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2017年5月22日

iPS細胞から膵内分泌細胞への分化を促進する低分子化合物を同定

ポイント

  1. ヒトiPS細胞から膵インスリン産生β細胞様細胞への分化を促進する低分子化合物として、臨床において抗アレルギー薬として用いられているクロモグリク酸ナトリウムを同定した。
  2. クロモグリク酸ナトリウムは、ヒトiPS細胞由来の膵前駆細胞から内分泌前駆細胞への分化を促進することを明らかにした。
  3. 化合物を用いた分化誘導法を開発することにより、低コストで再生医療用の膵細胞の作製が可能となる。
1. 要旨

 1型糖尿病に対して、iPS細胞から作製した膵細胞を移植する再生医療に向けた研究が盛んに行われています。しかし、これまでのiPS細胞から膵細胞の作製法は増殖因子(または成長因子)と呼ばれる高価なタンパク質を用いたものがほとんどで、低分子化合物を用いた、より低コストの膵細胞作製法の開発が期待されています。

 近藤 恭士 研究員(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門、京都大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌・栄養内科)、稲垣 暢也 教授(京都大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌・栄養内科)、長船 健二 教授(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)らの研究グループは、低分子化合物のスクリーニングを行うことにより、ヒトiPS細胞から膵インスリン産生β細胞様細胞への分化を促進する化合物として、臨床で抗アレルギー薬として用いられているクロモグリク酸ナトリウムを同定しました。

 クロモグリク酸ナトリウムを用いて作製されたβ細胞様細胞は、培養皿上でインスリンを分泌し、1型糖尿病モデルマウスに移植したところ血糖値を低下させました。クロモグリク酸ナトリウムは、膵臓の発生や分化に重要な働きをするシグナル分子である骨形成因子(bone morphogenetic protein; BMP)4を抑制することによって、膵前駆細胞から内分泌前駆細胞への分化を促進します。ヒトiPS細胞からβ細胞様細胞への分化に加えて、グルカゴン注1を産生するα細胞様細胞やソマトスタチン注2を産生するδ細胞様細胞など複数の膵内分泌細胞への分化を促進することが本研究により分かりました。

 この研究成果は、2017年5月22日に英科学誌「Diabetologia」で公開されました。

2. 研究の背景

 1型糖尿病に対する治療法として膵臓移植、膵島移植の有効性が知られていますが、ドナー臓器不足が問題となっています。そこで、無限の増殖能と膵臓を含む全身の臓器の細胞へと分化できるiPS細胞から膵細胞を作製し、移植する再生医療の開発が期待されています。しかし、これまでに報告されたiPS細胞から膵細胞を作製する方法は、増殖因子(または成長因子)とよばれる高価なタンパク質製剤を使用するものがほとんどで、ヒトに移植するための大量の膵細胞を準備するにはコストが高くなることが懸念されています。そのため、安価な低分子化合物を用いた膵細胞の作製法の開発が望まれています。そこで、長船教授らの研究グループは、低分子化合物のスクリーニングを行い、iPS細胞から膵インスリン産生β細胞様細胞への分化を促進させる化合物を同定し、その化合物を用いた新規の分化誘導法の開発を目指しました。

3. 研究結果

1) ヒトiPS細胞から膵インスリン産生β細胞様細胞への分化を促進する化合物を同定した
 研究グループはまず、ヒトES細胞から作製した膵前駆細胞に約1,250種類の低分子化合物をスクリーニングし、膵前駆細胞からインスリン産生β細胞様細胞への分化を促進する化合物として、臨床で抗アレルギー薬として用いられているクロモグリク酸ナトリウムを同定しました(図1)。また、クロモグリク酸ナトリウムは、多数のヒトiPS細胞株とヒトES細胞株から膵インスリン産生β細胞様細胞の作製を促進することが分かりました。

図1 クロモグリク酸ナトリウムの化学構造

2) クロモグリク酸ナトリウムを使って作製した膵細胞の機能を検討した
 クロモグリク酸ナトリウムを使ってヒトiPS細胞から作製した膵インスリン産生β細胞様細胞は、培養皿上で塩化カリウムなどによるインスリン分泌刺激に反応してインスリンを分泌する能力を有することが確認できました。また、作製した膵インスリン産生β細胞様細胞を1型糖尿病マウスに移植したところ、血糖値が低下しました。

 また、研究グループは、クロモグリク酸ナトリウムは、ヒトiPS細胞由来の膵前駆細胞に加えて、マウスの胎仔膵細胞をβ細胞に効率よく分化させることを見出しました。これにより、クロモグリク酸ナトリウムは種の違いによらず、同じ作用を示すことが明らかになりました。

3) クロモグリク酸ナトリウムの作用機序を明らかにした
 クロモグリク酸ナトリウムで膵前駆細胞を処理すると、インスリンを産生するβ細胞様細胞に加えて、グルカゴンを産生するα細胞様細胞やソマトスタチンを産生するδ細胞様細胞など複数種の膵内分泌細胞が分化誘導されることが分かりました(図2)。その結果より、クロモグリク酸ナトリウムは、膵前駆細胞から多種類の内分泌細胞のもととなる内分泌前駆細胞への分化を促進することが明らかとなりました(図3)。またRNAシーケンシング解析注3を行った結果、クロモグリク酸ナトリウムは、膵臓をはじめとするさまざまな臓器や組織の発生や分化で重要な働きをするシグナル分子である骨形成因子 (bone morphogenetic protein; BMP)4の発現を抑制することで、内分泌前駆細胞の分化を促進することが判明しました。

図2 クロモグリク酸ナトリウムで処理した膵前駆細胞(右)と処理していない膵前駆細胞(左)クロモグリク酸ナトリウムによる 処理によってインスリン産生細胞のみならずグルカゴン産生細胞の分化誘導効率も向上する。

図3 クロモグリク酸ナトリウムは膵前駆細胞から内分泌前駆細胞への分化を促進する。

4. まとめ

 本研究では、ヒトiPS細胞やヒトES細胞から膵インスリン産生β細胞様細胞の分化を促進する低分子化合物である、クロモグリク酸ナトリウムを同定しました。この発見によって膵臓の発生分化機構の解明が進むと考えられます。また、クロモグリク酸ナトリウムを用いた分化誘導法は、1型糖尿病に対する移植用の膵細胞を低コストで供給できる方法の開発に貢献できると期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Identification of a small molecule that facilitates the differentiation of human iPSCs/ESCs and mouse embryonic pancreatic explants into pancreatic endocrine cells
  2. ジャーナル名
    Diabetologia
  3. 著者
    Yasushi Kondo1, 2, Taro Toyoda1, Ryo Ito1, 2, Michinori Funato1, Yoshiya Hosokawa1, Satoshi Matsui1, Tomomi Sudo1, Masahiro Nakamura1, Chihiro Okada1, 3, Xiaotong Zhuang2, Akira Watanabe1, Akira Ohta1, Nobuya Inagaki2 and Kenji Osafune1
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科
    3. 三菱スペース・ソフトウエア株式会社
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会(JSPS) 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
  2. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実現拠点ネットワークプログラム
    「iPS細胞研究中核拠点」
  3. 日本糖尿病財団
7. 用語説明

注1)グルカゴン
主に膵島のα細胞で合成・分泌される、血糖値を一定に保つために重要なホルモン。血糖値を下げるインスリンとは反対に、グリコーゲン(糖が貯蔵されているかたち)の分解を促進することで血糖値を上げる作用をする。

注2) ソマトスタチン
膵島のδ細胞などで合成・分泌されるホルモン。インスリンやグルカゴン、成長ホルモンなどのホルモンの分泌を制御するなどの働きがある。

注3) RNAシーケンシング解析
高速シーケンサーを用いてRNA のシーケンシング(配列情報の決定)を行い、細胞内で発現するトランスクリプトーム(細胞内の全転写産物・全RNA)の定量を行う解析。

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