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研究成果 
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2016年2月9日

ヒトiPS細胞から、免疫機能を活性化させる細胞の作製に成功

 喜多山秀一研究員(京都大学CiRA)、金子新准教授(京都大学CiRA)やRong Zhang研究員(当時・愛知県がんセンター研究所、現・国立がん研究センター)、植村靖史主任研究員(当時・愛知県がんセンター研究所、現・国立がん研究センター)らの研究グループは、ヒトのiPS細胞から免疫細胞の一種であり、他の免疫細胞の機能を高めるiNKT細胞を作製できることを示しました。


 この研究成果は2016年2月9日正午(米国東部時間)に米国科学誌「Stem Cell Reports」にオンライン公開されました。



ポイント

・免疫細胞の中には、自然免疫と獲得免疫の双方の制御に重要な役割を果たすインバリアントナチュラルキラーT(iNKT)細胞注1がある
・iNKT細胞からiPS細胞を作製し、分化させることでiNKT細胞様細胞(re-iNKT細胞)を作製できた
・re-iNKT細胞は、元のiNKT細胞よりも細胞レベルで若返っていた
・re-iNKT細胞は、他の免疫細胞の機能を高める機能と、がん細胞を直接攻撃する機能をもつ


1. 要旨

 iNKT細胞は抗原提示を受けて免疫反応を誘導し、がんへの免疫反応を高める上でも重要な役割を果たしています。また、がん患者さんの多くでは体内の iNKT細胞の数や機能が低下していることが知られています。体内のiNKT細胞の数を増やすことで免疫機能を高め、がんへの治療につなげようと、グルー プは、iNKT細胞からiPS細胞を作製し、再びiNKT細胞(re-iNKT細胞)への分化を試みました。その結果、元のiNKT細胞よりも元気で、他 の免疫細胞の機能を高めてがん細胞への攻撃を促すre-iNKT細胞を作製することに成功しました。加えて、re-iNKT細胞自身も直接がん細胞を攻撃 することが観察されました。iPS細胞はほぼ無限に増殖させることができるのでre-iNKT細胞を大量に作製できます。今後、がんに対する有効な免疫療 法への応用が期待されます。



2. 研究の背景

 がんは、日本人の半数が生涯のうちに罹り、死因のトップである国民病です。がんの治療には主に、外科治療(手術)や放射線治療、化学療法(抗がん剤)が ありますが、それらに加えて、体を異物から守るための免疫機能を高めてがんを退治しようという免疫療法が注目されています。

 体内には、がん細胞を攻撃する細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)という免疫細胞があります。しかし、がん細胞との慢性的な闘いの結果、キラーT細胞は疲 弊し、機能が低下したり数が減少したりすることで、がんが増殖する一因となることが知られています。そこで以前に、金子准教授らのグループは、弱ったキ ラーT細胞をiPS細胞へと初期化し、再びキラーT細胞へと分化させることで、元気に若返ったキラーT細胞の作製に成功しました。今回のiNKT細胞の再 生も、この基盤技術を応用したものです。

 iNKT細胞は自然免疫での働きをもつとともに、樹状細胞の活性化を介してキラーT細胞の働きも促し、自然免疫と獲得免疫との橋渡しの役割を果たします。

 がん細胞はキラーT細胞の攻撃から免れたり、悪玉の免疫抑制細胞を呼び寄せてがんの周りを免疫不全状態として、キラーT細胞の活性を抑えて増殖したりす る場合があります。そのようなケースにおいて、iNKT細胞のようなキラーT細胞の働きを助ける免疫細胞は有用と考えられ、再生免疫細胞を用いたがん治療 の一つのアプローチとして効果的である可能性があります。



3. 研究結果
1. iNKT細胞からiPS細胞を介し、re-iNKT細胞を作製した

 ヒトiNKT細胞には、CD4注2陽性iNKT細胞、CD8注2陽性iNKT細胞、CD4陰性CD8陰性 iNKT細胞の3種類があります。健康なドナーの方の末梢血から採取したCD4陽性iNKT細胞に、初期化因子(Oct3/4、Klf4、Sox2、c- Myc)をセンダイウイルスを用いて導入することで、iPS細胞を作製しました。



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図1. 健常者iNKT細胞から作製したiPS細胞 (スケールバー:100 µm)



作製したiPS細胞から下図のプロトコルで、iNKT細胞様細胞(re-iNKT細胞)へと分化させることができました。中でも、生体内でiNKT細胞へ の分化に重要な働きをするインターロイキン15(IL-15)がre-iNKT細胞の作製に必要であることが分かりました。

20160209_kaneko_2.jpg図2. iPS細胞からre-iNKT細胞への分化プロトコル



20160209_kaneko_3.jpg図3. iPS細胞から作製したre-iNKT細胞



2. re-iNKT細胞は、元のiNKT細胞よりも細胞レベルで若返っていた

 T細胞の疲弊を調べる指標として、PD-1注4やTIGIT注5のタンパク質の発現量や染色体末端にあるテロメア注6の長さがあります。疲弊している細胞ではPD-1やTIGITの発現量が増え、テロメアが短くなります。そこで、作製したiNKT細胞での、PD-1とTIGITの発現をフローサイトメトリー注7で調べました。すると、元のiNKT細胞と比較して、re-iNKT細胞ではPD-1とTIGITの発現が顕著に低下していました。

20160209_kaneko_4.jpg図4. 元のiNKT細胞とre-iNKT細胞でのPD-1とTIGITの発現の違い
図中の点は細胞を示す。re-iNKT細胞では、元のiNKT細胞と比べて、
PD-1やTIGITの発現が低くなっている(図中の左下の領域)。



また、テロメア長もre-iNKT細胞で伸びていました。これらのことから、re-iNKT細胞は元のiNKT細胞に比べ、細胞自体が若返り、機能が改善していることが推測されました。

20160209_kaneko_5.jpg図5. 元のiNKT細胞とre-iNKT細胞のテロメアの長さの違い




re-iNKT細胞では、元のiNKT細胞と比べてテロメアの長さが長くなっており、 細胞が若返っていることを示す。

3. re-iNKT細胞は、免疫システムを活性化させると同時に、がん細胞を攻撃する機能をもつ

 iNKT細胞は樹状細胞上のCD1d分子に結合した糖脂質α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)を認識して活性化され、いくつかの機能分子を介 して樹状細胞を成熟・活性化させます。それにより、様々なCD8陽性T細胞が活性化され、中でも標的となる抗原に特異的なキラーT細胞が効率よく誘導され、がん細胞などを攻撃します。

20160209_kaneko_6.jpg図6. iNKT細胞は他の免疫細胞を活性化し、免疫機能を高めるのに重要な役割を果たす

re-iNKT細胞が樹状細胞を活性化し、抗原特異的なキラーT細胞を誘導する働きがあるかを調べるために、まずはre-iNKT細胞を活性化するα- GalCerとre-iNKT細胞を未熟な樹状細胞とともに培養することで、re-iNKT細胞が樹状細胞を成熟・活性化させました。さらに活性化された 樹状細胞を、がん抗原とCD8陽性T細胞と培養することで、そのがん抗原を標的とする抗原特異的キラーT細胞が産生されることを確認しました。つまり、 re-iNKT細胞が樹状細胞を成熟・活性化したことにより、CD8陽性T細胞から抗原特異的なキラーT細胞が誘導されることが分かりました。



20160209_kaneko_7.jpg図7. re-iNKT細胞がα-GalCerを認識し、樹状細胞の活性化を介して抗原特異的なキラーT細胞ができる



次に、re-iNKT細胞により活性化された抗原特異的キラーT細胞が標的のがん細胞を攻撃する能力があるかを調べるため、誘導されたキラーT細胞をがん細胞と混ぜたところ、キラーT細胞によってがん細胞が破壊される様子が確認されました。

20160209_kaneko_8.jpg図8. re-iNKT細胞が活性化したキラーT細胞の働き
re-iNKT細胞によって活性化されたキラーT細胞が、標的のがん細胞を破壊していることを示す。

さらに、re-iNKT細胞とがん細胞を混ぜたところ、re-iNKT細胞が直接がん細胞を攻撃することが分かりました。

20160209_kaneko_9.jpg図9. re-iNKT細胞の、がん細胞に対する働き
re-iNKT細胞によって直接がん細胞を破壊していることを示す。


4.まとめ

 本研究では、iPS細胞への初期化を介して、iNKT細胞が若返り、機能が改善した大量のre-iNKT細胞を作製できることが示されました。そして、 re-iNKT細胞は他の免疫細胞の機能を活性化してがん細胞への攻撃を促したり、直接的にがん細胞を攻撃することが示されました。

 iNKT細胞はがんだけではなく感染症や自己免疫疾患など幅広い疾患に関連する免疫応答を制御していると考えられており、今後細胞治療への応用が期待されます。



5. 論文名と著者
○論文名
"Cellular Adjuvant Properties, Direct Cytotoxicity of Re-differentiated Vα24 Invariant NKT-like Cells from Human Induced Pluripotent Stem Cells"
○ジャーナル名
Stem Cell Reports


○著者
Shuichi Kitayama1,*, Rong Zhang2,5,*, Tian-Yi Liu2,3, Norihiro Ueda1,2, Shoichi Iriguchi1, Yutaka Yasui1, Yohei Kawai1, Minako Tatsumi2, Norihito Hirai1, Yasutaka Mizoro1, Tatsuaki Iwama5, Akira Watanabe1, Mahito Nakanishi4, Kiyotaka Kuzushima2, Yasushi Uemura2,5,**, Shin Kaneko1,**


著者の所属機関
1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
2. 愛知県がんセンター研究所 腫瘍免疫学部
3. 中国PLA総合病院
4. 産業技術総合研究所
5. 国立がん研究センター 先端医療開発センター

* これらの著者は同等にこの論文に貢献しました。
** 責任著者
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

・日本学術振興会・文部科学省 科学研究費補助金、「基盤研究C」「若手研究B」「挑戦的萌芽研究」「新学術領域研究」
・AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 「iPS 細胞研究中核拠点」
・愛知県がん研究振興会
・武田科学振興財団
・国立がん研究センター研究開発費
・大和証券ヘルス財団
・日本膵臓病研究財団
・先進医薬研究振興財団


7. 用語説明
注1) インバリアントナチュラルキラーT(iNKT)細胞
T細胞は提示された抗原を認識するT細胞受容体を細胞表面にもち、通常、多様なT細胞受容体が存在してT細胞ごとにそれぞれ異なる抗原を認識する。T細胞の一種で、樹状細胞上などに発現しているCD1d分子に結合する糖脂質抗原α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)を認識するT細胞受容体をもつものをナチュラルキラーT(NKT)細胞と呼び、iNKT細胞はその大部分を占める細胞。iNKT細胞には通常一種類のT細胞受容体しかない。iNKT細胞は活性化すると、樹状細胞を活性化し、自然免疫や獲得免疫応答に大きな役割を果たす。
20160209_kaneko_10.jpg注2) CD4、CD8
細胞表面上のマーカー分子。CD4はヘルパーT細胞や樹状細胞、マクロファージなどで発現しており、CD8はキラーT細胞やNK細胞、樹状細胞などに発現している。

注3) サイトカイン
さまざまな細胞から分泌され、特定の細胞の働きに作用するタンパク質のこと。

注4) PD-1
T細胞で発現し、免疫反応を抑制するタンパク質。

注5) TIGIT
T細胞やNK細胞、腫瘍内T細胞などで発現している免疫抑制性の受容体。

注6) テロメア
染色体の先端に存在し、遺伝子情報を保護する部分。細胞分裂の度にテロメアは短くなるため、細胞の老化の指標としてその長さが調べられることがある。

注7) フローサイトメトリー
流動細胞計測法。レーザー光を用いて光散乱や蛍光測定を行うことにより、水流の中を通過する単一細胞の大きさ、DNA量など、細胞の生物学的特徴を解析することができる。
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