第3話 iPS細胞作製に関わる特許のこれから
平成23年2月1日、iPS細胞の製造特許に関する重要な発表がありました1,2。京都大学が、iPSアカデミアジャパン株式会社(iPS-AJ社)を通じてiPierian社にiPS細胞関連特許のライセンスを許諾し、iPierian社は同社が保有しているiPS細胞の製造特許を京都大学に譲渡する、というものです。
第1話でも触れましたが、特許を押さえることは標準化にとって非常に大切です。特に今回の発表は、京大のiPS作製技術にとって大きな意味を持ちます。一つは、より広範囲のクレームで米国での特許を取得できる可能性が高くなり、特許戦略を有利に進められることです。表1のように、京大の特許とiPierian社の3因子によるiPS細胞樹立特許はよく似ています。もしiPierian社の特許が成立すれば、京大の米国でのクレーム内容はかなり限定されたものに留まり、ヒトiPS細胞の樹立技術の応用についてはiPierian社の意向に左右されてしまう可能性もありました3。
もう一つは、欧米での創薬開発に京大の技術を普及させる足がかりを作ったことです。もともと海外へのライセンス許諾はごく一部の企業に留まっていたことに加え、今回の許諾したライセンスは創薬開発用のもので、欧米企業に向けては初となります。これに基づき、iPierian社は全世界でiPS細胞及びiPS細胞由来の分化細胞を用いたヒト用治療薬の研究開発を行うことができるようになります。特に米国は現在iPS細胞の最大のマーケットであり、iPierian社はiPS細胞の応用に関して世界トップレベルのベンチャー企業です。京大のiPS作製技術の有効性や有用性の認知が進めば、技術の標準化が更に前進すると期待されます。
とはいえ、iPS細胞の作製方法に関しては、山中教授と同時にヒトiPS細胞作製成功を発表した米・ウィスコンシン大学のJ. Tomson教授が開発した技術や、マサチューセッツ工科大学のR. Jaenisch教授の技術など、他にも競合するものがたくさんあります。今後も、新規技術、もしくは改良技術が次々と登場するでしょう。CiRAは、自身が持つ特許を最大限に活用しこの技術をスタンダードとするべく、研究を推進していきます。
表1 3因子によるiPS細胞樹立に関する特許内容の違い | |||||||
クレーム概要 | 特長 | ||||||
京大特許 | Oct3/4、Sox2、Klf4遺伝子が導入された体細胞をbFGFの存在下で培養するiPS細胞の作製方法 | ・ヒトの体細胞に限定 ・導入因子からC-Myc遺伝子は除く条件あり |
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iPierian社特許 | ヒト体細胞に、Oct3/4、Sox2、Klf4遺伝子を導入し、C-Myc遺伝子は導入しないで、FGF-2(bFGF)の存在下で培養するヒトiPS細胞の作製方法 | ・体細胞の由来をヒトに限らない。(全ての動物種を含む) ・3因子以外の条件なし |
1.CiRAのプレスリリース:http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/other/110201-170053.html
2.iPierian社のプレスリリース:http://www.ipierian.com/news-events/press-releases/?i=358
3.京大とiPierian社は、発明日の早さをめぐり係争に発展する可能性がありました。米国以外の国では出願日が早い者が特許権を取得する「先願主義」をとるため、影響は受けません。