FOCUS
老化の未来
老化のメカニズム解明で
前進するライフサイエンス
歳をとると、さまざまな病気にかかりやすくなります。老化とはいったいどういう現象なのか。それがわかれば、加齢にともなって発症する病気の予防や治療に活かすことができるかもしれません。今回は強い老化耐性を持つ不思議な動物「ハダカデバネズミ」を研究する熊本大学の三浦恭子准教授と、免疫老化を研究するCiRAの濵﨑洋子教授に、iPS細胞研究を通して見る老化の未来について語りあっていただきました。
老化を研究することの意義
三浦 濵﨑先生とは「AMED老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」(※1)で年に1回はお会いしていますよね。
濵﨑 三浦先生のようにモデル動物の研究をする人もいれば、私のように臓器の老化を扱う人もいるプロジェクトですから、最初はみんな分野が違いすぎて、お互い何を言っているのかわからない状態でした。最近は互いの研究内容の重なりが見えてきて面白くなってきました。様々な分野の人たちが一緒に老化を研究していくというのは、大変ですが、多くの要因が絡み合う老化という現象を理解するには重要なことだと思います。
三浦 老化の指標の一つは年をとるにつれて死亡率が上がっていく現象ですが、私が研究しているハダカデバネズミ(※2)は年をとっても死亡率が変わりません。さらに長寿なだけでなく、がんにもならない面白い動物です。
濵﨑 先例の少ない動物をモデルに研究を始めて、さらに、そのハダカデバネズミからiPS細胞を作ったと聞いた時は、とても驚きました。私なら、特殊な動物だから、多分無理だろうなと、やる前からあきらめてしまいそうです。
三浦 楽観的で、あまり深く考えない性格が幸いしました。ネズミだから簡単に繁殖するだろうと思ったら、まったく増えない。個体を増やすのが大変ならiPS細胞を作って研究しようと考えたのです。ハダカデバネズミのiPS細胞とマウスのiPS細胞を比べることで、がんを防ぐメカニズムの一部を明らかにすることができました。
濵﨑 種が違う動物でも、iPS細胞に戻すことで、同じ土俵で評価できる。これはiPS細胞を研究に用いる大きなメリットですね。
オンラインで対談する三浦恭子准教授(左) と濵﨑洋子教授(右)
オンラインで対談する三浦恭子准教授(上) と濵﨑洋子教授(下)
老化研究とiPS細胞が描く未来
濵﨑 私の研究対象は、「胸腺」(※3)です。胸腺は、がんやウイルスと戦う免疫細胞の1つである「T細胞」を生み出す重要な臓器ですが、加齢によってかなり早期に退縮してしまい、思春期を超えた頃には生産されるT細胞は急激に減少してしまいます。なぜ、胸腺はそんなにも早く老化してしまうのか、またそのことにどんな意義があるのか。その謎を解き明かしたいと考えています。
三浦 新型コロナウイルスに感染した時の加齢による症状の違いに胸腺の老化が関係していますか?
濵﨑 現在、20代の方とご高齢の方で新型コロナウイルスに反応するT細胞の数がどのくらい違うかということを調べていますが、明らかに高齢者は少なく、性質が変わっています。高齢者が重症化する理由のひとつだと考えています。
三浦 新しい感染症やがん細胞と戦うためにも、T細胞が長く産生されていたほうが有利な気がします。
濵﨑 人類は医療を発達させて長生きになり、生物としての当初の設計とはズレてしまったかもしれません。もし、胸腺がもっと長く保たれていた方が有利なのだとしたら、たとえば、iPS細胞から胸腺を再生するという治療戦略も考えられるかもしれません。

MEMO
平均寿命と健康寿命
日本人の平均寿命は延び続け、2016年には女性が87.14 歳、男性が80.98 歳を記録した。一方で、介護を受けたり寝たきりになったりせずに生活できる「健康寿命」は、2016年のデータで女性は74.79 歳、男性は72.14 歳とされ、この差をどう埋めるかが逼迫した課題になっている。健康寿命を延ばすことは、老化研究に取り組む科学者たちの大きな目標のひとつである。
iPS 細胞の誕生が老化研究の概念を変えた
濵﨑 分化した細胞から多能性をもつiPS細胞を作る技術が発見されたことは、再生医療の分野だけでなく、基礎研究にも大きなインパクトを与えましたよね。私たちは、分化とは細胞における不可逆な経時変化だと考えていた。しかしiPS細胞は、細胞の時間を巻き戻せることを示したのです。そんなことができるなら、私たちが当たり前だと思っている老化の捉え方も変えられるのではないか。そんな希望を抱かされます。
三浦 細胞は一方向にしか変化できないと思っていたのに、実はもっとフレキシブルだったわけですよね。
濵﨑 iPS細胞の発見の話を聞いたときは、「信じられない」と思いました。そのくらい新規性の高い発見でした。
三浦 当時、私は山中先生のラボにいたのですが、なかなか信じてもらえないと山中先生も嘆いていました(笑)
濵﨑 歳とともにいろいろな病気が増えます。肺の病気や腎臓の病気といった臓器別のとらえ方ではなく、老化という体全体のシステムの(バグの)中で、それぞれの病気をとらえることができれば、今までと違う治療法や予防法が生まれるかもしれません。
三浦 老化研究というのは不老不死を目指すということではなく、健康寿命を延ばしていくことが今の目標です。濵﨑先生は免疫老化、私はがんのメカニズムで。人々が病気にならずに幸せに暮らしていく社会の実現につなげていきたいですね。
※1 AMED 老化メカニズムの解明・制御プロジェクト国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「健康・医療戦略の推進に必要となる研究開発」に2017年度採択されたプロジェクト。老化そのものを様々な加齢関連疾患の基盤と捉え、老化メカニズムの解明・制御を目指す研究からヒトの老化制御への応用に繋がる研究開発を包括的に推進する。

※2 ハダカデバネズミほぼ無毛の裸のからだと長い歯をもち、地下にアリの巣のようなトンネルを掘ってその中に集団で暮らすげっ歯類。目は退化している。アリやハチのように繁殖専門の女王と、働く専門のワーカーで構成された社会をもつ。老化やがんに耐性があり長寿。野生での主な死因は捕食などの事故死だが、長生きした結果、最終的にどうなるのかは未だわかっていない。

※3 胸腺
心臓のあたりに存在するT細胞を作り出す臓器。産出量が多いのは思春期までで、その後は急速に萎縮していく。人間だけでなく多くの哺乳類がもっていて、やはり他の臓器と比べて早期に老化する。
みうら きょうこ
三浦 恭子 准教授
熊本大学大学院生命科学研究部 老化・健康長寿学講座
2003年奈良女子大学理学部化学科卒業後、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究課修士課程に入学し、山中伸弥研究室に所属する。ES細胞の未分化維持機構の研究や iPS 細胞の安全性・脊髄損傷モデルマウスへの治療効果の研究に従事する。2010年博士号(医学)取得。2010年慶應義塾大学医学部特任助教、2014年北海道大学遺伝子病制御研究所・講師を経て、2016年から現職。研究機関として日本で唯一のハダカデバネズミ飼育・研究を行い、ハダカデバネズミの老化耐性・がん化耐性機構の解明を目指している。
はまざき ようこ
濵﨑 洋子 教授
京都大学iPS 細胞研究所 未来生命科学開拓部門/
京都大学大学院医学研究科 免疫生物学
2004年京都大学大学院医学研究科 分子細胞情報学(月田承一郎教授)で上皮細胞生物学の研究に従事し博士号(医学)取得。上皮細胞がつくる免疫臓器「胸腺」に興味を持ち免疫学の世界に飛び込む。2004年から京都大学大学院医学研究科免疫細胞生物学(湊長博教授)助手、助教、准教授を経て 2017年5月から現職。がんやウイルス感染制御の中心を担うT細胞とその産生臓器である胸腺の発生・老化機構の解明と、その機能再生を目指している。ヒトT細胞の加齢変化の理解に向けた臨床研究も進行中。