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研究成果 
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2014年7月10日

iPS細胞誘導技術を応用して人工大腸がん幹細胞を作製することに成功

 神戸大学大学院医学研究科内科系講座iPS細胞応用医学分野・青井貴之特命教授と、京都大学大学院医学研究科消化管外科学講座/同学iPS細胞研究所所属の大嶋野歩研究員、坂井義治教授(同消化管外科学講座)、山田泰広教授(CiRA初期化機構研究部門)らの共同研究グループは、iPS細胞誘導技術をがん研究に応用することで、人工的に大腸がん幹細胞を作製することに成功しました。この研究成果は、米科学誌「PLOS ONE」に7月10日(木)(日本時間)に掲載されました。


ポイント
・iPS細胞誘導技術をがん研究に応用した注1
(iPS細胞誘導に使用されるOCT3/4, SOX2, KLF4をがん細胞に導入するが、iPS細胞を作製するのではなく、がん細胞にがん幹細胞の特徴を誘導する新しい技術である。)
・がん組織からは十分量の採取が困難ながん幹細胞と同様の特徴をもつ細胞(人工がん幹細胞)を人工的に作製し、回収する新しい方法を開発した。
・作製した人工大腸がん幹細胞はヒト大腸がん組織の特徴を繰り返し再構成できる。
・がん組織から採取困難だった、がん幹細胞の詳しい研究が可能になり、がん幹細胞を標的とする新しい診断・治療法(創薬)開発への応用が期待される。

1. 要旨 
 がん幹細胞は、がんの転移・再発・治療抵抗性の原因となる細胞で、いわば"がんの親玉細胞"と考えられています。そのため、このがん幹細胞を"たたく"新しい治療法の開発が期待されていますが、まだその治療法は未確立の状態です。その理由の一つとして、がん幹細胞はヒトのがん組織中でごく少数しか存在せず十分量の採取が難しいために、がん幹細胞の詳しい解析が行いにくいことが挙げられます。

 そこで、我々のグループは、人工的にがん幹細胞を作製することで、がん幹細胞を豊富に入手することができれば、がん幹細胞研究を推進することができると考え、本研究を行いました。その結果、iPS細胞誘導の際に用いられる遺伝子(OCT3/4, SOX2, KLF4)を大腸がん細胞株に導入した後、iPS細胞作製とは異なる培養環境を用いることで、一部のがん細胞に大腸がん幹細胞でみられる特徴注2を獲得させることに成功し、人工大腸がん幹細胞と名付けました。さらに、この人工大腸がん幹細胞を選択的に回収する方法も開発しました。また、この人工大腸がん幹細胞を詳しく調べた結果、ヒトがん組織中のがん幹細胞と同様の特徴を示すことを確認しました。

 この研究成果によって、これまで採取が困難であったがん幹細胞と同様の特徴をもつ細胞を豊富に入手することが可能になることで、がん幹細胞がもつ性質について、より詳細な研究が可能となり、がん幹細胞を標的とした新しい診断技術・治療薬の開発に役立つことが期待されます。


2. 研究の背景
 がん幹細胞は、がんの転移・再発・治療抵抗性などを引き起こす原因となる細胞、いわば"がんの親玉細胞"と考えられており、このがん幹細胞を"たたく"新しい治療方法を開発することによって、がん治療成績を向上させることができると期待されています。そのため、多くの研究者が、がん幹細胞の研究を行っていますが、がん幹細胞研究は容易ではないために、まだ新規治療法の開発に至っていないというのが現状です。このがん幹細胞研究が容易でない原因の一つとして、がん幹細胞がヒトのがん組織の中にごく少数しか存在しないため、がん幹細胞を十分量採取して詳細な研究に用いるのが難しいということが挙げられます。
 そこで我々のグループは、人工的にがん幹細胞を作製する方法を開発することができれば、いつでもどこでも十分な量のがん幹細胞の入手が可能になり、がん幹細胞のより詳細な研究が可能になると考えました。

 がん幹細胞を作製する方法について、我々のグループはiPS細胞誘導技術を応用することを考えました。iPS細胞誘導技術というのは、特定の遺伝子の組み合わせを導入した後に胚性幹細胞(ES細胞)を維持できる培養条件で培養することで、体細胞にES細胞の性質を誘導する技術です。一方、体細胞にiPS細胞誘導の際に用いるのと同じ遺伝子を導入した後、神経の幹細胞を維持できる培養条件で培養すれば、神経幹細胞の性質を誘導できることも報告されています。我々のグループは、これらの知見にヒントを得て、がん細胞に対して同様にこれらの遺伝子を導入した後、上記とは異なる培養条件で培養することで、がん細胞にがん幹細胞の性質を誘導できるのではないかとの仮説をたて、人工的にがん幹細胞を作製する手法の開発に取り組みました。


3. 研究の内容
 本研究では、まず大腸がん細胞に、OCT3/4、SOX2、KLF4の3つの遺伝子を導入しました。これらは、体細胞からのiPS細胞誘導や神経幹細胞誘導の際にも用いられる遺伝子です。遺伝子導入の後、一般にがん細胞の培養で用いられる条件下での培養を続けました。その結果、一部のがん細胞が大腸がん幹細胞でみられる特徴注2を獲得していることが分かり、これらの細胞を人工大腸がん幹細胞と名付けました。さらに、これらの人工大腸がん幹細胞は色素薬剤を排出する能力が元のがん細胞よりも非常に高いという特性をもつことを発見し、この能力の違いを利用することで注3、この人工大腸がん幹細胞を選択的に回収することにも成功しました。

 このようにして得られた人工大腸がん幹細胞は、ヒト大腸がんに似た組織学的特徴を示す腫瘍を造る能力を獲得している事がマウスへの移植実験から分かりました。また、この人工大腸がん幹細胞は、腫瘍組織の中でその性質を維持する能力、すなわち"自己複製能"と呼ばれるがん幹細胞において最も重要な能力も持つことも、マウスからマウスへと連続移植を行う実験によって証明されました。これらの結果から、我々の方法で作製した人工大腸がん幹細胞は、実際のヒト大腸がん組織の中に存在するがん幹細胞と同様の特徴を持つと考えられました。

 本研究の成果は、iPS細胞誘導技術を大腸がん細胞株に応用することで、人工的に大腸がん幹細胞を作製してこれを選択的に回収する技術を開発したことです。この技術によって、採取が困難であったがん幹細胞と同様の特徴をもつ細胞を実験室内で豊富に入手できるようになりました。この人工がん幹細胞は、がん幹細胞の性質についてのより詳しい研究に役立つと考えられます。


4. 今後の展開
 十分量の人工がん幹細胞を入手することで、すでに発症したがん組織中での振る舞いやがん幹細胞の特徴をどのようなメカニズムが決定づけているのかなど、様々な事を明らかにできることが期待されるのに加え、がん幹細胞を作製することでがん幹細胞の生い立ちを知ることに繋がるものと考えられます。こうした研究から得られる知見は、がん幹細胞を"たたく"新しい治療法の開発研究に役立つ可能性があります。今後は、人工がん幹細胞を用いて、がん幹細胞の様々な性質を決定付けているメカニズムに関する詳細な研究を進め、がん幹細胞を標的とする治療方法の開発にむけて取り組んでいきたいと思います。

 これまで、本研究の様にiPS細胞誘導技術を用いて特定の臓器がんのがん幹細胞を作製できるという報告はありませんでした。ですから、この技術が大腸がん以外の様々な種類の臓器がんのがん幹細胞作製に対しても幅広く応用可能であるかを今後検討していきたいと考えています。応用が可能であれば、例えば、乳がんのがん幹細胞、胃がんのがん幹細胞といった、臓器ごとのがん幹細胞に対して、それぞれに応じたがん幹細胞標的治療法を開発することができるようになるかもしれません。

 本研究を発展させ、将来的にがん幹細胞を標的とする新しい治療法を確立することができれば、がんの転移や再発、治療が効かなくなること(治療抵抗性)、など、現在のがん診療の問題点を克服し、がん患者の治療成績の大幅な向上に貢献できる可能性も考えられます。


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5. 論文名と著者名
・論文名
Induction of Cancer Stem Cell Properties in Colon Cancer Cells by Defined Factors 
(特定因子による大腸癌細胞への癌幹細胞特性の誘導)

・ジャーナル
PLOS ONE

・著者
大嶋野歩1,2、山田泰広1、長山聡2,3、河田健二2、長谷川傑2、岡部寛2、坂井義治2
青井貴之1,4

・著者の所属機関
1. iPS細胞研究所
2. 京都大学大学院医学研究科消化管外科学講座
3. がん研有明病院
4. 神戸大学大学院医学研究科内科系講座iPS細胞応用医学分野


6. 本研究への支援
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・京都大学山中−バルザン基金
・一般社団法人神緑会(神戸大学医学部医学科同窓会)
・日本学術振興会


7. 注釈
注1) 本研究はiPS細胞の作製を目的としていません。従って、iPS細胞作製技術の工程のうち、OCT3/4, SOX2, KLF4という、"山中因子"と呼ばれる遺伝子を導入することは同じですが、遺伝子導入後の工程は異なります。
注2) ここでいう、がん幹細胞でみられる特徴とは、がん幹細胞特異的遺伝子の発現、ゆるやかな細胞増殖(in vitro)、高い抗がん剤耐性能、高いスフェロイド形成能、高い腫瘍形成能をさします。
注3) 過去の報告などから、細胞を染色するヘキスト色素を排出する能力が高い細胞が幹細胞の特徴をもつと考えられています。本研究では、この原理を応用して、OCT3/4,SOX2, KLF4の導入によってより高い色素排出能を獲得した細胞を同定する手法を確立しました。
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