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研究成果 
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2016年10月14日

ヒト多能性幹細胞由来ドパミン神経前駆細胞を高効率で濃縮する手法を開発

ポイント

  1. 中脳マーカーと脳の腹側マーカーを組み合わせることにより中脳腹側細胞注1の選別を実現した。
  2. 中脳腹側細胞に特異的に発現する新たな細胞表面抗原注2としてLRTM1注3を同定した。
  3. 抗LRTM1抗体を用いたセルソーティング注4(細胞選別)によってドパミン神経前駆細胞注5を濃縮し、動物実験において安全かつ効率的な細胞移植を可能にした。
1. 要旨

 佐俣文平特定研究員および髙橋淳教授(京都大学CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、株式会社カン研究所と共同研究を行い、ヒト多能性幹細胞由来のドパミン神経前駆細胞を高効率で濃縮する手法を開発しました。

 ヒト多能性幹細胞を分化誘導すると、その細胞集団は目的細胞以外も混在した不均質な細胞集団であるため移植後の生着や増殖のコントロールが難しいとされてきました。 そこで均一な細胞集団を得るための手法の一つとして、セルソーティング(細胞選別)があります。髙橋教授らの研究グループは、中脳腹側に存在するドパミン神経前駆細胞の特異的マーカー(目印)を同定するために、中脳腹側細胞の遺伝子の発現を調べることで、新しい細胞表面抗原としてLRTM1を同定しました。抗LRTM1抗体を用いた細胞選別を行うことにより、ヒト多能性幹細胞から分化させた細胞集団のうち、目的のドパミン神経前駆細胞の割合を80%以上に高めることに成功しました。さらに、選別後の細胞をパーキンソン病モデル動物に移植することによって、安全かつ効率的なドパミン神経細胞の移植が可能であることを明らかにしました。

 本研究成果は2016年10月14日18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

 パーキンソン病は、中脳黒質にあるドパミン神経細胞が進行性に変性脱落することによって生じる神経変性疾患注6です。初期治療では薬物治療がよく奏功しますが、病態が進行するとともに、徐々に症状のコントロールが困難になります。パーキンソン病の根本的な原因は脳内のドパミン神経細胞が減少することなので、その補充を目的とした細胞移植治療に期待が寄せられています。ヒト多能性幹細胞は高い増殖性と、体のあらゆる細胞に変化(分化)できる多能性を有することから、細胞移植治療の材料として注目されています。しかし、分化誘導後の細胞には増殖性を示す細胞など目的以外の細胞が混在していることがあり、安全性と有効性の観点からこれらの細胞を移植する前に取り除く必要があります。

 セルソーターは細胞の散乱光や蛍光の情報を基に、目的の細胞集団を生きた状態のまま選別できる装置です。特定の細胞に発現する表面抗原に対して、予め蛍光を付加した標識抗体を結合させることで、その蛍光の強度を指標にして細胞を選別することができます。これまでにドパミン神経前駆細胞に発現する細胞表面抗原としてCORINやALCAMが報告されていますが、いずれの抗原も中脳腹側以外にも発現していることから、より特異的に中脳腹側細胞を見分けることのできるマーカーの同定が望まれていました。神経上皮から発生する底板注7細胞からは基本的には神経細胞は生じませんが、中脳の底板細胞に限ってはドパミン神経細胞への分化能を有することが分かっています。そこで本研究では中脳底板細胞に特異的に発現する細胞表面抗原を同定することによって、ドパミン神経前駆細胞の濃縮を試みました。

3. 研究結果
1)中脳底板細胞で特異的に発現する細胞表面抗原の同定

 中脳の底板細胞はドパミン神経細胞に分化する能力を持つので、中脳マーカーであるLMX1Aと底板細胞マーカーであるCORINを組み合わせることによって、中脳由来底板細胞の選別を行いました。 GFP(蛍光色素)で標識したLmx1a遺伝子を挿入したマウスES細胞(LMX1A::GFPノックインマウスES細胞)を樹立し、9日間分化誘導した細胞を、細胞表面抗原であるCORINを認識する抗体を使って標識することによって中脳腹側(CORIN陽性LMX1A陽性)細胞を得ました。 そしてLMX1A:: GFP陽性細胞群の中から、CORIN陽性細胞においてCORIN陰性細胞の2倍以上の遺伝子発現量を示す遺伝子の候補83個を明らかにしました。 同様に、胎生11日齢マウスの中脳腹側細胞の中から、CORIN陽性細胞でCORIN陰性細胞の2倍以上の遺伝子発現量を示す遺伝子の候補677個を明らかにしました。 最終的に、両者で共通して発現しており、なおかつ中脳腹側に特異的に発現する細胞表面抗原をつくるLrtm1(Leucine-rich repeats and transmembrane domains 1)遺伝子を同定しました(図1)。

図1. 中脳腹側特異的細胞表面抗原の同定
LMX1A::GFPノックインマウスES細胞(a)と胎生11日齢マウス中脳腹側細胞(b)の網羅的遺伝子発現解析から、両者で共通して発現し、なおかつ中脳腹側組織に特異的に発現する細胞表面抗原LRTM1(Lrtm1遺伝子がつくる)を同定した(c)。スケールバー=250μm (a)、50μm (c)。

2)抗LRTM1抗体を用いた細胞選別によるドパミン神経前駆細胞の純化

 ヒト多能性幹細胞から14日間培養し中脳底板細胞を介してドパミン神経前駆細胞へと分化誘導した細胞集団を、先に同定した細胞表面抗原LRTM1を認識する抗LRTM1抗体を用いて選別することにより、 LRTM1陽性細胞群でドパミン神経前駆細胞の割合を80%以上に高めることに成功しました。選別後の細胞をさらに21日間培養すると、未選別細胞群またはLRTM1陰性細胞群に比べて、 LRTM1陽性細胞群で成熟ドパミン神経細胞の割合が3倍以上高くなることが明らかになりました。

図2. 選別細胞のドパミン神経細胞マーカーによる免疫染色
抗LRTM1抗体を用いて細胞選別することにより、ドパミン神経前駆細胞に特徴的なマーカー(FOXA2, LMX1A)で染色される細胞(黄色)を濃縮することができました。 さらに選別後の細胞を21日間培養することによって、成熟ドパミン神経細胞に特徴的なマーカー(NURR1, TH, FOXA2)で染色される細胞をLRTM1陽性細胞群で有意に高めることができました。 左は誘導14日目の時点のドパミン神経前駆細胞の評価、右は誘導35日目の時点の成熟ドパミン神経細胞の評価。スケールバー=100μm。

3)LRTM1陽性細胞の移植による安全性と有効性の評価

 パーキンソン病モデルラットの脳内に選別後の細胞を移植することにより、作製したドパミン神経前駆細胞の安全性と有効性を評価しました。 移植後3ヵ月の時点では、LRTM1陽性細胞群由来の移植片の大きさは、未選別細胞群とLRTM1陰性細胞群由来の移植片に比べて有意に小さいことが明らかになりました。 その一方で、LRTM1陽性細胞群由来の移植片では生着した細胞の約30%がすでに成熟ドパミン神経細胞に分化していることが分かりました(図3)。 さらにLRTM1陽性細胞を移植することによって運動機能症状が改善することや、パーキンソン病モデルカニクイザルの脳内にも多数のドパミン神経細胞が生着することを確認しました。

図3. ラット脳切片のドパミン神経細胞マーカー(TH)による免疫染色
LRTM1陽性細胞群由来の移植片では多くの成熟ドパミン神経細胞が生着し神経突起の伸展もみられましたが、未選別細胞群とLRTM1陰性細胞群由来の移植片では、その中に含まれる成熟ドパミン神経細胞の数は少なく、逆に移植片のサイズが大きくなることが分かりました。

4. まとめ

 本研究では、中脳底板細胞で特異的に発現する細胞表面抗原であるLRTM1を同定し、同マーカーを指標にした細胞選別によって、安全性と有効性に優れたドパミン神経前駆細胞を濃縮できることを明らかにしました(図4)。 本研究成果によってパーキンソン病に対する細胞移植治療技術開発の促進が期待されます。

図4. 本研究成果のまとめ

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    "Purification of functional human ES and iPSC-derived midbrain dopaminergic progenitors using LRTM1"
  2. ジャーナル名
    Nature Communications
  3. 著者
    Bumpei Samata1, Daisuke Doi1, Kaneyasu Nishimura1, Tetsuhiro Kikuchi1, Akira Watanabe1, Yoshimasa Sakamoto2, Jungo Kakuta2, Yuichi Ono2, Jun Takahashi1,3
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 株式会社カン研究所
    3. 京都大学大学院医学研究科 脳神経外科
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
  2. 文部科学省・JSPS科学研究費(14J02729)
  3. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1) 中脳腹側細胞
中脳の腹側領域の細胞を指す。パーキンソン病では胎生期の中脳腹側細胞を移植することによって運動機能症状が長期間にわたって改善することが報告されている。 現在は生命倫理の問題や、胎児細胞の質や量を一定に揃えることが難しいという問題から、ES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞を用いた細胞移植治療に期待が寄せられている。

注2) 細胞表面抗原
細胞の表面に存在するタンパクで、特にその細胞に特異的な抗原性を示すもの。

注3) LRTM1
Leucine-rich repeats and transmembrane domains 1。ロイシンに富むアミノ酸繰り返し配列構造モチーフを共通してもつロイシンリッチ=スーパーファミリーに属する。神経系における発生や軸索ガイダンス、シナプス形成への関与が報告されている。

注4) セルソーティング(FACS; Fluorescence-activated cell sorting)
目的の細胞だけを分取する技術。セルソーターを使って細胞の散乱光や蛍光の情報をもとに、目的の細胞集団を生きた状態のまま選別できる。特定の細胞に発現する表面抗原に対して、予め標識抗体を結合させて蛍光標識しておけば、その情報を指標にした細胞選別が可能。

注5) ドパミン神経前駆細胞
神経伝達物質としてドパミンを放出するドパミン神経細胞の前駆細胞。パーキンソン病モデル動物を用いた研究から、ドパミン神経前駆細胞を移植することによって脳内に成熟ドパミン神経細胞を効率的に生着させられることが明らかになっている。

注6) 神経変性疾患
脳や脊髄といった中枢神経にある特定の神経細胞が徐々に障害を受けて死んでしまう疾患。代表的なものに、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などがある。

注7) 底板
神経組織は胎児(胎仔)の背側正中部に存在する管状の神経管から発生するが、その腹側壁を底板(floor plate)という。

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