社会に広がるiPS 細胞
T-CiRAが実現する、
サイエンスと創薬のエコシステム
サイエンスと創薬のエコシステム
2015年にはじまった「T-CiRA」は、iPS細胞研究を臨床応用に結びつける、CiRAと武田薬品工業株式会社の共同研究プログラムです。そのミッションは、アカデミアと製薬企業が組織の違いを超えてiPS細胞を用いた治療法開発のイノベーションを生み出すこと。武田薬品工業株式会社T-CiRAディスカバリーヘッドの梶井靖氏に、現在6年目を迎えたT-CiRAプログラムの意義と展望を聞きました。

日本に創薬イノベーションの土壌をつくる
T-CiRAの目標は、10年間で患者さんに実際に届くiPS細胞の治療オプションの種を見つけ出し、臨床応用可能な姿まで育てることです。この挑戦的なプロジェクトで短期の目標として達成したことは、アカデミアと製薬企業がそれぞれの立場を共有し、議論できる環境をつくったことでした。これは日本の創薬産業にイノベーションの土壌をつくることにも貢献したと考えられます。
患者さんを救うという目的は共通していますが、アカデミアと製薬企業には違いがあります。たとえばアカデミアの研究者は病気のメカニズムを解明しようとし、製薬企業は実際に治療薬の開発を推進します。
重要なことはアカデミアと製薬企業が違いを超えた議論を行い、互いにとって未踏の結果にたどり着くためのエコシステムを持つことです。それがイノベーションには欠かせないことであり、日本の創薬における産学連携に欠けていることです。
新型コロナウイルスのRNAワクチンの開発を見ても明らかですが、欧米のメガファーマはアカデミアと製薬企業が強固なエコシステムを持っています。T-CiRAのような関係性を多くのアカデミアと持てるかどうかが、日本の創薬産業全体において重要だと考えられます。
iPS細胞により、
多くの患者さんへ治療法を届ける
多くの患者さんへ治療法を届ける
実現しつつある中期目標は、iPS細胞を材料とした治療法を多くの患者さんへ届けることです。T-CiRAでは神経疾患、がん、難治性筋疾患、希少疾患などの領域で複数のプロジェクトが進んでいますが、そのうち、CiRAの金子新教授と共に開発した、iPS細胞由来のCAR-T細胞を用いた細胞療法「iCART(※1)」は、画期的ながん治療法である「CAR-T細胞療法」をより患者さんが利用しやすい形で実現するものです。
現行の自家CAR-T細胞療法は、患者さんの血液からT細胞(免疫細胞の一種)を採取し、特定の腫瘍をターゲットにするよう遺伝子を改変し、本人に戻すことで治療を行います。画期的な治療法ですが、治療判断後に長いプロセスを必要とし、治療提供機会が十分とは言えません。
そこで公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団が保有する「再生医療用iPS細胞ストック」をもとにクローン化したiPS細胞を用いることで品質を均一化し、現行のCAR-T療法よりも多くの患者さんに提供することを目標としています。私たちは、サイエンスの最前線から武田薬品の研究開発パイプラインに組み込める姿まで育て上げていくことに成功しつつあるのです。
6年目の現在、iCARTのfirst-in-human (FIH)試験(※2)に近づけていることは、 T-CiRAの大きな成果です。
6年目の現在、iCARTのfirst-in-human (FIH)試験(※2)に近づけていることは、 T-CiRAの大きな成果です。
創薬プロセスを革新する
T-CiRAの見据える長期的な目標は、iCARTのような画期的なiPS細胞療法を世界中の患者さんに届けることです。プロジェクトの残り5年間で、課題を明らかにするまでは実現したいと考えています。具体的には研究開発に人工知能を導入し、iPS細胞研究をより効率化・標準化することなどが挙げられるでしょう。
かつての創薬プロセスは数の多い患者さん集団に対し、平均的によく効く薬を提供することで患者さんのメリットの実現を図ってきました。しかし現在、多くの製薬企業は、病気をより細かく分類し、特化した治療薬の開発を行うという創薬プロセスへと移行しています。そしてこのプロセスにもっとも強力なインパクトをもたらすのが、患者さんから作製したiPS細胞を活用した治療薬の研究開発です。
患者さんの遺伝情報を受け継いだiPS細胞を治療薬の研究開発に用いることで、従来とは比較にならないほど高精度に対象患者集団の特定ができ、開発される薬剤にも非常に高い効果が期待できます。
T-CiRAでは、iPS細胞を用いた創薬プロセスを実際の研究開発に組み込むことをすでに達成しています。私たちは間違いなく今、創薬の最前線を目撃し、その革新を生み出す最中にいるのです。


※1 次世代CAR-T 細胞療法「iCART(アイ・カーティー)」一種類のiPS 細胞マスターセルバンク(一定の条件下で培養され、保存された単一の細胞の貯蔵庫)から、均一な細胞製剤を大量製造する方法を開発することで、現行のCAR-T(カー・ティ)細胞療法をoff-the-shelf製剤(必要なときにすぐに使用可能な製剤)として提供することを可能にしたもの(図参照)。時短化・低コスト化の可能性が見込め、治療機会の均等化が期待できることから、個別化医療を中心とするiPS 細胞医療において、新たな可能性を示す療法である。
※2 first-in-human(FIH)試験
治験の段階のひとつ。動物試験によって安全性が認められた薬を、初めてヒトへ投与する際の臨床試験のことを指す。
※2 first-in-human(FIH)試験
治験の段階のひとつ。動物試験によって安全性が認められた薬を、初めてヒトへ投与する際の臨床試験のことを指す。

かじい やすし
梶井 靖
梶井 靖
武田薬品工業株式会社
T-CiRAディスカバリーヘッド
東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻博士課程修了(PhD)。田辺三菱製薬、アッヴィ、ノバルティスファーマなど国内外のメガファーマでメディカルアフェアーズ部門等の職を歴任。2019 年 4 月に武田薬品工業に入社。
T-CiRAディスカバリーヘッド
東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻博士課程修了(PhD)。田辺三菱製薬、アッヴィ、ノバルティスファーマなど国内外のメガファーマでメディカルアフェアーズ部門等の職を歴任。2019 年 4 月に武田薬品工業に入社。