社会に広がるiPS 細胞
研究から産業への架け橋となる
公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団の仕事
公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団の仕事
iPS細胞技術を使った医療応用の実現は、研究と産業が一体となって推進する必要があります。2019年に誕生した京都大学iPS細胞研究財団(以下CiRA_F・サイラエフ)は、研究と産業の架け橋となる組織です。CiRA_Fで業務執行理事を務める高須直子さんに、CiRA_Fについて聞きました

死の谷を越える橋
公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団の役割を一言で言えば、先進的なiPS細胞による再生医療(※1)を産業界へと「橋渡し」することです。
iPS細胞による再生医療はCiRAを含む、アカデミアの研究機関による研究開発と、実際の医療応用を行う製薬企業などの産業界が両輪となることではじめて実現します。しかし現実には、研究による成果から、実際の治療法が確立できるまでには長い時間と、莫大な費用がかかる例が多く、医療として産業化される前に研究開発費が枯渇する「死の谷」が存在します。
死の谷を克服し、研究から産業への橋渡しを促進する機能として、2019年、CiRA_Fは設立されました。
iPS細胞による再生医療はCiRAを含む、アカデミアの研究機関による研究開発と、実際の医療応用を行う製薬企業などの産業界が両輪となることではじめて実現します。しかし現実には、研究による成果から、実際の治療法が確立できるまでには長い時間と、莫大な費用がかかる例が多く、医療として産業化される前に研究開発費が枯渇する「死の谷」が存在します。
死の谷を克服し、研究から産業への橋渡しを促進する機能として、2019年、CiRA_Fは設立されました。
再生医療用細胞調製施設「FiT」
CiRA_Fの「橋渡し」において重要な役割を果たすのが「iPS細胞ストックプロジェクト(※2)」です。iPS細胞ストックは、医療機関や研究機関に対し、医療用iPS細胞をいつでも利用可能な状態で保存しておくしくみです。iPS細胞ストックプロジェクトを下支えするのが、再生医療用のiPS細胞を含む、さまざまな細胞の製造を安全かつ安定的に行うための細胞調製施設(FiT:Facility for iPS Cell Therapy)です。
FiTでは2010年の施設設立当初、CiRAの研究室で研究職・技術職に就いていた人たちが中心となってiPS細胞の製造を開始しました。それ以降、製造管理・品質管理を専門とする職員を雇用し、iPS細胞を医療機関に提供するための厳しい基準に準拠した製造を行い、2015年8月にiPS細胞ストック初出荷を達成しています。
研究と製造は、大きく異なります。研究は、革新的なアイディアを生み出すことが求められるのに対し、製造には、定められた手順で安定した品質の製品を確実につくり出すことが求められます。教育・研究を旨とする大学内の施設FiTにさまざまなエキスパートが集まり、産業界への橋渡しの役割を担うための最初の一歩を踏み出したのです。
現在の製造実績としては、7名のHLAホモドナー(※2)から27株のiPS細胞を製造・保存しており、日本人の約40パーセントをカバーしています。また、提供実績としては、研究用として58プロジェクト・62機関、臨床用に29プロジェクト・30機関へ提供しており、とくにアカデミアの研究機関等で実施される「first-in-human(FIH)試験(※3)」ではほぼすべてのiPS細胞をCiRA_Fが無償提供し、臨床研究や治験をサポートしているほか、企業にも低価格で提供することで、再生医療への参入を促進しています。(いずれの数字も2021年11月末現在)


自家移植の産業化実現へ
私たちは、臨床用のiPS細胞製造において「3つの柱」を設定し、それぞれの事業を着実に進めています。1つめの柱は先に述べたiPS細胞ストックプロジェクトです。HLAホモドナー由来の他家移植(※4)用の「HLAホモiPS細胞ストック」を研究機関や企業へ提供しています。
次いで、2つ目の柱は、HLAに対しゲノム編集を施し、ほぼすべての日本人、全人類の大半をカバーすることが可能な「HLAゲノム編集iPS細胞ストック(※5)」の提供を実現することです。(2021年度製造開始)
そして最後の柱が、患者さんの細胞による自家移植(※4)のための「my iPSプロジェクト」の実現です。現在は分化誘導のための研究開発に髙橋淳教授(神経細胞)、吉田善紀准教授(心筋細胞)ほかCiRAの数多くの先生の協力を得ています。自家移植の実現は、山中伸弥教授を含む多くの研究者の夢なのです。2025年に100万円程度でのiPS細胞製造の実現を目指しており、同年には大阪の中之島の未来医療国際拠点にmy iPSプロジェクトのための施設を構え、本格的な製造に着手します。
私は2008年にCiRAの知財管理室長として着任し、その後CiRAの副所長を経て、2020年から現在の職務に就きました。その間ずっと、特にコロナ禍以前は、イベントや講演会などで患者さんやそのご家族、支援してくださる寄付者の方々とお会いしたり、励ましのメッセージをいただいたりしました。そのたびに強く感じてきた、iPS細胞による再生医療を実現し、目の前の患者さんに1日でも早く届けたいという気持ちを大切に、これからも、日々、仕事に励んでいきたいと思います。
※ 1 iPS 細胞による再生医療
怪我や病気で失われてしまった身体の機能を、iPS細胞の多分化能を利用して再生し、患者さんを回復させる画期的な医療。
※ 2 iPS 細胞ストックプロジェクト
再生医療の産業化には、必要なときに取り出して使うことのできるような利便性獲得が重要となる。iPS 細胞ストックプロジェクトでは、他家移植用のiPS 細胞株をストックする。HLA(Human Leukocyte Antigen : ヒト白血球型抗原)型を、拒絶反応が起きにくい組み合わせである「ホモ接合体」で持つ健康なドナー「HLA ホモドナー」から作製されたiPS 細胞株を保存し、提供している。
※ 3 first-in-human(FIH)試験
治験の段階のひとつ。動物試験によって安全性が認められた薬を、はじめてヒトへ投与する際の臨床試験のことを指す。
※ 4 他家移植と自家移植
他家移植は、ある個体の細胞や組織を、同種の自己以外の他の個体の体内に移植すること。自家移植は、ある個体内にある細胞や組織を、同一の個体内へと移植すること。
※ 5 HLA ゲノム編集iPS 細胞ストック
ゲノム編集技術を用いることで、拒絶反応のリスクをより抑えたiPS 細胞のストック。
怪我や病気で失われてしまった身体の機能を、iPS細胞の多分化能を利用して再生し、患者さんを回復させる画期的な医療。
※ 2 iPS 細胞ストックプロジェクト
再生医療の産業化には、必要なときに取り出して使うことのできるような利便性獲得が重要となる。iPS 細胞ストックプロジェクトでは、他家移植用のiPS 細胞株をストックする。HLA(Human Leukocyte Antigen : ヒト白血球型抗原)型を、拒絶反応が起きにくい組み合わせである「ホモ接合体」で持つ健康なドナー「HLA ホモドナー」から作製されたiPS 細胞株を保存し、提供している。
※ 3 first-in-human(FIH)試験
治験の段階のひとつ。動物試験によって安全性が認められた薬を、はじめてヒトへ投与する際の臨床試験のことを指す。
※ 4 他家移植と自家移植
他家移植は、ある個体の細胞や組織を、同種の自己以外の他の個体の体内に移植すること。自家移植は、ある個体内にある細胞や組織を、同一の個体内へと移植すること。
※ 5 HLA ゲノム編集iPS 細胞ストック
ゲノム編集技術を用いることで、拒絶反応のリスクをより抑えたiPS 細胞のストック。

たかす なおこ
高須 直子
高須 直子
公益財団法人京都大学iPS 細胞研究財団
業務執行理事
2008年5月末住友製薬(大日本住友製薬)退職。同年6月よりCiRAへ。知財担当から副所長を経て、2020年より現職。
2008年5月末住友製薬(大日本住友製薬)退職。同年6月よりCiRAへ。知財担当から副所長を経て、2020年より現職。