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研究成果 
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2016年7月15日

ヒトiPS細胞の作製効率を上昇させる新規初期化因子(HHEXとHLX)をスクリーニングにより発見

 山川達也研究員と沖田圭介講師(CiRA未来生命科学開拓部門)らのグループは、ヒトcDNAライブラリー注1)を用いたスクリーニング注2)により、HHEXとHLXという遺伝子がiPS 細胞の作製効率を上昇させることを新たに発見しました。

 本研究成果は2016年6月23日に「STEM CELLS」のオンライン版で公開されました。

ポイント

  1. ヒト遺伝子2,008個のiPS作製効率へ与える影響を測定
  2. 最大で30倍作製効率を上昇させるHHEXとHLXの発見
  3. HHEXとHLXはiPS細胞作製の初期フェーズを促進する一方で、後期を阻害する
1. 要旨

 体細胞に複数の遺伝子(初期化注3)因子)を強制発現させることで、ES細胞と似た性質を持つiPS細胞を作製することができます。これまで、多くの初期化因子が発見されてきましたが、それらはiPS細胞の作製効率を上げるだけでなく、細胞初期化の機構を解明する手がかりにもなってきました。本研究では、新規初期化因子を同定するための新たなスクリーニング系を立ち上げ、2,008個の遺伝子について細胞初期化への影響を調べました。その結果、HHEXとHLXという細胞の分化に関連した遺伝子がiPS細胞作製効率を大きく上昇させることがわかりました。この2遺伝子は、iPS細胞作製の初期フェーズを促進させる一方で、後期を阻害するという相反する性質を持ち、iPS細胞に直接強制発現させることで分化を誘導することがわかりました。今回の研究で、これまで初期化と関係がないと考えられていた多くの遺伝子の初期化への影響を評価することができ、今後の初期化機構解明の重要な手掛かりになると考えられます。

2. 研究の背景

 体細胞に複数の遺伝子を強制的に発現させることで細胞を初期化し、胚性幹(ES)細胞と同様の多分化能と増殖能を持つ人工多能性幹(iPS)細胞が作製できます。その発見以降、多くの研究者らにより新たな初期化因子が同定されて来ました。しかし、それらの研究で検討されたのは、主にES細胞や初期胚で高く発現する遺伝子に限定されており、またヒト体細胞を用いた広範囲なスクリーニングは行われていませんでした。そこで本研究では、ヒトiPS細胞作製に影響を与える因子を広く同定するために、ES細胞特異的な遺伝子に限らず、転写因子を中心とする2,008遺伝子を含むヒトcDNAライブラリーを候補としたスクリーニングを行いました。

3. 研究成果

1. ヒトiPS細胞コロニー数を自動計測するシステムの開発

 各候補遺伝子のiPS細胞作製への影響を計測するにあたって、候補遺伝子を使ってiPS細胞を誘導した際に作製されるコロニー数が変化するかを調べることにしました。そこでまず、ヒトiPS細胞のコロニー数を自動的に計測するシステムをNikon社の協力のもと作製しました。このシステムは、顕微鏡一体型の細胞培養器を用いて自動的に培養皿の写真を撮影し、その画像を解析プログラムに通すことで培養皿上のヒトiPS細胞の数を計測することができます。このシステムを用いることでiPS細胞作製後、染色などの操作を行うことなく大量のサンプルを処理することが可能になりました。

Fig.1. iPS細胞コロニーの自動計測

(A) 培養皿の全体像(左)と、それを解析プログラムに通した後の画像(右)。
黄色い四角で囲われているのがiPS細胞のコロニー。

(B) 従来の顕微鏡下での目視によるコロニー計測と、今回のプログラムによる計測の値を比較したグラフ。両者の間に高い相関が見られる。

2. 新規初期化因子のスクリーニング

 基本となる初期化因子(OCT3/4とSOX2、KLF4、L−MYC、LIN28)に候補遺伝子の1因子を加えた6因子をヒト線維芽細胞へ導入し、導入後25日目にそこから作製されるiPS細胞コロニーの数を計測しました。上記の自動コロニー計測システムを用いて計測を行い、2,008遺伝子の各々によるiPS細胞作製効率の変化を明らかにしました。その結果、作製効率を2倍以上に増加させる51遺伝子と、1/5以下に減少させる65遺伝子を同定しました。また、作製効率を上げる遺伝子群の中には分化関連因子やホメオボックス注4)を持つ遺伝子が有意に多く含まれていることもわかりました。そこで、作製効率を特に上昇させ、ホメオボックスを持ち、分化誘導因子として知られていたHHEXとHLXを以降の解析に用いました。  

Fig.2. 候補遺伝子を加えた際の作製効率の変化

各候補遺伝子を加えた際に加えなかった場合と比べてiPS細胞のコロニー数が何倍変化したかを示したグラフ。

3. HHEX/HLXを用いたiPS細胞作製効率の改善

 この2遺伝子による作製効率の改善効果は、異なるドナー由来の複数の線維芽細胞でも確認することができました。特に成人由来の線維芽細胞では少なくとも5倍、最大で30倍の誘導効率の上昇を見せました。この2遺伝子を加えて作製したiPS細胞はヒトES細胞と同様の形態を持ち、多能性幹細胞に特徴的な遺伝子発現を示しました。さらには、マウスへの移植により三胚葉注5)を含む様々な細胞へ分化したことから、多分化能を持っていることが確認できました。  

Fig.3. HHEX/HLXによるiPS細胞作製効率の改善

基本となる5因子(OCT3/4とSOX2、KLF4、L−MYC、LIN28;OSKUL)と横軸で示した1因子の計6因子を使って繊維芽細胞から作製されたiPS細胞コロニーの数を示したグラフ。Controlは初期化因子を何も加えていないもの。GLIS1は当研究室で過去に報告されたiPS細胞作製効率を上昇させる遺伝子。

4. HHEX/HLXは、初期化過程の前期と後期において正反対に作用する

 2遺伝子がどのようにして誘導効率を上昇させているのかを調べるために、iPS細胞の作製途中に見られるiPS細胞前駆細胞(TRA-1-60陽性細胞)の割合を調べました。その結果、初期化因子を細胞へ導入後、HHEXでは4日目、HLXでは7日目という誘導初期にTRA-1-60陽性細胞が増えていることがわかりました。さらに、HHEXを用いた場合では、7日目のTRA-1-60陽性細胞において対照群と比べて、ES細胞特異的な遺伝子発現が上昇し、逆に線維芽細胞特異的な遺伝子が低下していました。iPS細胞作製中の1−10日目でのみHHEXやHLXを発現させる実験からも、2遺伝子がiPS細胞作製の初期に機能して効率を上げていることが確認されました。一方で、誘導後期である20日、あるいは30日まで発現を継続させると作製効率は逆に低下しました。  

Fig.4. HHEX/HLXはiPS細部作製の前期に発現するとコロニーを増やし、
後期に発現すると減らす働きを持つ。

OSKULとHHEX(左)かHLX(右)を繊維芽細胞に強制発現させて30日目に作製されたiPS細胞のコロニー数を示したグラフ。HHEX/HLXは横軸に示した期間のみ発現させた。

5. HHEX/HLXによるヒトiPS細胞の多能性維持阻害と分化

 2遺伝子をiPS細胞作製の後期に発現させると作製効率を下げるという効果を検証するために、HHEXやHLXを直接ヒトiPS細胞に強制発現させる実験を行いました。その結果、これらの遺伝子により幹細胞の目印であるアルカリフォスファターゼ陽性細胞が大きく減少しました。さらには、遺伝子発現解析から、多能性幹細胞特異的な遺伝子の発現減少と、各胚葉の体細胞マーカー遺伝子の発現上昇が明らかになり、HHEXやHLXはiPS細胞の分化を誘導している可能性が示唆されました。  

Fig.5. iPS細胞でHHEX/HLXを強制発現させると、分化を誘導する。

iPS細胞でHHEXかHLXを強制発現させて1週間後の細胞の形態を示した画像(上段)とアルカリフォスファターゼ(AP)染色後の培養皿全体像(下段)。培養皿上のピンク色に染まった細胞がアルカリフォスファターゼ陽性の細胞である。

4. まとめ

 これらの結果から、HHEXとHLXはiPS細胞作製の初期では促進作用を持つものの、誘導後期や多能性の維持については阻害するという相反する性質を持つ遺伝子であることがわかりました。本研究によりこれまで体細胞の初期化には関与しないと考えられていた多くの遺伝子が作製効率に影響を与えることが明らかになり、今後の初期化過程の機構解明につながると考えられます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    "Screening of Human cDNA Library Reveals Two differentiation-Related Genes, HHEX and HLX, as Promoters of Early Phase Reprogramming toward Pluripotency"
  2. ジャーナル名
    STEM CELLS
  3. 著者
    Tatsuya Yamakawa1, Yoshiko Sato1, Yasuko Matsumura1, Yukiko Kobayashi1, Yoshifumi Kawamura2, Naoki Goshima3, Shinya Yamanaka1, 4, Keisuke Okita1.
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. バイオ産業情報化コンソーシアム(JBIC)
    3. 産業技術総合研究所(AIST)
    4. グラッドストーン研究所
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的援助を受けて実施されました。

  1. 内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
  2. 再生医療実現拠点ネットワークプログラム iPS細胞研究中核拠点
  3. 文部科学省 科学研究費補助金
7. 用語説明

注1)ヒトcDNAライブラリー
タンパク質の設計図となる部分の遺伝子配列を持つDNAのことをcDNAという。産業技術総合研究所の五島研究チーム長らによって構築されたヒト遺伝子のcDNAリソースから選出した2,008個の遺伝子を含む。

注2)スクリーニング
ランダムな母集団からある特定の目的に応じた部分集合、サンプルを抽出する操作。

注3)初期化
分化した細胞の核がリセットされ受精卵のような発生初期の細胞核の状態に戻り、多能性幹細胞などに変化すること。

注4)ホメオボックス
生物の体節構造を決定する遺伝子群に共通して存在する塩基配列。ホメオボックス遺伝子は他の遺伝子の制御領域に結合して転写を調節することができる。

注5)三胚葉
受精後の胚は内胚葉、中胚葉、外胚葉の3種類の胚葉を形成する。内胚葉は、その後消化器官や呼吸器官を、中胚葉は骨、心筋、赤血球などを、外胚葉は神経や感覚器官を形成する。

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