FOCUS
iPS細胞がひらく治療の可能性
新型コロナウイルスに
立ち向かう研究者たち
新型コロナウイルスという人類の脅威に、世界中の研究者たちが立ち向かっています。そんな中で、CiRAの研究者たちもこれまで培ってきたiPS細胞技術を活かし、さまざまなアプローチから新型コロナウイルス感染症に向き合っています。この未曽有のパンデミックの中、研究者たちはどのような未来を思い描いているのでしょうか。京都大学ウイルス・再生医科学研究所の河本宏教授と、CiRAの齋藤潤准教授が思いを語り合いました。
新型コロナ感染症研究に有用なiPS細胞
齋藤 CiRA では現在、他の研究機関とも連携して「ファイトコロナ」という研究チームを立ち上げてiPS 細胞を用いた新型コロナ感染症の研究を行っています。具体的には、感染して回復された患者さんの血液からiPS細胞を樹立し、重症化に関わるメカニズムを明らかにしようとしています。それが解明されると、重症化の事前予測ができ、より適切な治療を行うことができます。また、新たな治療法の開発にもつながります。現在はチーム内で研究を行っていますが、患者さんから樹立されたiPS 細胞をチーム外の研究者にも提供することも進めています。
河本 重症化のメカニズムの解明は重要ですね。CiRA のような研究組織が仕組みを作り、症状の異なる患者さん由来のiPS 細胞を提供するということは、科学コミュニティにおいて非常に意義深いと思います。
齋藤 河本先生の新型コロナ感染症研究も非常に興味深いです。
河本 私たちは、iPS 細胞から再生したキラーT 細胞を用いて、新型コロナウイルス感染症の治療薬を開発しようとしています。キラーT細胞はウイルスに感染した細胞だけを攻撃する免疫細胞ですから、副作用が少ない治療が可能になるのではないかと考えています。
齋藤 河本先生はこれまで、iPS 細胞から作られたキラーT 細胞で薬を製造する「がん免疫細胞療法」の技術開発・事業化をしてこられました。薬のターゲットはがん細胞でしたが、それをコロナに応用するわけですね。非常に有効な方法だと思います。ワクチンやウイルスの増殖を止める薬などの従来の方法と違い、キラーT 細胞なら、細胞内で増殖するウイルスを、感染した細胞ごと攻撃できます。河本先生にしかできない研究ですね。
河本 新型コロナウイルス感染症が重症化するメカニズムには免疫系が関わっていると言われています。キラーT 細胞の再生という、たまたま貢献できそうなメソッドをもっていたことは、幸運でした。がん免疫療法の開発で藤田医科大学と共同研究を行っていた背景もあり、2020 年7月に、日本人向けの再生キラーT細胞療法の開発研究を立ち上げることができました。山中伸弥先生は早い時期からコロナに関する発信を行っていましたが、CiRA のコロナ禍に対応する初動も早かったですね。
齋藤 山中所長の掛け声もあって、2020年4月には「ファイトコロナ」をスタートしました。6月から協力していただく患者さんをリクルートし、9月に入って最初のドナーからiPS細胞を樹立しました。現在、さまざまな研究が進行中です。たとえば、患者さん由来のiPS細胞を肺の細胞に分化させてウイルスを感染させ、重症者と軽症者との差を調べること(京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学・後藤慎平准教授)や、未分化のiPS細胞を使って簡便に感染性の評価ができる技術の開発(京都大学CiRA・高山和雄講師)なども行っています。
MEMO
がん免疫細胞療法とは
自身や他人の免疫細胞を用いてがんを治療する方法。近年iPS 細胞を使ってさまざまな方法が試みられている。遺伝子改変技術を用いて拒絶反応が起こりにくいようにした免疫細胞を、大量に培養して薬として用いる研究が行われ、副作用の少ない新たながん治療法の誕生が期待されている。河本教授は、このがん免疫細胞療法を応用し、iPS 細胞を材料として用いた新型コロナウイルスの治療薬の開発に取り組んでいる。
「ワクチンが開発されたら終わり」ではない
河本 現在、ワクチンが続々と開発されて、接種も始まり、その効果に期待はしていますが、やはりワクチンだけでは解決できない面もあると考えています。変異株が出現したり、ワクチン接種の普及率が低い地域で再び流行が起こったりするからです。ですが、iPS細胞という技術を活かしたCiRAの取り組みや、私たちが開発している細胞療法が実用化されて、重症化の治療や予防が可能になれば、新型コロナウイルス感染症はコントロールできる病気になります。
齋藤 ここ10年ほどの間で、ライフサイエンス分野の研究が爆発的に進んだことは私たちにとって幸運でしたね。たとえば、iPS細胞の作製やゲノム編集、単一細胞の解析などの技術が可能になった今だからこそ、病態の理解も進むし、ワクチンもこれだけのスピードで開発できたのだと思います。もし、10年前や20年前に、今回の新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こっていたら、今よりもっと悲劇的な状況になっていたかもしれません。
河本 重症化のメカニズムやウイルスに対する感受性など、解明されていない部分がまだまだあるので、基礎研究はますます大切になってきます。
齋藤 パンデミックは大きな脅威ではありますが、それをきっかけに、医療や科学技術や社会システムなど、いろいろなものが進んでいくのかもしれません。河本先生の研究が実用化されたら、新型コロナウイルスだけでなく他の感染症にも応用できます。今回初めて実用化されたmRNA ワクチンのように、大きなブレイクスルーになる可能性が高いと思います。
河本 iPS 細胞を材料にできるという大きな強みを生かして日本発の治療法を生み出していきたいですね。
河本 宏
京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 再生免疫学分野 教授
1986 年京都大学医学部卒業後、血液内科医として臨床に従事しながら免疫学の研究を行う。京都大学医学研究科助手、理化学研究所チームリーダーなどを経て2012 年より現職。がんや感染症の治療に有効な細胞製剤の実用化を目指すリバーセル株式会社取締役も務める。
齋藤 潤
京都大学iPS 細胞研究所 臨床応用研究部門 准教授
1997 年京都大学医学部卒業後、小児科医として診療に従事しながら研究を行う。2008 年医学博士取得。2011 年CiRA 主任研究者に就任。現在は小児難治性疾患の疾患特異的iPS 細胞を用いた病態解析と治療法開発をテーマとした研究を行っている。