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研究成果 
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2014年4月10日

iPS細胞誘導に必要なDNA脱メチル化を担う候補因子の検討

 島本廉研究員、沖田圭介講師(京都大学CiRA初期化機構研究部門)らの研究グループは、DNAの脱メチル化を引き起こす候補因子の一つであるAid(Activation-induced cytidine deaminase)について検討し、iPS細胞誘導時に必須の役割を持たないことを示しました。 
 この研究成果は2014年4月9日(米国東部時間)に「PLOS ONE」で公開されました。 


ポイント
 ・Aid遺伝子欠損マウスから野生型と同等の効率でiPS細胞が樹立できた。このiPS細胞は自己複製能力や分化多能性、DNAのメチル化状態も野生型と同等であることが分かった。
 ・上記の結果から、マウスiPS細胞誘導時のDNA脱メチル化において、Aidは必須の役割を持たないことが示された。

1.要旨
 iPS細胞誘導の際にDNAの脱メチル化が重要であることが報告されています。しかし、そのメカニズムは十分には理解されていませんでした。研究グループは脱メチル化の候補因子としてAidに着目し、Aidを欠損したNanog-GFPレポーターマウス注1)からiPS細胞を作成し、野生型と比較実験を行いました。その結果、野生型とAid欠損型とで大きな差は見られず、Aidが必須の役割を持っていないことを明らかとしました。

2.研究の背景
 iPS細胞の誘導過程では、DNAのメチル化状態やヒストンの修飾状態といった細胞のエピジェネティックな状態が、体細胞の様式からES細胞の様式に変化することが報告されています。例えばNanogOct3/4などの多能性遺伝子のプロモーター領域のDNAは、iPS細胞誘導時に脱メチル化されることが分かっています。また、これらの領域のDNAのメチル化レベルは、不完全に初期化されたiPS細胞では完全に初期化されたiPS細胞に比べて高いことが知られており、DNAの脱メチル化はiPS細胞誘導において重要な役割を持つと考えられています。しかしながら、そのメカニズムについて十分に理解されていません。
 DNAを構成する塩基の一つにシトシンがあります。Aidはこのシトシンがメチル化されたメチル化シトシンを基質とする脱アミノ化酵素です。近年、ゼブラフィッシュの初期胚においてAidがDNA修復経路を介してDNAの脱メチル化に寄与することが明らかとなりました。また、マウスの初期胚や脳においてもDNAの脱メチル化に関与することが報告されました。さらに、ヒト線維芽細胞をマウスES細胞と融合させて初期化させる場合には、AidがOct3/4のプロモーター領域のDNAの脱メチル化に関わることも報告されています。これらの報告から、筆者らはiPS細胞誘導時のDNAの脱メチル化においてもAidが関わる可能性があると考え、この仮説を検証するためにAidを欠損したNanog-GFPレポーターマウスからiPS細胞を作製し、その性質について調べました。

3.研究結果
 Aid欠損マウスの胎仔線維芽細胞(MEF)注2)とB細胞注3)にレトロウイルスを用いてOct3/4Sox2Klf4c-Myc(4Fs)を導入したところ、野生型と同様にGFP陽性のiPS細胞コロニーが得られました(Fig. 1A)。GFP陽性コロニーの数を指標としたiPS細胞の誘導効率について、野生型とAid欠損細胞の間に有意な差は認められず、Aidを過剰に発現させても誘導効率への影響はありませんでした (Fig. 1B)。これらの結果から、Aidの有無はiPS細胞の誘導効率に影響しないことが分かりました。
 次に筆者らは、Aid欠損iPS細胞の性質について調べました。Aid欠損iPS細胞の増殖能力は野生型と同等であり、マイクロアレイ注4)を用いて細胞内の遺伝子の発現を網羅的に解析しましたが、その違いは僅かでした(Figs. 2A, B)。さらには、キメラマウスを作製することも出来ました(Figs. 2C)。これらの結果から、Aid欠損iPS細胞は野生型iPS細胞と同等の自己複製能力と分化能力を持つことが示唆されました。
  Aid欠損iPS細胞のDNAのメチル化領域を網羅的に調べるため、MBDシーケンス注5)を行いました。その結果、Aid欠損型と野生型iPS細胞のDNAのメチル化領域は99.5%が共通しており、違いは僅か0.5%であることが分かりました (Fig. 3)。この結果から、Aid欠損はiPS細胞のDNAのメチル化状態に大きく影響しないことが示唆されました。
  以上の結果を合わせて、AidはiPS細胞の誘導時のDNAの脱メチル化において必須の役割を持たないと結論されました。

4.まとめ
 今回の研究により、AidはiPS細胞誘導時のDNAの脱メチル化において必須の役割を持たないことが分かりました。この結果は、Aidとは別の脱メチル化メカニズムが存在することを示唆します。この研究は、iPS細胞誘導時のDNA脱メチル化のメカニズムの解明に繋がる有用な研究と考えられます。 

5.論文名と著者
・論文名

・ジャーナル名
 PLOS ONE

 ・著者
 Ren Shimamoto1, Naoki Amano1, Tomoko Ichisaka1, Akira Watanabe1, Shinya Yamanaka1, 2 and Keisuke Okita1

・著者の所属機関
 1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
 2. グラッドストーン研究所

6.本研究への支援
 本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。 
 ・内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
 ・文部科学省 科学研究費補助金

7.図     
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Fig. 1 Aid欠損マウスからのiPS細胞誘導
(A) Aid欠損iPS細胞のコロニーの形態。Aid欠損MEFに4Fsを導入し、25日目に蛍光顕微鏡を用いて写真を撮影した。左写真:位相差、右写真:GFP蛍光、Bar: 200 μm (B) Aid欠損iPS細胞の誘導効率。野生型とAid欠損MEFに4Fsとmockもしくは4FsとAidを導入し、4日後に細胞を剥がした。その後、10 cm dish当たり1000細胞ずつ蒔き直し、遺伝子導入後25日目にGFP陽性コロニーの数を数えた。4Fsとmockで誘導した場合、Aid欠損型と野生型MEFの間に有意な差は見られなかった。また、Aid欠損型と野生型MEFのいずれにおいても、4FsとAidを導入した場合と4Fsとmockを導入した場合で有意な差は見られなかった。+ Mock: 4Fsとmockを導入, + Aid: 4FsとAidを導入

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Fig. 2 Aid欠損iPS細胞の性質評価
(A) 細胞増殖。3 × 105の細胞をfeeder細胞注6)でコートした6 well plate上にまき、3日毎に継代した際の細胞数の変化。野生型(青)とAid欠損型(赤)の間に有意な差は見られなかった。(B) Aid欠損iPS細胞と野生型iPS細胞の網羅的な遺伝子発現の比較。赤色の点は統計解析(遺伝子変動2倍以上、FDR < 0.05)の結果、有意に差のあった56プローブを、灰色は有意な差が認められなかった54,497プローブをそれぞれ示す。矢印は、Aid mRNAの3'UTR側を検出するプローブを表す。Aid欠損マウスにおいては、Aid遺伝子座に変異を導入する際に組み込まれたベクターの配列が残存しており、その中に存在するプロモーターが原因で5'側を欠損した不完長のAid mRNAが発現していると考えられる。ウエスタンブロット解析により、Aid欠損マウスにおいてAidタンパク質が発現していないことが確認されている。(C)Aid欠損iPS細胞由来のキメラマウス。黒色の部分がAid欠損iPS細胞由来の部分を示している。 

 
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Fig. 3 Aid欠損iPS細胞のDNAメチル化状態
MBDシーケンスを用いて野生型iPS細胞と野生型MEF(左)、野生型iPS細胞とES細胞(中央)、野生型iPS細胞とAid欠損iPS細胞(右)のDNAメチル化領域を比較した。左図の野生型iPS細胞と野生型MEFの比較では、検出された領域中、合計44.4%の領域が細胞種特異的なメチル化領域(specific)であったのに対し、中央の野生型iPS細胞とES細胞の比較における特異的メチル化領域は4.6%であった。この野生型iPS細胞とES細胞の違いは、左図の野生型iPS細胞と野生型MEFの違いより小さく、MBDシーケンスの結果は細胞の性質を反映していると考えられた。右図の野生型iPS細胞とAid欠損iPS細胞の比較では、99.5%が共通 (common)であり、違いは僅かであることが分かった。括弧内の数字は検出されたメチル化領域の数を示している。 


8.用語説明
注1)Nanog-GFPレポーターマウス
Nanogの発現と共に緑色蛍光タンパク質であるGFPが発現する遺伝子組み換えマウス。NanogはES細胞の多能性維持に重要な働きをする遺伝子として知られており、iPS細胞樹立の指標となることが報告されている。つまり、細胞が緑色の蛍光を発する(GFP陽性になる)と、初期化されてES細胞の様な状態になっていると考えられる。

注2)線維芽細胞
結合組織を構成する最も主要な細胞。多くの臓器に存在する。何らかの損傷により組織に傷が生じると、この細胞が増殖し損傷箇所を塞ぐ。 

注3)B細胞
リンパ球の一種で抗体を作る細胞。細胞ごとに作る抗体が決まっている。 

注4)マイクロアレイ
一度に膨大な数のDNAやRNA、タンパク質を網羅的に検査することができる解析技術。 

注5)MBDシーケンス
メチル化シトシンに結合するMethyl-CpG Binding Domain(MBD)タンパク質を用いてメチル化DNAを濃縮し、その配列を解析することでメチル化されている領域を検出する方法。

注6) feeder細胞
目的の細胞を培養する際、培養条件を整える補助的な役割をもつ細胞。通常は薬剤処理によって分裂できないように処理されている。iPS細胞の培養の際には、マウス胎仔由来の線維芽細胞などがfeeder細胞として用いられている。

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