社会に広がるiPS 細胞
再生医療のための、
新しい医療と治療をつくる
新しい医療と治療をつくる
iPS細胞を用いた再生医療の実現は、治療を待つ多くの患者さんの夢です。網膜の細胞治療を推進するビジョンケア株式会社代表取締役の髙橋政代氏に、再生医療を実現するための個別化医療のあり方について聞きました。

視点が変われば治療が変わる
一般的には、ひとつの病気に対応した、ひとつの治療があると考えられているところがあります。「この病気には、この薬」といったように。こうした治療の考え方は、従来型のマスを対象とした市場原理によって一般化したものなのです。
製薬企業はこれまで市場規模の大きな病気、つまり、もっとも患者さんが多い病気の大多数の患者さんに対して効果的な薬をつくってきました。それゆえ、「病名で治療する」という発想になります。
一方で実際の患者さんをケアする「臨床家」の視点では「それぞれの患者さんを治療する」という発想になります。臨床家は様々な症例がありひとつの病気がひとつの薬で治せないと日々感じています。同じ病気でも、患者さんの体質、さらには遺伝子によって症状や薬の作用が変わるからです。
こうした臨床家視点で実現する医療が、現在世界的に取り組みが進んでいる「個別化医療」です。
そして近い将来、再生医療のような高額で先進的な医療が普及するためには、アカデミア、企業、そして病院が一体となり、より高度な個別化医療を実現しなければなりません。つまり、現在の仕組みとは異なる、まったく新しい形の医療・治療をつくらなければならないのです。それが現在わたしが取り組んでいる仕事です。
再生医療に必要な
「医療の仕組み」をつくる
「医療の仕組み」をつくる
わたしは理化学研究所で、かつては不可能とも言われていた網膜再生医療を実際の医療へと進歩させるとともに、iPS細胞を用いた「加齢黄斑変性」の治療法開発に臨床家として携わってきました(※1)。
これらの治療を実際の患者さんに届けるための新しい医療・治療を創造する場所として「神戸アイセンター」(※2)を構想し、アカデミアと企業、そして病院を繋ぎ、社会における再生医療の認識を変革するための「ビジョンケア株式会社」を起業しました。すべての患者さんのための再生医療を行うことをミッションとして掲げています。先進的な試みのひとつとして、最先端のAIとロボティクスの技術を用いたLabDroid「まほろ」を導入し、人間の「匠の技」だけに頼らないiPS細胞由来網膜細胞の作製を実現しています(図参照)。
※1
2013年8月より滲出型加齢黄斑変性に対する自家iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植に関する臨床研究を開始、2014年9月には第一症例目の移植を、2017年3月には他家iPS細胞由来網膜色素上皮細胞懸濁液による移植を行った。
※2
神戸アイセンターは網膜色素上皮シートの移植に成功し、世界に先駆けてiPS細胞を用いた治療を実用化した複合型の病院。再生医療の研究機関、眼科医療施設、リハビリ・社会復帰支援施設を持つ。
2013年8月より滲出型加齢黄斑変性に対する自家iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植に関する臨床研究を開始、2014年9月には第一症例目の移植を、2017年3月には他家iPS細胞由来網膜色素上皮細胞懸濁液による移植を行った。
※2
神戸アイセンターは網膜色素上皮シートの移植に成功し、世界に先駆けてiPS細胞を用いた治療を実用化した複合型の病院。再生医療の研究機関、眼科医療施設、リハビリ・社会復帰支援施設を持つ。

※汎用ヒト型ロボットLabDroid「まほろ」。これまで熟練の人間の手で行われていたiPS細胞からの網膜細胞作製を代行する。
人間の研究者との完全な協業が実現しており、「ラボの一員です」と髙橋氏は紹介する。 提供: RBI株式会社
人間の研究者との完全な協業が実現しており、「ラボの一員です」と髙橋氏は紹介する。 提供: RBI株式会社
現在の目標は、さまざまな症例の網膜外層の治療ができる製品と、治療法のラインナップを10年以内にすべて揃えることです。この目標を実現するため、研究開発に並行して治験や臨床研究を推進しています。
将来的には、神戸アイセンターで構築する網膜の再生医療のための医療の仕組みを、さまざまなiPS細胞による再生医療に応用可能なものにしていきたいと考えています。その上でもっとも重要になることが、仕組みの中で、病院を持続可能なものにしていくということです。赤字経営が問題視される現在の病院に、手間のかかる個別医療である再生医療を、単純な「いち治療法」として導入しても、効果の面でも、コスト面でも、多くの患者さんに提供可能な医療として機能しません。
再生医療の普及には、病院にもインセンィブがもたらされる仕組みを構築することが課題となります。現在わたしたちは、先進医療の制度を活用することでその活路を開こうと考えています。日本は、世界でも有数な臨床家の目線を採り入れた再生医療に特化した法律(※3)を持っているので、その長所を利用するということです。具体的には、通常保険外診療との併用は認められず全額が自己負担となってしまう、iPS細胞を用いた治療などの先進医療(患者さんの全額負担あるいは民間の先進医療保険)を通常の診療(保険診療)と併用できる制度のことです。この制度を活用することで、病院の利益を生みながら、患者さん側の負担を軽減することができます。
CiRAには、実際的な再生医療を実現するための研究開発、また医療の仕組みづくりの点においても世界をリードする研究機関であってほしいと思います。
※3
2014年に施行された「再生医療等安全性確保法」は臨床研究と自由診療の正しい普及のため、リスクに応じた届け出を義務付けた。同年施行された「医薬品医療機器等法」では、条件・期限付きで再生医療にそぐわない大規模治験を行わずに医薬品等を限定的に市販し、市販後にしっかり検証できるようになり、治験の難しい細胞療法開発に活路を与えた。
2014年に施行された「再生医療等安全性確保法」は臨床研究と自由診療の正しい普及のため、リスクに応じた届け出を義務付けた。同年施行された「医薬品医療機器等法」では、条件・期限付きで再生医療にそぐわない大規模治験を行わずに医薬品等を限定的に市販し、市販後にしっかり検証できるようになり、治験の難しい細胞療法開発に活路を与えた。

たかはし まさよ
髙橋 政代
髙橋 政代
株式会社ビジョンケア代表取締役社長
京都大学医学部卒業。京都大学大学院医学研究科博士課程(視覚病態学)修了。2006年、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究チーム・チームリーダー。2012年より網膜再生医療研究開発プロジェクトプロジェクトリーダー。2019年8月より現職。
京都大学医学部卒業。京都大学大学院医学研究科博士課程(視覚病態学)修了。2006年、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究チーム・チームリーダー。2012年より網膜再生医療研究開発プロジェクトプロジェクトリーダー。2019年8月より現職。