遺伝子操作を加えずヒトiPS細胞から成熟骨格筋細胞を作製する技術を発明

遺伝性筋疾患において、患者由来iPS細胞を用いて病態メカニズムの解明が進み、創薬スクリーニングを実現することが、新規治療法の確立に向けて期待されています。筋疾患においては3つ組構造注1)やサルコメア構造注2)といった細胞内部構造に異常をきたすことが多く、病態を正確に再現するためにはこういった構造を持つ「成熟した」骨格筋細胞を作製することが重要と考えられています。さらにその骨格筋細胞は実際のヒトの筋線維に近い「生理的な」細胞であることが望ましいと考えられます。これまでにも本研究グループを含めいくつかのグループが、電気刺激装置やモールドを使った3D培養法などを駆使して成熟化させることに成功していますが、特殊な器具や装置を必要とする方法であり、創薬スクリーニングへの応用にはさらなる技術革新を必要としていました。

また、従来ヒトiPS細胞から骨格筋細胞を効率よく作製する際には、特定の遺伝子を導入し分化誘導を行うことが多く用いられています。しかしながら、この方法では特定の遺伝子発現が増幅されることで不自然な遺伝子ネットワークが形成されるおそれがあり、骨格筋疾患の病態解析に悪影響が出る可能性がありました。藤原慧 元特定研究員(京都大学CiRA臨床応用研究部門、現大阪医療センター)、久保田智哉 助教(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻)、櫻井英俊 准教授(京都大学CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループはこの問題を克服するため、以前に報告した外来遺伝子の導入を行わない分化誘導法で骨格筋幹細胞(iMuSC)を誘導し(CiRAプレスリリース2020年7月3日「筋ジストロフィーマウスにおけるヒトiPS細胞由来骨格筋幹細胞の移植効果を確認」)、iMuSCを純化した後に再度培養することで「生理的な」骨格筋細胞を作製し、さらに病態解析に適した「成熟した」骨格筋細胞にする技術を開発しました。この細胞は従来から報告されているものと比較して、骨格筋に特徴的な細胞内構造を持った非常に成熟度の高いものであり、患者由来iPS細胞を用いた筋疾患の病態メカニズム解析につながると考えられます。さらに本誘導系で作製される骨格筋細胞は分化率、均一性ともに高く、創薬スクリーニングに適応可能と考えられ、創薬開発に貢献できると期待されます。

この研究成果は2022年5月30日にスイス科学誌「Frontiers in Cell and Developmental Biology」でオンライン公開されました。

詳しい研究の内容はCiRAホームページをご参照ください。

https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/220530-160000.html

注1)3つ組構造
骨格筋細胞が筋力を発生させるためには、神経からの刺激がT管という構造物を通って筋小胞体に到達し、筋小胞体に蓄えられているカルシウムイオンが流出することが必要になります。骨格筋ではT管の左右に筋小胞体が2つ隣接したような形態をとっており、これを3つ組構造と呼んでいます。

注2)サルコメア構造
骨格筋細胞は収縮することで筋力を発生させますが、その収縮の機能上での最小単位を指します。フィラメントという長細い線維成分がよりあわさってできており、骨格筋細胞の短軸、長軸方向に特徴的な構造を形成します。