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研究成果 
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2017年5月19日

合成ペプチドを用いて未分化iPS細胞を効率的・選択的に除去する手法を開発

ポイント

  1. iPS細胞に対して毒性を有し、それ以外の細胞にはほとんど毒性をもたないペプチドD-3を新たに合成した。
  2. iPS細胞由来の心筋細胞と未分化iPS細胞を混ぜて培養したのち、D-3を用いて未分化iPS細胞を除去してから移植すると、移植した後の腫瘍の形成を防ぐことができた。
  3. 細胞表面のアルカリフォスファターゼ活性がペプチドD-3の細胞毒性に必要であった。
  4. ペプチドD-3は1時間から2時間という短時間の投与でiPS細胞を簡便、かつ選択的に除去できた。
1. 要旨

 Yi Kuang 研究員(京都大学CiRA未来生命科学開拓部門)、齊藤博英 教授(同部門)らの研究グループは、合成ペプチド注1を用いて未分化iPS細胞を効率的・選択的に除去する手法を開発しました。

 iPS細胞を特定の細胞に分化させて移植する際、未分化のままのiPS細胞が残っていると、移植後に腫瘍を形成する可能性があります。そこで、iPS細胞を再生医療に用いるに当たっては、分化させた細胞集団に混在するiPS細胞をいかに取り除くかが課題でした。研究グループは、iPS細胞の表面に多く発現しているALP(アルカリフォスファターゼ)注2と結合すると構造が変わり、細胞を破壊するペプチドD-3注3を合成しました。D-3を培地に添加することで、従来の手法よりも効率的にiPS細胞を除去できました。また、D-3を用いてiPS細胞由来の細胞集団からiPS細胞を除去すると、移植後に腫瘍が形成される確率を低減できることを確認しました。

 本技術を応用することで、iPS細胞を使った再生医療の安全性を高められると期待されます。

 この研究成果は2017年5月18日正午(米国東部時間)に米国科学誌「Cell Chemical Biology」でオンライン公開されました。

2. 研究結果

1. 合成ペプチドD-3を用いてiPS細胞を効率的に除去することに成功
ホスホDペプチド注4は、iPS細胞の表面に多く発現しているALPの働きによって構造が変化し、細胞表面で凝集して細胞を破壊することが知られています。 研究グループは、ホスホDペプチドの一種であるD-3を合成し、iPS細胞を培養している培地に D-3を添加して2時間おきました。培地からD-3を除去した後、翌日に細胞を調べたところ、D-3は未分化iPS細胞に対して高い毒性を示すことが明らかになりました。

図1 D-3の作用によってiPS細胞が破壊されるしくみ
D-3はiPS細胞の表面に多く存在するALPに反応して細胞を破壊します。

次に、iPS細胞から分化させた細胞群に未分化iPS細胞が残存している状態を再現するために、 未分化iPS細胞と、iPS細胞から分化した心筋細胞を1:9の割合で混ぜて二日間培養しました。 そこにD-3を添加して1時間後、培地からD-3を除去し、翌日に未分化 iPS細胞がどのくらい残っているかを調べました。 すると、D-3を添加しない場合、未分化iPS細胞が増殖し、全ての細胞の20.8%を占めていたのに対して、 D-3を添加した場合は未分化iPS細胞の割合が0.4% (バックグラウンドレベル) に減少していたことがわかりました。

図2 D-3を添加しない場合と添加した場合のiPS細胞の割合
左:iPS細胞と心筋細胞を混ぜて、D-3を添加せずに培養。
右:iPS細胞と心筋細胞を混ぜて培養し、D-3を添加。

2. D-3を用いてiPS細胞由来の細胞を移植した後の腫瘍形成を抑制することに成功
iPS細胞から分化させた細胞を移植する際、D-3を使ってiPS細胞を除去することで移植後の腫瘍形成が抑えられるかどうかを調べるため、 iPS細胞と、iPS細胞から分化させた心筋細胞を1:9の割合で混ぜて培養し、D-3を加えて1時間後、培地からD-3を除去し、翌日にマウスの精巣に移植しました。 3か月後に移植後の精巣を観察すると、D-3で処理しなかった場合には、移植した8つの精巣のうち7つで腫瘍が形成されたのに対して、 D-3で処理をすると、移植した8つの精巣のいずれにも腫瘍は形成されませんでした。 なお、iPS細胞のみを移植した場合には5つの精巣のうち5つに腫瘍が認められましたが、心筋細胞のみを移植した場合は、 移植した6つの精巣のいずれにも腫瘍は形成されませんでした。

図3 移植から3か月後の精巣
左上:iPS細胞と心筋細胞を混ぜて培養したのち、そのまま移植
右上:iPS細胞と心筋細胞を混ぜて培養したのち、D-3で処理して移植
左下:iPS細胞のみをD-3で処理せずに移植
右下:心筋細胞のみをD-3で処理せずに移植

3. まとめ

本研究では、iPS細胞に対して毒性をもち、それ以外の細胞には毒性をほとんど示さない合成ペプチドD-3を発見しました。 また、D-3を用いてiPS細胞を除去することで、iPS細胞由来の細胞を移植したのち、腫瘍が形成されるのを防ぐことができました。 今後、本技術を応用することで、iPS細胞を簡便・選択的・効率的に除去して、目的とする細胞の純化が容易になることが期待されます。 また、iPS細胞の再生医療への応用における安全性が高まることが期待されます。

4. 論文名と著者
  1. 論文名
    "Efficient, Selective Removal of Human Pluripotent Stem Cells via Ecto-Alkaline Phosphatase-Mediated Aggregation of Synthetic Peptides"
  2. ジャーナル名
    Cell Chemical Biology
  3. 著者
    Yi Kuang1, Kenji Miki1, Callum J. C. Parr1, Karin Hayashi1, Ikue Takei1, Jie Li2, Mio Iwasaki1, Masato Nakagawa1, Yoshinori Yoshida1, and Hirohide Saito1※
    ※責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. ブランダイス大学 Deparment of Chemistry, Brandeis University, Waltham, MA, USA.
5. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会科学研究費補助金 「基盤研究S」(15H05722)「人工RNPナノシステムを活用した細胞プログラミング技術の創出」
  2. 日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 「iPS細胞研究中核拠点」
  3. ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム
  4. Schlumberger's Faculty for the Future program for postdoctoral funding
6. 用語説明

注1) 合成ペプチド
アミノ酸という物質が複数つながったものをペプチドという。ペプチドがさらに長くつながり、複雑な構造をとるようになったものがタンパク質である。合成ペプチドとは、人工的に合成されたペプチドを指す。

注2) ALP(アルカリフォスファターゼ)
iPS細胞の表面に多く存在する酵素。結合した物質のリン酸基を外す働きがある。

注3) D-3
ホスホDペプチドの一種。本研究では、構造が部分的に異なるホスホDペプチドを4種類合成した。合成したペプチドのうち、iPS細胞に対する毒性が最も高いD-3に着目して実験を行った。

注4) ホスホDペプチド
リン酸基をもつペプチド。ペプチドは多数のアミノ酸が連なってできている。アミノ酸には、同じ種類のアミノ酸であっても、立体構造の違いによってD体とL体が存在する。自然界にはL体のアミノ酸が多い。ホスホDペプチドは、D体のアミノ酸を含むペプチドである。

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