PEOPLE
CiRA研究者の想い
iPS細胞から血小板を製造し
安定供給を目指す
中村壮さん(CiRA臨床応用研究部門 江藤浩之研究室特定拠点助教)は現在iPS細胞から作製した血小板の研究開発から製造までを担当しています。研究の種が臨床試験に至るまで、どのような苦労があったのでしょうか。話を聞きました。  
献血だけではまかなえない
血小板不足の未来がくる
血小板は出血時に血液の止血を担う細胞です。減少すると血が止まらず血圧を保てなくなり、命の危険が生じます。そのため、手術や事故などで大量出血したときや、血液疾患やがんの治療で血小板が減少した場合には、献血からつくられた血液製剤を輸血して血小板を供給します。
ところが、何度も輸血が必要な血液疾患などの患者さんでは、「血小板輸血不応症」を発症することがあります。これを発症すると、体が他人の血小板を異物とみなして攻撃してしまうため、同じHLA(※)型の細胞のドナーの血液しか受け入れられなくなります。このHLA型は親子やきょうだいの間でも一致する確率は低く、非血縁者で一致する確率は数百から数万分の1といわれています。
iPS細胞から血小板を安定して製造できるようになれば、患者さん本人の細胞から血小板をつくることができ、血小板輸血不応の問題が解決できるかもしれません。また、献血ドナーの数は少子高齢化等もあり、減少しています。献血を補う手段のひとつとして医療の現場で役立つことも期待できます。
※ HLA ヒト白血球型抗原(human leukocyte antigen)のこと。ヒトの様々な細胞の表面に存在していて、数万種類もの組み合わせがある。この組み合わせが一致していないと、免疫細胞から異物(外敵)とみなされて、免疫反応が起こる。大きくクラス1(殆どの細胞で働いている)とクラス2(主に免疫細胞で働いている)に分けられる。
困難だと思われていた
血小板の大量製造に成功
血小板は、人の体の中で、骨髄の中の「巨核球」という細胞からつくられています。私たちの研究グループは、ヒトiPS細胞から巨核球を作製し、その巨核球から血小板を産生する方法を開発しました。ただ、作製には時間もかかり、巨核球への分化効率は低いため生産できる血小板も少なく、臨床応用には程遠い方法でした。
そこで私たちは、長期間自己増殖できる巨核球を、iPS細胞からつくるための研究を進めました。親となる巨核球が多ければ、血小板も大量にできます。また、長期間自己増殖できる巨核球なら、冷凍して保存し、必要なときに解凍して血小板を産生させることもできます。毎回iPS細胞から作製しなくていいため、製造期間も短くなります。
ほぼ無限に自己増殖できる巨核球の作製に成功したのは2014年です。科学誌『Cell Stem Cell』で発表しました。生体内の血液細胞の中でも極めて少ない巨核球は研究が難しく増えにくい細胞だったため、長期間自己増殖して大量に製造するなんてできるわけがないと多くの人が考えていました。実は、私自身もこの研究を始めた当初は半信半疑でした。ですから、発表したときは大きな反響をいただきました。
しかし、このときの培養方法では、自己増殖した巨核球から放出する血小板数が少ないため輸血に必要な量には届きませんでした。私たちは、さらなる大量生産を目指し、巨核球が血小板をつくるメカニズムを詳細に研究しました。さまざまな試行錯誤ののち、特殊な顕微鏡でマウスの血液の流れを測定し、血小板が血流の流れの向きが変わるところで産生されていることを発見しました。この成果を応用し、流れの方向が変化する培養装置を用いることで、一人分の輸血に必要な大量の血小板を短期間で作製することに成功し、2018年に科学誌『Cell』で発表しました。
命の重みを感じながら
研究と製造に携わる
こうして開発した方法を臨床応用につなげるため、公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団が運営する細胞調製施設(FiT:Facility for iPS Cell Therapy)での製造にも携わっています。臨床試験の準備の間は、少しも気を抜けない日々でした。FiTでは、研究室で完結する実験とは異なり、医薬品の品質・安全基準であるGMP基準をクリアした血小板を製造する必要があります。患者さんに投与するものですから、製造の責任は重大です。また、患者さんを含め、多くの人が関わっている臨床試験では、製造のスケジュールを遅らせることはできません。あらかじめ計画が緻密に決まっているために、万が一、製造ミスが原因で遅れてしまったら試験自体が中止になってしまいます。研究室での実験と比べ責任の重みが全く違いました。
ここまでたどり着けたのは、この研究テーマを計画したCiRA江藤浩之教授をはじめ、先人の研究や多くの共同研究者や江藤研スタッフの方々、そして患者さんをはじめとする多くの方々のおかげです。何度か挫折しかけたこともありましたが、そのたびに家族の支えや自分ができることをやらなくてはと考えて、思いとどまってきました。ここまで来たら、産業化までつなげ、必要な方のもとに届けられるようにしたいと考えています。さらに多くの血小板を産生できるよう、研究を進めていきたいと思います。
なかむら そう
中村 壮
京都大学iPS 細胞研究所特定拠点助教(臨床応用研究部門 江藤研究室)。横浜市立大学大学院国際総合科学研究科博士後期課程を中退し、バイオベンチャー企業からの出向研究員として東京大学医科学研究所幹細胞治療部門で現在の研究テーマに取り組み始める。2011 年、CiRA特定研究員に着任。博士(医科学)取得。2019 年から現職。