第1話 iPS細胞技術の標準化
現在、世界各国から、様々なヒト細胞、因子導入法を用いたiPS細胞の樹立が報告されています。京都大学iPS細胞研究所(以下、CiRA)はiPS細胞技術の標準化を、iPS細胞再生医療応用プロジェクトを通じて、『樹立技術開発』、『特許権獲得』、および『技術普及』の観点から進めていきます。
『樹立技術開発』は、核初期化因子、因子導入法、体細胞種が主要な検討課題になります。高橋 和利講師は、4因子の一つc-Mycや、因子を運ぶベクターの一つ、レトロウイルスの使用は、がん化の恐れがあると指摘しています※1。しかし、c-Mycなしでは、樹立効率が落ちる、樹立期間がかかる、多能性が劣るとも述べました。一方で、中川 誠人講師はL-Mycが、c-Mycに代わる有望な因子として報告しました※2。現在CiRAでは、因子検討の詰めを行いつつ、レトロウイルスに代わるベクターを検討しております。また、臨床応用に適した体細胞種を選定しつつあります。最終的には、これまで報告されたiPS細胞樹立技術との比較解析を行ないます。その結果、ある樹立技術が再生医療応用に最適と判断されるかもしれません。あるいは、ある樹立技術は臨床応用には適さないという結論もありえます。
2点目『特許権獲得』は、京都大学発の有望なiPS細胞技術を産業界へ普及させることで、幅広い領域で技術開発を行い、極限られた人だけでなく、大勢のための医療として還元していく上で重要なポイントになります。仮に、iPS細胞を作製するために必ず使用しなければならない標準技術開発の特許権を、特定の会社が多額の研究開発費を使って取得した場合、研究開発費を回収するため、この技術の使用料が高くなること、もしくはこの会社が独占して技術開発を行うことが想定されます。この場合、他の会社がある病気に対してiPS細胞を用いた治療法の開発を行いたくても開発が行えないことや、適正価での医療実施が非常に困難になる場合があります。平成22年1月、米国iPierian社のiPS細胞作製に関する特許が英国で成立したとの報道がありました。これは、実際にiPS細胞の特許権をめぐり、国際的に激しい競争が行われていることを意味します。CiRAは研究進捗と同時に特許申請を着実に進め、iPS細胞作製の標準技術の特許を日本のみならず国外でも獲得すべく努力しております。また、iPSアカデミアジャパン株式会社を通じて、この技術を多くの企業に対して実施してもらうために、特許権の使用の許諾を迅速に進めているところです。
3点目『技術普及』は、有望なiPS細胞技術をノウハウとして広く研究現場に普及させるということです。CiRAは、有望なiPS細胞株を非営利研究機関へは理化学研究所バイオリソースセンターなどを通じて、企業へはiPSアカデミアジャパン株式会社を通じて提供しています。また、CiRA Web SiteなどでiPS細胞樹立プロトコールを速やかに公表していきます。
以上の通り、国際的な研究競争下におけるiPS細胞技術の標準化には、『樹立技術開発』、『特許権獲得』、および『技術普及』いずれもが不可欠と考えられます。一方、欧米で進行している同様の幹細胞の標準化の取り組みとの協調も重要となります。大きな正念場である今後2、3年、CiRAは全力で世界におけるリーダーシップをとり続けてまいります。 (平成22年11月12日)
※1.文部科学省iPS細胞等ネットワーク研究 iPS trend http://www.ips-network.mext.go.jp/
※2.CiRA論文プレス “Promotion of Direct Reprogramming by Transformation-deficient Myc”
http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/finding/finding_reprogramming_100727.html