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研究成果 
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2016年2月24日

合成RNAを利用した生細胞の高精度な同定と分離

ポイント

・生きた細胞内のマイクロRNA(miRNA)注1)活性を定量的に感知するメッセンジャーRNA(mRNA)注2)を合成した。

・生きた細胞中の複数のmiRNA活性の違いを定量的に感知することで、異なる細胞種の同定や分離の精度を高めることができた。

・この手法は、目的細胞の同定や、異なる細胞種が混在する状態から目的の細胞のみを精製する技術、培養細胞の品質管理に役立つと考えられる。

・具体的には、HeLa細胞注3)の培養を重ねることで、内部状態(miRNA活性)が異なる細胞集団が現れることを明らかにできた。


1. 要旨

 遠藤慧 助教(東京大学大学院新領域創成科学研究科、元・京都大学CiRA研究員)、齊藤博英 教授(京都大学CiRA)らの研究グループは、細胞内のマイクロRNA活性を定量的に感知するmRNAを合成し、2倍以内というわずかなmiRNA活性の差にもとづいて異なる種類の細胞を高精度に同定し、分離することに成功しました。今後、これまで検出することのできなかった未知の細胞の同定や、異なる細胞が混在する培養皿の中から目的の細胞のみを分離するなどの応用が考えられます。

 この研究成果は2016年2月23日(英国時間)に英科学誌「Scientific Reports」で公開されました。



2. 研究の背景

 細胞機能の解析や臨床応用のための細胞を調製するためには、細胞の種類を正確に同定し、分離することが必要です。細胞を生きたまま分離するためには、細胞表面の情報を利用するのが一般的で、細胞内の情報を感知する手法は限られています。そこで、本研究グループは、試験管内で合成したmRNAを細胞に導入することにより、細胞内にあるmiRNAを検出して、生きた細胞を分離する方法を開発してきました(CiRAプレスリリース2015/5/222015/8/4)。しかし、これまでの手法は、分離したい細胞間に、miRNA活性の大きな差がみられない場合には、利用することができませんでした。


3. 研究結果

 本研究では、複数種類の合成mRNAを利用し、miRNA活性の差が小さい場合でも、異なる細胞種を精密に分離できる手法の開発に取り組みました。

 まず、試験管内で合成された複数種類のmRNA(それぞれ異なる蛍光タンパク質をコードする)を、あらかじめ混合して細胞に導入すると、mRNAの混合比率に従って、蛍光タンパク質の発現比率が高い水準で維持されることを発見しました。そこで、この知見を応用し、複数のmiRNAに応答してそれぞれ異なる蛍光タンパク質の発現が抑制される合成mRNAを細胞に導入して、細胞間にわずかなmiRNAの違いしかない場合であっても細胞の分離を可能にする方法を開発しました。

 例として、類似したmiRNA活性をもつHeLa細胞とMCF-7細胞を分離した方法を図1に示します。ここでは、miR-24とmiR-203aの2種類のmiRNAの活性の違いを、2種類のmRNAで検出します。miR-24の活性はHeLa細胞ではMCF-7細胞に比べて相対的に1.3倍高く、逆にmiR-203aの活性は1.5倍低く、これらのmiRNAは細胞間にわずかな活性の違いがあるのみです。miR-24を検出すると緑色蛍光タンパク質GFPの発現が抑制されるmRNA(1)とmiR-203aを検出すると別の蛍光タンパク質Kusabira-Orangeの発現が抑制されるmRNA(2)の2種類のmRNAを合成して、これらの細胞に導入しました。すると、HeLa細胞ではmiR-24の活性が相対的に高いためGFP量は相対的に低くなり、miR-203aの活性が相対的に低いためKusabira-Orange量が相対的に高くなります。一方、MCF-7細胞では蛍光タンパク質の発現量が逆転します。


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図1. 本手法(HRIC)の模式図
mRNA (1) とmRNA (2) がそれぞれmiR-24とmiR-203aに応答すると、
GFPとKusabira-Orangeの2種類の蛍光タンパク質の発現が抑制される。
これらのmRNAを合成し、あらかじめ混合してから細胞に導入する。

図1. 本手法(HRIC)の模式図
mRNA (1) とmRNA (2) がそれぞれmiR-24とmiR-203aに応答すると、GFPとKusabira-Orangeの2種類の蛍光タンパク質の発現が抑制される。これらのmRNAを合成し、あらかじめ混合してから細胞に導入する。



 HeLa細胞とMCF-7細胞の中に導入した、2種類のmRNAから発現されるそれぞれの蛍光タンパク質の量の比を指標にすると、各細胞集団内で一定値となり、細胞の蛍光比率の分布を示すヒストグラム注4)では、細胞集団が幅の狭い鋭いピークとして検出されました(図2b)。さらに、前述のようにmiRNAと蛍光タンパク質の組み合わせを工夫することにより細胞間のmiRNA活性差が増幅されるため、フローサイトメトリー解析注5)を用いて2種類の細胞を明確に分離することができました(図2a)。また、長期培養によってHeLa細胞の内部状態(miRNAの活性)が変質し、集団が2つに分離する様子を検出することにも成功し(図2c)、細胞の分離や精製だけでなく培養細胞の品質管理へも応用できる可能性が示されました。



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図2. 細胞の分離例

(a) HeLa細胞とMCF-7細胞の分離をフローサイトメトリー解析によるドットプロットで示した。

(b) 図 (a) の結果を蛍光比率の分布としてヒストグラムで示した。MCF-7細胞とHeLa細胞のそれぞれを幅の狭いピークとして分けることができた。

(c) HeLa細胞に3種類のmRNAを導入して解析し、培養を重ねると、2つの細胞集団に分かれていくことを明らかにした。3種類の蛍光タンパク質の蛍光強度から計算された2種類の蛍光比率に対して細胞集団の密度分布を示している。

(a) HeLa細胞とMCF-7細胞の分離をフローサイトメトリー解析によるドットプロットで示した。

(b) 図 (a) の結果を蛍光比率の分布としてヒストグラムで示した。MCF-7細胞とHeLa細胞のそれぞれを幅の狭いピークとして分けることができた。

(c) HeLa細胞に3種類のmRNAを導入して解析し、培養を重ねると、2つの細胞集団に分かれていくことを明らかにした。3種類の蛍光タンパク質の蛍光強度から計算された2種類の蛍光比率に対して細胞集団の密度分布を示している。



 さらに、mRNAを導入した細胞をフローサイトメトリー解析に用いるだけでなく、培養状態のまま顕微鏡による蛍光画像解析によって細胞内状態を同様の精度で識別することにも成功しました。これらの結果は、今後の技術応用に向けて本手法の高い汎用性と拡張性を示唆しています。



4.まとめ

 本研究によって、細胞内部のわずかなmiRNA活性の違いにもとづいて、生きた細胞を分離することが可能になりました。導入するmRNAの種類を増やすことによってさらに多くの細胞集団を分離することが可能となります。理論的には4種類のmRNAを用いて100種類程度の細胞を分離可能であると考えています。また、この方法は培養細胞の品質管理にも応用できると考えられます。さらに、これまでは1種類の細胞だと考えられていた細胞群や、複数種類の細胞が含まれていると考えられていても分離することができなかった細胞群から、より純粋な細胞群を本手法により準備することができれば、細胞機能の詳細な解析はもとより、新規薬剤の探索効率や細胞療法の効果を格段に高めることができると期待されます。


5. 論文名、著者およびその所属
○論文名
"High-resolution Identification and Separation of Living Cell Types by Multiple microRNA-responsive Synthetic mRNAs"
(マイクロRNAを感知する合成RNAを利用した高精度な生細胞同定と分離について)

○ジャーナル名
Scientific Reports

○著者
Kei Endo*, Karin Hayashi & Hirohide Saito

○著者の所属機関
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
*現所属:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  • ・内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
  • ・AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」
  • ・日本学術振興会・文部科学省 科学研究費補助金
    基盤研究(S)、新学術領域研究「分子ロボティクス」、若手研究(B)
  • ・内藤記念・若手ステップアップ研究助成
  • ・山中-バルザン基金

7. 用語説明

注1 マイクロRNA(miRNA)
20~30塩基程度の長さの短いノンコーディング(タンパク質をコードしていない)RNA。相補的な配列を持つmRNAと結合して翻訳を抑制したり、mRNAを分解したりすることで、そのmRNAからのタンパク質の合成を抑制する働きをもつと考えられている。

注2 メッセンジャーRNA(mRNA)
DNAの持っている遺伝情報(遺伝子配列)から転写され、合成されるRNA。このmRNAの配列に従って、アミノ酸が連結されてタンパク質が合成される。

注3 HeLa細胞
ヒト由来の最初の細胞株。ヒト子宮頸がんから分離され株化された細胞で、世界中で広く利用されている細胞の1つ。

注4 ヒストグラム
量的分布を把握するための統計グラフの一種。

注5 フローサイトメトリー解析
流動細胞計測法。レーザー光を用いて光散乱や蛍光測定を行うことにより、水流の中を通過する単一細胞の大きさ、DNA量など、細胞の生物学的特徴を解析することができる。

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