードが勝負 です(注1)。CiRA内に知財担当者がいる ことで、迅速な特許出願が可能になって います」と高須直子知財室長は話します。

注1: 日本や欧州では、最初に出願した人に特 許権が認められます。尚、米国では、最初に発 明した人に認められます。

iPS細胞の特許って?

さまざまな製品や製造技術などに特 許権が認められているように、iPS細 胞のような、研究のなかで開発された 細胞やその作製方法も発明の一種と みなされ、特許対象技術になります。

特許を取得するには、まず各国の特許庁に出願し、審査を受けます。その発明に新規性や進歩性があると認められると、出願者に特許権が与えられます。特許技術を利用したい組織や個人は、特許権者が決めたライセンス料を支払えば、その技術を利用できます。

山中教授らによってiPS細胞が発 明されて以来、京都大学はiPS細胞 技術に関して、数十件を超える特許出 願を行ってきました。現在、同教授らのグループが開発したiPS細胞の製造 方法など、3件の技術について日本て特許を取得しています。

日本国内で、表1の特許技術を営利目的で利用したいという企業や個人は、特許管理者にライセンス料を支払わねばなりません。(京都大学のiPS細胞関連特許管理の仕組みは、下記の図をご覧ください。)ただし、学術研究機関が非営利目的で利用する場合は、京都大学は無償で利用可能としていますので、研究活動の推進には全く問題ありません。

特許内容 成立日 成立国 国内権利期間
4遺伝子(注2)によるiPS細胞製造法 2008年9月12日 日本 2006年12月6日から20年間
3遺伝子(注3)によるbFGF(注4)存在 下のiPS細胞製造法 2009年11月20日 日本 2006年12月6日から20年間
3遺伝子によるbFGF存在下のiPS細胞製造法および分化誘導法4遺伝子によるiPS細胞製造法および分化誘導法 2009年11月20日 日本 2006年12月6日から20年間

注2: 4遺伝子とは、Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycです。
注3: 3遺伝子とは、Oct3/4, Sox2, Klf4です。
注4: bFGFは、細胞の増殖を促進するたんぱく質です。

注: iPSアカデミアジャパン社は、山中教授らが生み出したiPS細胞研究の成果を社会に還元するために、2008年に設立されました。

海外での特許取得競争

CiRAでは海外でも特許の取得を目 指して活動しています。いくつかの技 術は、米国や欧州の特許庁にも出願 済みで、現在審査が行われているものもあります。私たちと同じように、海外 の研究機関、特にiPS細胞を用いて 新しい薬をつくること(創薬)を目指して いる企業が特許取得を目指しており、 表2のようにすでに2件の特許が成立
し て い ま す 。

iPS細胞技術は、創薬や医療に大きな変革をもたらす可能性を秘めてい ます。例えば、製薬会社がiPS細胞か ら分化したさまざまな組織の細胞を用 いて、薬剤の効果や毒性をテストする ことができるようになると、効率的に新 しい薬を開発することができるようになり、コストダウンが可能になると言われ ています。iPS細胞技術が産業にもた らす可能性を見込んで、特に海外の 企業や研究機関が特許取得に熱心 に取り組んでおり、知的財産獲得競 争はますます激しくなってきています。

CiRA知財室は、京都大学の関連 部署と協力して、これらの動きに対抗 すべく、米国や欧州の専門家と共に 対策チームを結成し、アドバイスを受け ながら特許戦略を遂行しています。

表2.海外で認められたiPS細胞関連特許(2010年12月31日現在)

権利者 特許内容 成立日 成立国 国内権利期間
iPierian社(注4)(米国) 3 遺 伝 子 に よるb F G F 存 在 下 の ヒトiPS細胞製造法 2010年2月10日 イギリス 2008年6月13日から20年間
Fate Therapeutics社 (米国) 未分化細胞検出用 マーカー遺伝子および 多能性遺伝子を含有 する初代体細胞(注5) 2010年3月23日 アメリカ 2004年11月24日から20年間

注4: バイエル社(ドイツ)が特許を出願し、iPierian社に譲渡されました。
注5: この特許に関して、CiRAはiPS細胞の作製に関する特許と考えておりませんが、海外に
は関係があるとする見方がありますので、表に入れています。

iPS細胞の特許取得の必要性

研究者の実験ノートをチェックするCiRA知的財産管理室 高須室長(左)と高尾室長補佐(右)

CiRAがiPS細胞技術に関する特許 の取得にこだわるのには、いくつか理由 があります。

もし特定の企業がiPS細胞技術の特 許を独占することになると、他の企業が その技術を利用したくても利用させても らえなかったり、また利用できたとしても 高額なライセンス料の支払いを要求さ れる可能性があります。そうなると、将来、 研究開発の遅滞を引き起こすかもしれませんし、特許を使用するためのライセ ンス料が薬や治療法などに上乗せされ、医療費が高騰する可能性もあります。

京都大学は、主要なiPS細胞技術 特許を確保することにより、特定企業に よる特許の独占を防ぎ、適正かつ合理 的なライセンス料でiPS細胞技術を広く 社会に提供したいと考えていると高須 室長は言います。「iPS細胞研究を進め るために、京都大学はiPS細胞技術の 特許をその技術を使いたい団体・個人、 誰にでも使用を許諾する方針です。これは公的資金により特許を取得してい る大学の使命だと思います。」

医療応用に必要なiPS細胞技術の特許には、樹立方法など基本となる技術に関するものや、特定の細胞への分化誘導法など個別の技術に関するものがありますが、特に基本となる技術は広い範囲 に影響を及ぼすので、それらの特許取得に現在は注力していると、高須室長。「現在、海外で基本特許の取得に向けて一生懸命頑張っています。これからも、皆さまのご理解とご支援をお願い致します。

関連情報サイト

CiRAの特許について: http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq2_3.html
京都大学産官学連携本部: http://www.saci.kyoto-u.ac.jp/index.php
特許庁: http://www.jpo.go.jp/indexj.htm
文部科学省iPS細胞等研究ネットワークiPS Trend: http://www.ips-network.mext.go.jp/
iPSアカデミアジャパン株式会社: http://ips-cell.net/j/index.php

 

山田泰広教授インタビュー

前臨床研究に必要な動物実験施設を運営する

山田泰広教授は、CiRA研究棟内の2階と地下1階にある附属動物実験施設の施設長として、施設管理を担当し ています。どのような施設で、何をしているのかについてお話しを伺いました。

山田泰広教授

動物実験施設とは、どのような施設ですか?

一般的に動物実験施設は、研究に用いる実験用の動 物を飼育・管理する施設です。特に臨床応用を念頭にして iPS細胞研究を進める際には、細胞の質の評価や安全性 の確認が非常に重要になります。そのためには、シャーレ(培 養皿)上の細胞の評価だけではなく、生体内に細胞を移植 して評価することも必要です。動物実験施設はこのような生 体内で行う実験に使用する動物を飼育する施設です。

CiRAの動物実験施設の特長は どんなところでしょうか?

CiRAの動物実験施設は、大きく分 けて二つの機能を持っています。一つ は、基礎研究に用いるマウスやラット といった小型動物の飼育施設です。 そして二つ目は、臨床研究(注1)を 念頭に置いた前臨床研究(注2)を実 施するための施設です。2階の施設内には、免疫不全動 物専用の飼育室や、生体内に移植した細胞を観察できるライブイメージ ング装置、受精卵や卵子などの微 小な細胞を操作できるマイクロマニ ピュレーター(極微操作装置)などが 設置された部屋が備わっています。 そして地下の施設には、中型動物 の飼育施設やMRIやCTスキャンと いった大型の検査装置が備えられ ています。基礎研究だけでなく前臨床試験の実施に必要な大型機器が備わっているのは、この 施設の大きな特長だと思います。

施設管理のシステムはどのようになっていますか?

この施設を利用するためには、京都大学の動物実験教 育訓練とCiRA内の動物実験施設利用者講習会および 実地説明会を受講しなければいけません。また施設に入る 時には、専用の服に着替えたり、使用できる部屋について
も個人ごとのセキュリティカードで管理されています。そして、 実施する実験計画はCiRA内に設置された動物実験委員 会の審査を受けて承認を得る必要があります。CiRA内で の動物実験は、動物愛護に十分な配慮をしながら、実施さ れています。

利用者の入室管理だけでなく、この施設に持ち込まれる実験用動物も、厳重に管理しています。1階には検疫室が ありますが、そこで検査を受けて特定の病原体を持ってい ないことを確認したり、マウスやラットの場合には、体外受 精・受精卵移植によるクリーンアップ(注3)を受けて持ち込み ます。実験のためにマウスに移植するiPS細胞についても ウイルスや病原菌の検査を行います。

病原体をもっている動物や細胞が持ち込まれて、その病原 体が他の動物に感染すると、実験には用いることができなくな り、施設の消毒も必要になるので、飼 育動物に感染症などが起こらないよ
う厳密な管理を徹底しています。

動物実験施設の管理はどのような 体制で行われているのですか?

今は、私を含めて6人が関わって います。持ち込む動物の管理、体外 受 精・受 精 卵 移 植 によるクリーン ア ッ プ の 実 施 、実 験 の た め に 持 ち 込む細胞の検査、施設全般の管理 を担当しています。2010年の春に 施設ができたばかりなので、まだ飼 育数が少ないですが、飼育数に応じてスタッフは増える予定です。

施設長として今後の展望をお願い します。

施設を支えるスタッフのみなさん の尽力があって、ようやく無事に動 物実験を実施する施設として運用 で き る 段 階 に ま で 進 ん で き まし た 。 CiRAで研究する皆さんがスムーズに研究を進めてもらえる ように、そして一刻も早くiPS細胞の臨床応用が実現できる ように、動物実験施設長として研究のバックアップをしてい けるように努力したいと思っています。

注1: 臨床研究とは、前臨床研究の動物実験等で安全が確認された薬剤 や治療法を、少数のヒトに対して試験し、人間での安全性や効果を 研究することです。臨床試験も含まれます。
注2: 前臨床研究とは、臨床研究を行う前に、動物に対して新しく開発された 薬剤や治療法をテストし、効果や安全性を確認する研究のことです。
注3: 外部から持ち込まれたマウスやラットの精子と卵子を取り出し、体外 受精をさせて受精卵を作ります。その受精卵を、病原体がいないこと が確認されているマウスやラットに移植し、子孫を作ります。この一連 の過程を「クリーンアップ」と呼びます。

木村貴文教授インタビュー

臨床研究にも使用可能なiPS細胞を作る

木村貴文教授は、CiRA研究棟内の2階東側に位置する附属細胞調製施設(FiT= Facility for iPS Cell Therapy) の施設長として、施設管理を担当しています。どのような施設で、どんなことに利用されるかについてお話しを伺い ました。(6ページのコラム「CiRAで働く人々」と併せてお読みください。)

木村貴文教授

細胞調製施設とは、どのような施設ですか?

細胞調製施設は(、病気の人の)治療に使うための細胞 を製造する施設です。体内に移植してもよい細胞を作るの で、感性症の防止のために無菌的な環境が求められます。 CiRAの細胞調製施設(FiT)は、細胞を製造する部門と この施設で作られた細胞がどんな細胞になっているか、作り たい細胞になっているかなどの品質を確認する部門に分か れます。

細 胞 製 造 施 設 とし て 、無 埃 衣( む じんい)という埃を出さない服に着替 えて入る必要のあるクリーンルーム (開放系細胞調製室)が4室、細胞 製造用のクリーンベンチのある部屋 (閉鎖系細胞調製室)が2室ありま す。これらの部屋の中で、iPS細胞 やそれを原料とする移植用細胞を 無菌的に作ります。

FiTの特長はどんなところでしょうか?

施設内の入室記録や細胞製造 作業は全てコンピューターで自動的 に記録されます。作業を行う時には、 事 前 に コ ン ピ ュ ー タ ー に 作 業 手 順 を 登録しておきます。作業を行う各部 屋では、その手順が手元のモニター に 示 さ れ る の で 、そ の 指 示 に し た がって一つ一つの手順の確認をし ながら作業を進めます。そして、全て の 工 程 は( F i T 内 の )メ イ ン ・ コ ンピューターに記録されていく仕組みになっています。

臨床に用いるための細胞調製では、すべての作業工程を あとで確認できるように記録することが要求されます。それを自動化したコンピューターによる工程管理システムの導入は、恐らく世界で初めての試みでしょう。広さも500m²で、細胞調製施設としては国内最大級だと思います。

FiTは臨床試験に使えるような高品質の細胞を作る施設 ですが、現在までのFiTの稼働状況を教えてください。

2010年4月からの主な取り組みを挙げると、施設内の 全ての機器の性能評価試験と消毒作業、施設運用に関 する内規整備、施設運営委員会の設置および作業に必 要な手順書の作成などです。

性能評価試験では、ひとつひとつの機器がユーザーてある我々が求めている性能を満たしているかといったことを 確認しました。それを終えてから、サニテーションと呼ばれる 室内の消毒作業を行います。既に消毒作業は終えていま すが、細胞調製室に入室が認められているのはまだ1人だ けです。内規整備や施設運営委員会というのも、施設運 用の透明性を保つために必要なものです。

今はまだiPS細胞は扱っていませんが、安全性の保証さ れた培養液や培養方法を用いて臨床試験に用いるiPS細胞を製造するのに必要な準備を 行っています。

CiRAにおけるFiTの位置づけや 役割とは何だとお考えですか?

「 C i R A 」の「 A 」は A p p l i c a t i o n (応用)を意味しますが、FiTはその 応 用 を ま さ に 実 現 す る「 場 所 」だ と 思っています。ここには、CiRAの中 で開発されたiPS細胞技術や分化 誘導技術が集結します。FiTに引き 継がれる技術もあれば、CiRA内の 研究者に担ってもらわないとできない技術もあります。

ま た F i T の 運 営 に は 、臨 床 試 験 の記録を残す文書管理や施設管 理も必要です。研究部門だけでなく、 研究戦略本部や事務部も含め C i R A の ス タッフ 全 員 が 関 わ っ て iPS細胞治療を進める役割を果た す 場 所 だ と 考 え て い ま す 。

FiTの施設長としてメッセージをお願いします。

CiRAのiPS細胞研究は、研究のための研究にとどまら ず、定着した医療ツールにしていくことが重要と認識しています。その土壌を育むためには、どんな病気の治療にiPS細胞が使えるのかということを医療従事者、患者さんや家族そして広く国民の皆さまにご理解いただくことが不可欠です。多くの方々に知っていただきご理解をいただいてこそ、iPS 細胞が医療ツールとして定着するのだと思っています。そう いう取り組みにも私を含めた研究者が積極的に関わって いくことは大切だと思います。

ランドスケープ

米国でヒトES細胞を用いた臨床試験がスタート

現在販売されている細胞治療製品は皮膚や軟骨の製品に限定されています。一方、再生が困難な組織、例えば神経や心筋などについては製造技術の制約から、医療として世の中に提供されるにはさらなる時間を要すると見られていました。

しかし、今年10月、米国から喜ばしいニュースが届きました。Geron社が、ヒトES細胞由来の神経細胞を使った脊髄損傷治療の臨床試験を始めたのです。続いて、11月にはAdvancedCell Technology (ACT)社が米国食品医薬品局(FDA)からヒトES細胞由来網膜色素上皮(RPE)細胞を用いた家族性黄斑委縮症治療の臨床試験申請について承認を受けました。

ヒトES細胞は、作製時に受精卵の滅失をともなうため倫理的課題か指摘されており、他人の細胞を移植することになるため、移植時に免疫抑制剤の使用が必要と考えられています。これらの問題があるものの、患者さんにとっては記念碑的出来事といえます。

Geron社のFDAへの臨床試験申 請から3年あまりで承認され、患者さ ん10人がこの臨床試験に参加予定 で、最初のケースは既にジョージア州 で実施されました。ACT社は、今年3 月に同社のRPE細胞が、FDAから オーファンドラッグ(稀用薬)指定されたことに続き、昨年11月の臨床試験申請からわずか1年で承認となりました。計画では患者さん12人が臨床試験に参加します。このように、米国ては再生医療の新たな潮流が生まれ、日本の研究者もこれらの臨床試験の経過を見守っています。

iPS細胞は、ES細胞に関する上述 した課題を克服した多能性幹細胞で す。iPS細胞バンクの設立も理論的 に可能であり、大きなポテンシャルを 秘めています。ES細胞を用いた臨床 試験の知見はiPS細胞の臨床応用 にも有益であると考えられ、研究開発 の加速化も大いに期待できます。

CiRAで働く人々

移植用細胞培養のエキスパート

今回は、CiRAの細胞調製施設FiT(Facility for iPS Cell Therapy)の施設長である木村貴文 教授の研究室で働くテクニカル・スタッフの谷美穂さんにお話しを伺いました。

谷美穂さん

谷 さ ん は 、C i R A で も ご く 一 部 の スタッフしか入れないFiTで働いて います。(FiTについては5ページ参 照 )現 在 、F i T の 本 格 稼 働 に 向 け て木村教授らと共に細胞培養の 流 れ を 確 立 す る た め の テ スト 培 養 や、京大医学部附属病院内に9年 前に開設された細胞調製施設(C CMT:分子細胞治療センター)のノ ウハウを取り入れた運営ルール作 りに忙しい日々を過ごしています。

谷さんは、再生医療分野の研究機 関やベンチャー企業で移植治療用 の細胞培養に携わった経験がありま す。「以前の職場で移植治療用の細 胞を培養していた時は、毎回緊張し ながら作業していました」と谷さん。

医療機関で使用可能な高品質の 細胞を作る細胞調製施設では、細胞 培養の全ての作業工程に厳しい ルールがあり、研究用細胞の培養室 での作業と比べると3倍の時間がか かるそうです。また、細胞調製室は無 菌性を維持するために、通常、窓が ありません。そして、FiTの細胞調製 室では化粧をして入室することも禁止されています。このような環境での 作業にストレスを感じることもあります が、「(以前勤めていた機関で)自分 が培養した細胞が患者さんに移植さ れ、その患者さんに効果があったとい う知らせを聞いた瞬間は本当に嬉し かった」と谷さんは振り返ります。

iPS細胞は基礎研究の段階で あ り 、F i T も 準 備 段 階 で す 。谷 さ ん が移植用のiPS細胞培養を始め るのはしばらく先の話です。「CiRA で基礎研究に携わる皆さんが安全 なiPS細胞の開発に取り組んでい る間、将来iPS細胞を用いた移植 治療が実現する時に備えてFiTの 立ち上げに全力で取り組みたい」 と意気込みを語ってくれました。

iPS細胞 何でもQ&A

iPS細胞について、いろいろな疑問に回答するコーナーです。 みなさまからのご質問をお待ちしています。質問の送り先は、8ページの「発行」をご覧ください。

「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」(以下、ヒト幹細胞臨床指針)とはどのような指針ですか?

臨床研究として、再生医療などを必要とする少数の患者さんの協力を得て、細胞移植治療技術等の研究開発をする際 に、被験者の安全性を担保するために遵守すべき事項を定めた指針ですヒト幹細胞臨床指針は、ヒト幹細胞を用いる臨床研究が社会の理解を得て、適正に実施・推進されるよう、個人の尊厳と 人権を尊重し、かつ科学的知見に基づいた有効性及び安全性を確保することを目的に、厚生労働省によって整備され、平 成18年9月1日に施行されました。施行以降は、ヒト幹細胞臨床研究にかかわる全ての人にその遵守が求められています。

注: 臨床研究については、4ページの注1を参照してください。

ヒト幹細胞臨床指針は平成22年11月1日に改正されました。どのような点が改正されたのですか?

関係法令等の改正や、ヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)やヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)などの人工的に作ら れた新たな幹細胞技術の開発、基礎研究の進展が見られており、このようなヒト幹細胞臨床研究をとりまく環境変化に 対応するために、厚生労働省の審議会において専門家等による全面的な見直しが行われました。

これまでは対象とする幹細胞が、人間の体内に自然に存在している体性幹細胞に限られていました。旧指針が策定 された平成18年当時、マウスiPS細胞の作製は発表されていたもののヒトiPS細胞作製の報告は行われておらず、そも そもこの指針ではヒトiPS細胞は想定されていませんでした。また、ヒトES細胞については作製目的が基礎研究に限ら れていたこともあり、対象に含まれる素地がなかったのです。

今回の改正により、旧指針では対象外だったヒトES細胞や、旧指針策定時には想定外だったヒトiPS細胞などの多 能性幹細胞もこの指針が対象とするヒト幹細胞として扱われることになりました。

このヒト幹細胞臨床指針の改正により、ヒトiPS細胞やヒトES細胞を用いてどのようなことができる のですか?

今回の改正で、ヒトiPS細胞やヒトES細胞等の多能性幹細胞が指針の対象になりましたが、同時にこれらの細胞を 使った移植治療の有効性や安全性への配慮や治療に関わる研究者だけでなく基礎研究者等との連携による研究体制 の整備、被験者や患者団体との意見交換を求めるなど、実施する際の留意事項に関する項目も追加されました。

現時点においては、ヒトiPS細胞は基礎研究の段階にあり、臨床研究が開始されるまでにはまだ時間を要すると考えられ ますが、今後は、動物実験等で有効性や安全性が確認されれば、この指針に従って臨床研究が進められるようになります。

この指針改正により、ヒトiPS細胞を用いた治療を病院で受けることができるのですか?

今のところヒトiPS細胞を用いた治療を病院で受けることはできません。

ヒト幹細胞臨床指針は、治療効果や安全性を調べる臨床研究を実施するための指針で、今回の改正によりヒトiPS細
胞を用いた臨床研究が対象に含まれました。現時点においては、ヒトiPS細胞やヒトES細胞を用いた臨床研究を行ってい る機関はありません。(注)

指針の改正によって、研究を進める制度面での環境整備は進みましたが、すぐに臨床研究が始まるわけではありません。 ヒトiPS細胞研究は基礎研究の段階にあり、少数の患者さんを対象とした臨床研究を実施する前に、まず動物実験等で 細胞の安全性や治療の有効性などを確認する必要があり、これに少なくとも数年はかかると考えられています。

注: ヒト iPS 細胞を用いた臨床試験を行っている海外の機関もありません。米国ではヒトES細胞を用いた臨床試験が始まっています。 (6ページ参照)