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研究成果 
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2014年8月18日

ピギーバックベクターを用いた遺伝子導入により、血友病Aモデルマウスの血液凝固機能を改善

 堀田秋津助教(京都大学CiRA初期化機構研究部門)の研究グループは、松井英人講師(奈良県立医科大学)らとの共同研究で、トランスポゾン(注1)の一種であるピギーバックベクター(注2を用いて血液凝固因子の遺伝子全長を導入し、血友病Aモデルマウスの血液凝固機能を改善することに成功しました。この成果は、2014815日(米国東部時間)に米国科学誌「PLOS ONE」に掲載されました。

 血友病は血を固めるためのタンパク質が生まれつき少ない、あるいはないために、血が止まりにくくなってしまう病気です。そのうち、血友病AX染色体上の血液凝固第VIII因子をつくる遺伝子(FVIII遺伝子)の変異により、第VIII因子が欠損して起こる遺伝子疾患です。主な治療法としては欠乏している第VIII因子タンパク質製剤の投与がありますが、短期間で活性が消失するため、重度の患者さんには数日ごとに繰り返し投与することが必要です。長期間安定にFVIII遺伝子を発現し第VIII因子を分泌させる遺伝子治療が可能となれば、患者さんの生活の質を改善できると期待されます。

 遺伝子治療分野においては、変異した遺伝子に替わる正常な遺伝子を外部より導入するために、導入効率の観点からレトロウイルス等を利用したウイルスベクターが主に使用されています。しかし、導入したウイルス由来タンパク質に対する免疫応答や、予期せぬウイルス配列の変異といったリスクが常に付きまといます。また、FVIII遺伝子は非常に大きな遺伝子で、ウイルスで運べるサイズ を超えているという問題もありました。そのため、これまではFVIII遺伝子の中央部分を切り詰めたBドメイン(注3欠損型のFVIII遺伝子が主に使用されてきました。

 そこで本研究では、FVIII遺伝子を導入するために、ピギーバックというトランスポゾンベクターに注目しました。今回、このピギーバックベクターを用いることで、ウイルスベクターを用いずに全長型のFVIII遺伝子を導入することができるかどうかを検証しました。

 まず、ピギーバックベクターにサイズの異なる様々な遺伝子を搭載し、ヒト腎臓由来培養細胞へ遺伝子導入を行いました。搭載する遺伝子のサイズは小さいほど導入効率が高く、ヒトの全長型のFVIII遺伝子を搭載すると、低い割合ながらも、Bドメイン欠損型のFVIII遺伝子と同程度に遺伝子導入できることを確認しました。

 次に、Bドメイン欠損型のFVIII遺伝子と、全長型のFVIII遺伝子をヒト腎臓由来培養細胞とヒトiPS細胞それぞれへ導入して、遺伝子発現および分泌FVIIIタンパク質の活性を測定しました。すると、Bドメイン欠損型に比べて全長型FVIII因子を導入した方が双方の細胞で遺伝子発現が高く、腎臓由来培養細胞ではFVIIIタンパク質の活性も高いことが観察されました。しかしながら、ヒトiPS細胞ではFVIIIタンパク質の活性は低く、タンパク質分泌経路が未発達であることが示唆されました。今後、iPS細胞を適切な細胞種へ分化させてFVIIIタンパク質の分泌量を上げる等の工夫が必要であると考えられます。

 そして、全長型FVIII遺伝子を搭載したピギーバックベクターを、血友病Aモデルマウスにハイドロダイナミック注入法(注4を用いて導入しました。その結果、300日以上にわたって、活性を持ったFVIIIタンパク質が血中に分泌されていることを確認しました。また、ピギーバックトランスポゾンベクターの注入による遺伝子導入を4週間おきに3回行う事で、さらにFVIIIタンパク質の分泌量を増強することができることも確認しました。最後に、血友病Aモデルマウスのしっぽからの出血時間を測定したところ、ベクター注入が無いと平均18分程度出血が続いていましたが、ピギーバックベクター注入により遺伝子導入したマウスでは、平均6分ほどで止血し、血液凝固機能が回復していることが確認されました。

 今回の研究により、ピギーバックベクターを用いることにより、全長型FVIII遺伝子を送り届けて安定的に発現させることができることが分かりました。この方法が将来的に、血友病などの遺伝子治療に貢献できると考えられます。



堀田20140818.jpg
Fig. ピギーバックベクターを用いた全長型FVIII遺伝子導入により血液凝固機能が改善した
ベクター注入の無い血友病Aモデルマウスと、ベクター注入により遺伝子導入した血友病Aモデルマウスの出血時間を比較した。遺伝子導入したマウスでは、出血時間が短縮し、血液凝固機能が回復していることが確認された。
F8-KO:ベクター注入の無いモデルマウス
Vector treated F8-KO: ベクター注入により遺伝子導入したモデルマウス



論文名
"Delivery of Full-Length Factor VIII Using a piggybac Transposon Vector to Correct a Mouse Model of Hemophilia A"


著者
Hideto Matsui, Naoko Fujimoto, Noriko Sasakawa, Yasuhide Ohinata, Midori Shima, Shinya Yamanaka, Mitsuhiko Sugimoto, and Akitsu Hotta


注1:トランスポゾン
転移酵素の働きによってゲノム上の位置をランダムに移動する配列。

注2:ピギーバックベクター
ベクターとは、目的の細胞に特定の遺伝子を導入するために使われる遺伝子の運び屋のこと。今回の研究でベクターに用いたピギーバックトランスポゾンは蛾由来であるが、蛾の細胞だけなく、マウスやヒトを含むほ乳類の細胞でも高い転移活性をもつ。ピギーバックベクターを利用して遺伝子を細胞に導入すると、変異ウイルスの発生リスクやウイルスを抗原とする免疫応答を回避できる。

3Bドメイン
ドメインとは、機能あるいは構造のまとまりとなる領域のこと。FVIII遺伝子は、Aドメイン、Bドメイン、Cドメインから構成される。過去の研究により、FVIII遺伝子の中央部分にあるBドメインはFVIII遺伝子の凝固活性に不可欠ではないものの、FVIIIタンパク質の分泌や品質管理に関わっていることが示唆されている。

4:ハイドロダイナミック注入法
DNAを含む溶液を血管内に短時間で注入することで、高い効率で肝細胞にDNAを導入する方法。本研究では、全長型FVIII遺伝子を搭載したピギーバックベクターのDNAをマウスのしっぽの静脈から注入した。

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