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2015年7月22日

ヒトiPS細胞由来の腎前駆細胞をつかった細胞移植で急性腎障害(急性腎不全)マウスに効果

 長船健二教授のグループとアステラス製薬株式会社による、腎臓の再生医療に関する両者の共同研究の研究成果が、2015年7月22日に「Stem Cells Translational Medicine」でオンライン公開されました。

ポイント
・ヒトiPS細胞から腎臓の前駆細胞を作製する方法を確立した。
・急性腎障害注1のマウスに腎臓の前駆細胞を移植することで治療効果が認められた。
・腎疾患にも細胞移植療法が開発できる可能性がある。

1. 要旨
 両者の研究グループは、腎臓の再生医療に関する共同研究において、人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作製した腎前駆細胞の移植により、マウスの急性腎障害(Acute Kidney Injury; AKI)による腎機能障害や腎組織障害が軽減することを発見しました。 
今回の研究において、ヒトiPS細胞からOSR1とSIX2というタンパク質を指標に腎臓の前駆細胞を作製し、その細胞が腎臓の尿細管様の3次元の管構造を作る能力を持っていることを明らかにしました。さらに、虚血再灌流注2により急性腎障害を生じたマウスに、この腎臓の前駆細胞を移植したところ、症状を緩和することを確認しました。特に腎機能の指標である血中尿素窒素(BUN)と血清クレアチニンの検査値の上昇が顕著に抑えられ、組織学的な変化も抑えられました。

2. 研究の背景
 腎臓の機能が急激に低下することを急性腎障害といいます。 処置を行った患者さんでも60%程度は死に至ります。これまでの方法ではこの急性腎障害により受けた腎臓のダメージを軽減することはできておらず、ヒトiPS細胞を使った細胞移植が新しい治療の選択肢の一つとして期待されています。本年2月には、イタリアの研究グループにより、薬剤によって急性腎障害を起こしたマウスに、ヒトiPS細胞から作製した腎臓細胞を尾静脈から注射し、治療効果があると報告されました。
 また、既にOSR1とSIX2という2つのタンパク質を指標にすることで、腎臓の前駆細胞を見分けられることが明らかにされていました。豊原敬文研究員・長船教授らの研究グループは今回、ヒトiPS細胞からOSR1とSIX2を発現している腎臓の前駆細胞へと分化させ、虚血性の腎障害を起こしたマウスの腎被膜注3下へ移植し、治療効果を検証しました。

3. 研究結果
1) ヒトiPS細胞から腎臓の前駆細胞を誘導する方法の確立
 ヒトiPS細胞に、腎前駆細胞の指標となるOSR1遺伝子の発現に伴いGFP(緑色蛍光タンパク質)が、SIX2遺伝子の発現とともにtdTomato(赤色蛍光タンパク質)が発現する系を構築しました。この系を用いて緑と赤の蛍光を目印に、ヒトiPS細胞から腎前駆細胞へと分化誘導する方法を確立しました。
 この方法で誘導した細胞は、マウスの後腎細胞と共培養や、あるいは免疫不全マウスの精巣周囲の脂肪内に移植したところ、いずれも尿細管様の管構造をつくり、腎臓の前駆細胞として十分に機能することを明らかにしました。

2) 急性腎障害のマウスへの細胞移植
 虚血再灌流により腎障害を引き起こしたマウスの腎被膜下に、1の方法で作製した腎臓の前駆細胞を移植し、その効果を検証しました。その結果、腎機能の検査値である血中尿素窒素(BUN)値や血清クレアチニン値は細胞を移植しなかったマウスと比べて顕著に低下していることが分かりました。また腎臓の組織切片を観察したところ、尿細管の壊死や線維化注4など、腎臓が障害を受けた時に発生する現象についても、かなり小さく抑えられていました(Fig. 1)。

201507_osafune_2.jpg
Fig. 1 細胞移植から12日後の組織切片の観察像(Masson's Trichrome染色)
青い部分は線維化が起こっていることを示している。
赤:細胞質、 青:コラーゲン線維

4. まとめ
 今回、ヒトiPS細胞から作製した腎前駆細胞を、急性腎障害のマウスに移植し、回復効果が見られることを明らかにしました(Fig. 2)。移植した細胞は、マウスの腎臓の一部にはなりませんでしたが、周りの細胞の回復を助ける働きがあり、また腎臓の保護因子も分泌していることが確認されました。腎移植を必要とするような人工透析を受けている慢性腎不全の方の場合、腎臓の細胞がほとんど壊れているため、治療には腎臓そのものを作製して移植することが必要であり、今回の方法だけでは治療は困難です。しかし、今回の知見は少なくとも急性腎障害を負った方の腎機能を回復し、慢性化を防ぐ可能性を示しており、腎疾患にも細胞移植を使った治療が適応できると考えられます。
 今後、今回の方法を活用した臨床応用の可能性を探りながら、慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease; CKD)や慢性腎不全の治療に向けた研究も進める予定です。

201507_osafune_1.jpg
Fig. 2 今回の研究の流れ

5. 論文名と著者
○論文名
"Cell therapy using human induced pluripotent stem cell-derived renal progenitors ameliorates acute kidney injury in mice"

○ジャーナル名
Stem Cells Translational Medicine

○著者
Takafumi Toyohara1, Shin-Ichi Mae1, Shin-Ichi Sueta1, Tatsuyuki Inoue1, Yukiko Yamagishi2, Tatsuya Kawamoto2, Tomoko Kasahara1, Azusa Hoshina1, Taro Toyoda1, Hiromi Tanaka1, Toshikazu Araoka1, Aiko Sato-Otsubo3, Kazutoshi Takahashi1, Yasunori Sato4, NoboruYamaji2, Seishi Ogawa3, Shinya Yamanaka1, 5 and Kenji Osafune1*

○著者の所属機関
1. 京都大学iPS細胞研究所
2. アステラス製薬株式会社
3. 京都大学大学院医学研究科
4. 千葉大学医学部附属病院
5. グラッドストーン研究所

6. 本研究への支援
 本研究の実施に際し、CiRAは下記機関より資金的支援を受けました。
・文部科学省 再生医療の実現化プロジェクト
・内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
・日本学術振興会 科学研究費補助金 (若手研究B)
・科学技術振興機構 さきがけ
・科学技術振興機構 山中iPS細胞特別プロジェクト
・再生医療実現拠点ネットワークプログラム 技術開発個別課題
・上原記念生命科学財団
・武田科学振興財団
・iPS細胞研究基金

7. 用語説明
注1) 急性腎障害(AKI)
何らかの原因により急激に腎臓が働かなくなる状態のこと。以前は急性腎不全と呼ばれていた。

注2) 虚血再灌流
何らかの理由により血管が狭くなる(狭窄)、あるいは塞がってしまう(閉塞)ことで血流が減少し、組織に血液が供給されない状態を虚血という。また、その後血管の閉塞を解消し、酸素を多く含んだ血液が再び供給されることを再灌流という。虚血再灌流が生じることで、細胞がダメージを受けることが知られている。

注3) 腎被膜
腎臓を覆っている膜のこと。腎被膜下は腎臓の中で血液等によって細胞が流されにくいところであり、細胞等の移植場所として使われている。

注4) 線維化
線維芽細胞が増殖し、コラーゲンなどを作って障害を受けた部分を補う反応。細胞の機能までは補えないため、線維化した部分が多くなってしまうと、組織として機能しなくなる。
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