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研究成果 
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2014年4月24日

ヒトの体細胞は原条の細胞に似た状態を経て初期化される 〜初期化メカニズムの一端を解明〜

 高橋和利講師(京都大学CiRA)、田邊剛士研究員(元京都大学CiRA)、山中伸弥教授(京都大学CiRA)らの研究グループは、ヒトの体細胞は原条の細胞に似た状態を経て初期化されることを明らかにしました。
 この研究成果は2014年4月24日(日本時間)に「Nature Communications」で公開されました。

ポイント 
                                   
・初期化途中の細胞を純化し、ノイズの少ない解析を可能にした。
・初期化途中の細胞では原条で働く遺伝子が一過的に発現していた。
・原条形成に関わるFOXH1が初期化を促進することを見出した。

1.要旨
 哺乳類の胚発生過程において多能性細胞(エピブラスト)は、原条(primitive streak)注1と呼ばれる構造を通過し、そこから内胚葉や中胚葉へと分化していくことが知られています。一方でiPS細胞は体細胞に少数の転写因子 (例えばOCT3/4, SOX2, KLF4 と c-MYC; OSKM)を用いることで、分化多能性を再獲得した細胞ですが、その過程については十分に解明されていません。iPS細胞をつくる様々な方法が報告されていますが、OSKMのみでiPS細胞を作る場合の効率はとても低いものであり、何か初期化を阻害する物がある、あるいは初期化を効率よく進めるためには、 まだ知られていないイベントが必要であると考えられます。高橋講師らの研究グループは、これまでにiPS細胞へと初期化される過程には二段階あり、多くの細胞は一段階目までは進むが、その後の成熟化の過程に進んでiPS細胞に至る細胞が少ない事を明らかにしています。今回の研究では、ヒト細胞の初期化途中(後半)で細胞が、原条の主要な構成要素である中内胚葉のマーカー遺伝子を強く発現していることを見出しました。また、高橋講師らは初期発生段階で原条形成に関わるFOXH1というタンパク質が、ヒト線維芽細胞の初期化を促進することを見出しました。これらの結果から、ヒト体細胞が初期化される過程では分化過程の通り道である原条の細胞に似た状態を一時的に経ていると考えられます。


2.研究の背景
 OCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYCを含む転写因子を発現させると、分化した体細胞が多能性を獲得しますが、その効率は決して高くありません。この効率の悪さの要因として、OSKMの添加に加えて、「初期化の障壁を取り除く」あるいは「未だに知られていない二次的なイベントが必要である」と考えられていました。これらを明らかにすることで初期化効率の改善が期待されます。しかしながら、集団の中で大部分を占める初期化されそこなった細胞が各種解析結果において大きなノイズとなり、初期化の分子機構を研究する上で障壁となっていました。そのため、iPS細胞へと初期化される過程にある細胞のなかで起きているイベントを捕まえることはとても難しいのが現状でした。
 昨年、高橋講師らは細胞表面の抗原(タンパク質)であるTRA-1-60を指標に初期化途中の細胞を集めるという手法を開発し、ヒトの細胞のうちOSKM誘導によって生じたTRA-1-60陽性細胞がiPS細胞へと初期化される途中段階の細胞である事を示しました。また、TRA-1-60陽性細胞の動態解析から、初期化の開始段階ではなく、その後の成熟過程がボトルネックとなって初期化の効率を決めていることも明らかにしています(CiRA ウェブページ:2013年6月25日記事)。しかしながら、初期化途中の細胞の特徴についてはまだほとんど分かっていませんでした。
 今回の研究では真正なiPS細胞の候補である途中段階の細胞としてTRA-1-60陽性細胞を集め、遺伝子発現について解析を行いました。


3.研究結果
 ヒト線維芽細胞(HDF)に初期化因子(OSKM)を作用させてから様々な日数で、iPS細胞へと初期化される途中の段階であるTRA-1-60陽性の細胞(d3〜d49)を回収し、それらの遺伝子発現を調べました。比較として、元のHDF細胞に加え、初期化が終わったiPS細胞(iPSC)やES細胞(ESC)、さらにiPS/ES細胞から少し分化させた細胞の内胚葉(EN)、中胚葉(ME)、神経外胚葉(NE)、原条様中内胚葉(PSMN)について解析を行いました。すると、初期化途中の段階の細胞、とくに20〜49日目の細胞はPSMNにとても似ている事が明らかになりました。
 また、初期化の途中にあるTRA-1-60陽性細胞ではPSMNに特徴的なマーカー遺伝子(BRACHYURY(T)MIXL1CER1LHX1EOMES)が一過的に活性化している事を確認しました。一方で他の系統の細胞に特徴的なマーカー遺伝子は一時的に活性化することはありませんでした。これらの結果から、TRA-1-60陽性細胞が初期化の後半でPSMNと似た遺伝子発現をしていることが分かりました。


髙橋先生fig.jpg
    Figure 初期化途中の細胞はPSMNに似ている
   初期化途中の細胞でマイクロアレイを行い、PCA(主成分分析)により各細胞の位置をプロットした。
      途中(d20付近)でPSMNに近い状態を経て、iPS細胞になることがわかる。



 以上の結果から、iPS細胞へと初期化される際には、原条の様な状態を経ていると考えられます。逆に原条の状態を誘導すると、初期化の効率が高くなることが予想されます。そこで原条に関連する転写因子をいくつかOSKMと同時に誘導したところ、FOXH1を利用した場合にできるiPS細胞のコロニー数が飛躍的に増加しました。また、FOXH1の機能をRNA干渉法注2により抑制すると、iPS細胞のコロニー数も対応して減少しました。これらの結果からFOXH1が初期化を促進することがわかりました。


4.まとめ
 今回使用したTRA-1-60を目印として初期化の途中にある細胞を捕まえる戦略により、初期化途中の細胞がPSMNと似た状態を経ることを明らかにしました。このPSMNに似た状態が次第に変化して、iPS細胞へとさらに初期化されます。初期化過程の研究を進めることで、iPS細胞のより強固な樹立を可能にすることができると考えられます。
 

5.論文名と著者
・論文名
"Induction of pluripotency in human somatic cells via a transient state resembling primitive streak-like mesendoderm"

・ジャーナル名
Nature Communications

・著者
Kazutoshi Takahashi1,*, Koji Tanabe1,*, Mari Ohnuki1, Megumi Narita1, Aki Sasaki1, Masamichi Yamamoto2, Michiko Nakamura1, Kenta Sutou1, Kenji Osafune1 & Shinya Yamanaka1, 3

・著者の所属機関
1. 京都大学iPS細胞研究所
2. 群馬大学
3. グラッドストーン研究所


6.本研究への支援
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・文部科学省 科学研究費補助金
・文部科学省 再生医療の実現化プロジェクト
・内閣府 最先端研究支援プログラム(FIRST)
・科学技術振興機構 再生医療実現拠点ネットワーク


7.用語説明
注1) 原条(プリミティブストリーク; primitive streak)
哺乳類の発生過程で現れる溝の様な構造。マウスの場合、発生開始から6〜7日目に見られ、この部分で細胞の形態が変化し、中胚葉や内胚葉の細胞のもとになる。

注2) RNA干渉法
細胞内で二本鎖RNAと相補的な配列を持つmRNAが分解される現象のこと。この現象を利用すると、遺伝子の配列がわかれば、その遺伝子の配列に相当する二本鎖RNAを合成し、細胞内に導入することで遺伝子の働きを阻害することができる。


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