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研究成果 
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2017年5月3日

iPS細胞の作製には、ハイブリッドな細胞代謝が重要である

ポイント

  1. 遺伝子Zic3Esrrbの組み合わせが適切な細胞代謝注1のバランスを調整する鍵となり、iPS細胞を効率的に作製する上で重要であることを突き止めました。
1. 要旨

 曽根正光研究員(京都大学CiRA)、山本拓也講師(京都大学CiRA)らの研究グループは、マウスの繊維芽細胞に初期化因子注2Oct4Sox2Klf4と共に遺伝子Zic3Esrrbを導入すると、Zic3とEsrrbが細胞代謝を制御し、相乗的に初期化の効率を上げることを発見しました。 この研究成果は2017年5月2日正午(EST:アメリカ東部標準時間)に「Cell Metabolism」で公開されました。

図1 論文概要図

 Zic3とEsrrbという二つの因子は共同で解糖系注3と呼ばれる細胞代謝を促します。 一方、Zic3は酸化的リン酸化注4という代謝を抑制し、逆にEsrrbは酸化的リン酸化を活性化します(図1)。 また、Esrrbによる酸化的リン酸化の活性化は初期化に重要であることが分かりました。本研究では、Zic3とEsrrbの組み合わせが適切な細胞代謝のバランスを調整する鍵となり、iPS細胞を効率的に作製する上で重要であることを突き止めました。

2. 研究の背景

 これまで、初期化因子を導入すると、体細胞からiPS細胞へ初期化することは確認されていましたが、初期化の効率は非常に悪く、多くの細胞はiPS細胞にならずに残っていました。 これは、iPS細胞へと細胞が変化するときに、初期化因子の働きが互いに拮抗し合う可能性があると山本講師らは考えました。 そして、その拮抗は酸化的リン酸化から解糖系へと細胞代謝が変わる過程で起きていると考えました。 (iPS細胞のような分裂が活発な細胞は解糖系の代謝が主になることが分かっています。)よって、酸化的リン酸化と解糖系の細胞代謝のバランスが初期化の鍵であると考えられましたが、そのバランスを調整するものが何かは解明されていませんでした。

3. 研究結果

1) Zic3Esrrbの組み合わせが細胞の初期化で重要であることを発見しました。

図2 候補遺伝子の組み合わせの導入実験

 本研究ではまず、細胞が初期化されるときに重要である遺伝子の候補を十数個に絞り、初期化因子Oct4Sox2Klf4 (以下OSK)と共に初期化が起こると発光するマウスの繊維芽細胞に導入しました。 すると、全ての候補遺伝子単体ではあまり初期化に影響がありませんでしたが、Zic3Esrrbの組み合わせのときだけ発光する細胞が劇的に増えることが分かりました(図2)。 これにより、OSKとともに、Zic3Esrrbを組み合わせることで初期化が促進されることが分かり、二つの因子がお互いをパートナーとして初期化で重要な働きをしている可能性があることが分かりました。

2) Zic3Esrrbは共同で解糖系の細胞代謝を促すことを発見しました。

図3 解糖系の測定

Glucoseは解糖系の材料となる糖で、 Oligomycinと2-DGはそれぞれ酸化的リン酸化と解糖系の代謝を抑制する化学物質。 いずれのステージにおいてもOSK + Zic3, Esrrbが高い解糖系代謝活性を示している。

 同定した二つの因子Zic3Esrrbが初期化の過程で解糖系の細胞代謝を制御しているという仮説を立て、 解糖系を測定する実験を行いました(解糖系細胞代謝が盛んに行われるとECARという値が高くなる)。 その結果、Zic3Esrrb両者を導入したときに劇的に解糖系代謝が高くなることが確かめられ(図3)、 両者が共同で解糖系の細胞代謝を促進していることが分かりました。 さらなる実験で、まずZic3が解糖系細胞代謝を促し、Esrrbが初期化に際してこの細胞代謝を強化していることが分かりました。

3) Zic3は酸化的リン酸化を抑制し、逆にEsrrbは酸化的リン酸化を活性化することを発見しました。
 解糖系にZic3Esrrbが大きく関わっているので、細胞の初期化で重要なもう一つの細胞代謝である酸化的リン酸化にも両因子が関わっていると仮説を立てました。

図4 酸化的リン酸化の測定

FCCPという化学物質を加えることで測定される最大酸素消費量がZic3によって抑制されるが、Esrrbによっては増大する。

 その仮説を確かめるため、ミトコンドリアの活性(OSR:酸素消費率)を測定する実験を行いました。 (酸化的リン酸化はミトコンドリア内膜で見られる反応なので、ミトコンドリアの酸素消費率が高いことは酸化的リン酸化が活発に行われていることを意味します。) その結果、OSK+Esrrbを導入したものが最も酸化的リン酸化が活性化され、逆にOSK+Zic3を導入させたものは酸化的リン酸化が大きく抑制されました。 さらにOSK+Zic3, Esrrbではその抑制から回復することが分かりました(図4)。 つまり、Esrrbは酸化的リン酸化を活性化し、逆にZic3は酸化的リン酸化を抑制していることを意味します。

 更に、電子顕微鏡で細胞のミトコンドリアを観察すると、マウスの繊維芽細胞にOSKEsrrbあるいはZic3とEsrrb両方を導入したときにはミトコンドリアが大きくなり、 ミトコンドリアが多能性幹細胞に近い楕円状の形に変化することが確認されました(図5)。

図5 電子顕微鏡で観察した細胞のミトコンドリアの様子

4. まとめ

 本研究は、遺伝子Zic3Esrrbが細胞代謝のバランスを握る因子であることを突き止め、体細胞からiPS細胞へ初期化されるメカニズムの一端を担っていることを解明しました。 Zic3EsrrbをOSKと共に導入して作製されるiPS細胞は高純度であり、OSKのみの導入の場合と比べ、作製量は1桁以上増加しました。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Hybrid Cellular Metabolism Coordinated by Zic3 and Esrrb Synergistically Enhances Induction of Naive Pluripotency
  2. ジャーナル名
    Cell Metabolism
  3. 著者
    Masamitsu Sone1,2, Nobuhiro Morone2,3, Tomonori Nakamura1,7, Akito Tanaka1, Keisuke Okita1, Knut Woltjen1,4, Masato Nakagawa1, John E Heuser2, Yasuhiro Yamada1,2, Shinya Yamanaka1,5 and Takuya Yamamoto1,2,6,8
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門
    2. 京都大学 物質-細胞統合システム拠点
    3. MRC毒物学ユニット
    4. 京都大学白眉センター
    5. グラッドストーン研究所 循環器疾患部門
    6. 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 革新的先端研究開発支援事業 AMED-CREST
    7. 京都大学大学院医学研究科 機能微細形態学
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
  2. 革新的先端研究開発支援事業 AMED-CREST
  3. iPS細胞研究基金
  4. 日本学術振興会・文部科学省
7. 用語説明

注1)細胞代謝
細胞が活動するうえで、外から取り入れた無機物や有機化合物をもとに新しい分子を合成したり、エネルギーに変換したりすること。

注2)初期化因子
初期化とは、分化した体細胞の核がリセットされ、発生初期の細胞核の状態に戻り、多能性幹細胞などに変化すること。Oct4Sox2Klf4は"山中因子"と呼ばれる遺伝子で、iPS細胞作製技術で使われる。

注3)解糖系
糖(グルコース)をピルビン酸という分子に分解し細胞内で用いられるエネルギーに変換させる代謝過程のこと。

注4)酸化的リン酸化
生物は呼吸などで体内に取り込んだ酸素を使ってエネルギーを作り出しているが、これは細胞内小器官のミトコンドリアが担っている。 ミトコンドリアの中で起こる、酸素を使ってエネルギーに変換させる代謝過程のことを、酸化的リン酸化(OXPHOS: oxidative phosphorylation)と呼ぶ。

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