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研究成果 
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2014年10月23日

ヒトiPS細胞から血管細胞を含む心臓組織シートを構築

 升本 英利 研究員(現・米国ルイビル大学博士研究員、前・京都大学 心臓血管外科 特定病院助教、前・CiRA)、山下 潤 教授(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)、坂田 隆造 教授(京都大学 心臓血管外科)らの研究グループは、ヒトiPS細胞から、血管構成細胞を含む、心臓組織を模した心臓組織シートを作製し、ラット心筋梗塞モデルにおいて移植後の生着および治療に有効である可能性を示しました。
 この研究成果は2014年10月22日(英国時間)に英科学誌「Scientific Reports」で公開されました。

ポイント
・ヒトiPS細胞から心筋細胞および血管構成細胞(血管内皮細胞・血管壁細胞注1))を同時かつ効率的に分化誘導する方法を新たに開発した。
・分化誘導された心臓を構成する細胞群を細胞シート状に形成することに成功した。
(ヒトiPS細胞由来心臓組織シート)
・ヒトiPS細胞由来心臓組織シートをラット心筋梗塞モデルに移植することにより、心機能の回復と心筋層の再生を認めた。


研究の背景
 現在、拡張型心筋症注2)や虚血性心筋症注3)などの、重度の心筋症の患者さんに対しては、心臓移植が最も有効かつ最終的な治療法とされていますが、ドナー不足は極めて深刻で、心臓移植以外の有効な治療法を確立することが求められています。重症心筋症の患者さんの心臓では、拍動の源である心筋細胞が失われているだけでなく、心臓を構成している多様な細胞(血管を構成する細胞など)が失われることにより組織構造が壊れ、その結果として機能低下を来すことから、細胞の移植効果をさらに高めるには、心筋細胞だけでなくその他の心臓を構成する細胞も十分に補い、心臓組織構造として再構築することが望ましいと考えられます。この点で、iPS細胞は、大量に増殖させた上で多様な心臓を構成する細胞群を効率的に分化誘導することで、十分量供給できる可能性があります。
 また、心臓への細胞移植治療における問題点は,心臓に直接注入移植あるいはカテーテルにより冠動脈内に注入移植された細胞が十分に生存して長期的に心筋内に留まる(生着)効率が低いことです。山下教授らのグループは、より細胞の生存・生着を高めるような移植方法として温度感受性培養皿を用いた細胞シート技術(東京女子医科大学)に着目し、この細胞シート技術をヒトiPS細胞から分化誘導した心臓構成細胞に用いることにより、心臓組織を模した「心臓組織シート」を作製し、さらに、それを心疾患動物モデルに移植することにより治療効果および細胞生着効果を検証しました。

研究結果
1)  ヒトiPS細胞から心筋細胞および血管構成細胞(血管内皮細胞・血管壁細胞)を同時かつ効率的に分化誘導する方法を開発した
 山下教授らのグループは、以前報告したヒトiPS細胞からの効率的な心筋細胞分化誘導法(Wntシグナルを阻害するDkk1を加える方法、Uosaki, PLoS One 2011)を改変して、分化誘導開始5日目の中胚葉注4)細胞誘導期に血管内皮細胞増殖因子注5)(VEGF)を投与することにより、分化15日目に心筋細胞と同時に血管構成細胞(血管内皮細胞・血管壁細胞)を誘導する方法を新たに開発しました(Fig. 1)。この方法では、Activin A・BMP4・線維芽細胞増殖因子(bFGF)・VEGFなどを段階的に投与することにより、高効率に分化誘導された心臓構成細胞が得られました。分化誘導された細胞の内訳は、心筋細胞(CMと略、トロポニンT陽性):約76.1%、血管内皮細胞(ECと略、血管内皮カドヘリン(CD144)陽性):約10.6%、血管壁細胞(MCと略、血小板由来増殖因子受容体β (CD140b)陽性):約10.9%で、未分化なiPS細胞は約1.2%以下でした(n=13)。


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Fig. 1 ヒトiPS細胞からの心筋細胞・血管構成細胞同時分化誘導法             


2) 分化誘導された心臓を構成する細胞群から、ヒトiPS細胞由来心臓組織シートの形成に成功した
 分化誘導開始から15日後の心臓構成細胞を温度感受性培養皿注6)(UpCell, (株)セルシード)に高密度に播種・培養することにより、4日後に自己拍動性のヒトiPS細胞由来心臓組織シートを回収することに成功しました(Fig. 2)。シートの構成は、心筋細胞:約72.2%、血管内皮細胞:約5.7%、血管壁細胞:約20.2%で、未分化なiPS細胞は約1.1%以下でした(n=13)。シートの細胞構成が、元の細胞群の構成(研究結果1)と少し異なるのは、それぞれの細胞群の接着効率、細胞死、増殖率の違いによると考えられます。山下教授らのグループは、心筋のみでもシート化を試みましたが、心筋のみではシート構造を構築できず、シート化には血管細胞等が必要であることが示唆されました。同グループは、このシートを重層化し、三層構造の心筋組織シートを作製しました。


Figure_2_R3r.jpgFig2.jpg
Fig. 2 ヒトiPS細胞由来心臓組織シート
分化誘導した心臓構成細胞を温度感受性培養皿に播種・培養して
4日後に自己拍動性心臓組織シートを得た。

3) ヒトiPS細胞由来心臓組織シートをラット心筋梗塞モデルに移植することにより、心機能の回復と心筋層の再生を認めた
 このヒトiPS細胞由来心臓組織シートを3層重ねたものを、ラット心筋梗塞モデル(ラットの冠動脈を糸で縛って固定後1週間経過したもの)に移植したところ、移植後2ヶ月の経過観察期間において、心筋梗塞により一旦障害された心機能の回復を認めました(Fig. 3)。心収縮の指標は治療後に上昇し、コントロール(偽手術)群と比較して有意に高い値を示しました。また、治療群では、心臓の非収縮域が2週間でほぼ消失し、心拡大もコントロールと比較して有意に抑えられました。腫瘍形成は2ヶ月まで全19例において認めませんでした。
 組織学的検査では、移植後3日目で、移植されたシート中のヒトiPS細胞由来心筋細胞の周囲に、ラット宿主由来の血管内皮細胞が著明に集積しており、移植された心筋細胞による血管新生効果が示されました。移植4週後では、移植群の44%(9例中4例)において移植細胞の生着を認め、最大で心筋梗塞領域の44%を移植細胞が生着・補充していました(平均24.7%)(Fig. 4上)。さらに生着した移植細胞領域内に、宿主ラットの心臓から伸長した血管網が形成されており、この血流供給により移植後4週にわたる長期生着が実現できたと考えられました(Fig. 4下)。fig3.jpg
Fig. 3 ラット心筋梗塞モデルへの心臓組織シート移植による心機能回復
コントロール(偽手術)群では梗塞部の収縮の回復が見られないが(左)、
シート移植群では治療後梗塞部の収縮が回復する(右)。


Figure_4_R3r.jpgFigure_4_R3rr.jpg
Fig. 4 ヒトiPS細胞由来心臓組織シート移植後の細胞生着・血管新生
移植されたヒトiPS細胞由来心筋細胞(赤)、ラット宿主由来の血管内皮細胞(緑)
(上)移植後28日目の一例。心筋細胞優位の移植細胞が生着している。
(下)移植細胞内にラット宿主由来の血管構造(緑)が形成されており、
宿主からの移植部位への血管網伸長が認められる。

まとめ
 ヒトiPS細胞から心筋細胞および血管構成細胞(血管内皮細胞・血管壁細胞)を同時かつ効率的に分化誘導する方法を新たに開発し、それらを用いてヒトiPS細胞由来心臓組織シートを作製しました。心筋と血管構成細胞によるシートでは移植により血管新生の促進とシートの生着が認められたことから、ヒトiPS細胞由来心臓組織シートは、重症心筋症により障害された心不全に対する治療方法の一つとして、心臓再生医療の可能性に繋がる有用な成果と考えられます。
 今後は、シートの多層化など、組織構造を改良し、シートの機能を高めることが期待されます。また、今回移植に用いたげっ歯類(ラット)とヒトでは心拍数も異なるため、ヒトの心拍数に近い大型の動物での検証や、腫瘍化を含む安全性の検証など、iPS細胞による再生医療に向けて研究を進めて行きます。

論文名と著者
○論文名
"Human iPS cell-engineered cardiac tissue sheets with cardiomyocytes and vascular cells for cardiac regeneration"

○ジャーナル名
Scientific Reports

○著者
Hidetoshi Masumoto1,2, Takeshi Ikuno1,2, Masafumi Takeda1, Hiroyuki Fukushima1, Akira Marui2, Shiori Katayama1, Tatsuya Shimizu3, Tadashi Ikeda2, Teruo Okano3, Ryuzo Sakata2 and Jun K. Yamashita1

○著者の所属機関
1. 京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
2. 京都大学 心臓血管外科
3. 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所

本研究への支援
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・文部科学省 科学研究費補助金
・厚生労働省 科学研究費補助金
・文部科学省 再生医療の実現化プロジェクト
・京都大学医学部附属病院 臨床研究総合センター 流動プロジェクト

用語説明
注1)血管内皮細胞・血管壁細胞
 血管は内腔を一層におおう内皮細胞と、それを外から取りまく壁細胞の2種類の細胞で構成されている。血管壁細胞は血管構造の支持細胞であり、血管平滑筋細胞あるいはペリサイトとも呼ばれる。

注2)拡張型心筋症
 心室とともにしばしば心房の内腔容積増加を伴う心拡大と収縮機能障害を特徴とする多因子性の心筋の病気であり、不整脈による突然死と心不全をもたらす。日本の臓器移植ネットワーク登録されている患者さんの大部分はこの拡張型心筋症を患っている。

注3)虚血性心筋症
 動脈硬化などにより冠動脈が狭くなったり詰まったりしてしまい、十分な血液が送られず受け手である心臓の筋肉が酸素・栄養不足になった状態を「狭心症」と呼ぶ。また完全に血液が途絶えてしまい心臓の筋肉が死んでしまった状態(壊死)が「心筋梗塞」である。ある程度まとまった大きさで心筋梗塞を起こした場合、その部分の心臓の筋肉が薄くなったり、機能の低下により心臓が拡大し、心臓の形が変形したりすることがある。これらにより血圧低下や心不全などを合併する状況をまとめて「虚血性心筋症」とよぶ。

注4)中胚葉
 動物の発生初期に区別される細胞群の名称である。外胚葉と内胚葉の間を埋めるように発達し、筋肉や体腔などを作る。側板中胚葉から、心臓・血管・血球などが形成される。

注5)血管内皮細胞増殖因子(VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)
 胎生期の血管形成や組織の血管新生に関与する一群のタンパク。

注6)温度感受性培養皿
 東京女子医科大学 岡野光夫教授、清水達也教授らにより開発された、細胞シート回収技術。独自のナノ表面設計により、温度応答性ポリマー(PIPAAm)を培養皿表面に固定(共有結合)している。この温度応答性ポリマーは32℃以上で疎水性、32℃以下で親水性になるため、培養後32℃以下にすることによりトリプシン処理を行うことなく細胞を回収することができ、細胞生存に必要な細胞外マトリックスを保持したまま(細胞シートのまま)回収することが出来る。このシステムを用いて、すでに心臓・角膜上皮・食道上皮など様々な器官において臨床研究が行われている。



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