COMMUNITYCiRAから羽ばたいた人たち

再生する仕組みを解明し、脳で機能する神経をつくる

同志社大学大学院脳科学研究科准教授の西村周泰さんは、2010年から5年間、設立されたばかりのCiRAに所属し、特定研究員として髙橋淳教授のもとで神経再生の研究を行いました。そんな西村さんに、CiRAで過ごした日々や、その後の活躍について、詳しい話を伺いました。

再生能力をもつプラナリア研究からヒトiPS細胞の世界へ

 CiRAに来る前は、京都薬科大学と京都大学理学部でプラナリアを使って神経を再生する研究をしていました。プラナリアは0.5〜1.0cmほどの平べったく細長い生き物で、体を2つに切られても死ぬことなく、それぞれの断片から頭と尾が再生して2匹になってしまう不思議な性質をもっています。この再生能力に注目した研究が数多く行われていますが、私はプラナリアにも人と同じくドパミン神経細胞(※1)が存在することを証明し、プラナリアのドパミン神経細胞の再生や機能回復のメカニズムを解明しました。
 ドパミン神経細胞は、パーキンソン病で失われていく細胞です。ですから、ドパミン神経細胞をヒトの脳の中で再生させることができれば、パーキンソン病の治療につながります。もちろんヒトの脳はプラナリアと同じようにはいきませんが、応用できる知見もあるのではないかと考え、CiRAの髙橋淳先生の研究室に入りました。
 髙橋研究室では、ヒトiPS細胞からドパミン神経細胞をつくって移植するパーキンソン病の治療法を研究しました。私が担当したのは、移植後に神経細胞を良い状態に保ち、機能させるにはどうすればよいかという課題です。神経細胞を脳に移植しただけでは、治療は終わりません。移植した細胞が脳に定着し、他の細胞とネットワークを作ることによって移植した細胞が機能するからです。CiRAにいる間に、移植後の神経細胞のネットワーク形成を促進する薬剤を発見し、パーキンソン病の状態になったラットの症状を改善することができました。

発生生物学の基礎を学びにスウェーデンへ

 CiRAに5年間在籍した後は、スウェーデンのカロリンスカ研究所で研究をしました。カロリンスカ研究所は、ノーベル生理学・医学賞の選考委員会も設置されている有名な医学研究機関です。私がそこを選んだのは、ヒトの発生生物学の基礎を学ぶためでした。発生生物学は、受精卵という1つの細胞が成長して増殖し、個体の形や機能が作られる過程を研究する学問です。ヒトiPS細胞からさまざまな細胞を作製し応用していくために、ヒトの発生生物学の基礎をよく知る必要があると考えたのです。
 カロリンスカ研究所のランチタイムは、サンドイッチ付きのプレゼンタイムが設けられていました。そこで毎日のように誰かの研究の話を聞けるのです。たとえば、日本はiPS細胞の研究が進んでいますが、スウェーデンではES細胞を使った先端的な研究を行っているといったことが知れます。そのおかげで、誰が何を得意とするかを把握でき、コラボレーションが生まれやすい環境が整っていました。私がCiRAで身につけたiPS細胞技術と、他の研究者のES細胞などの技術の良い所をうまく組み合わせることで、研究をスムーズに進行することができました。
 2018年に日本に帰ってきてからは京都薬科大学で、iPS細胞を使った研究はもちろん、治療薬の探索や、神経細胞が形成されていくメカニズムなどを研究し、学生の教育にも力を入れました。

CiRAで培ったオープンなコミュニケーションスタイル

 CiRAに所属して得たものはたくさんありますが、一番大きいのは人のつながりです。研究者同士が自由に議論できるCiRAのオープンラボ形式は、私に良い影響を与えてくれました。バックグラウンドが違う人たちとコミュニケーションを取りながら研究を進める私のスタイルは、CiRAで培われたのかもしれません。
 カロリンスカ研究所のオープンなスタイルにすぐに馴染めたのも、CiRAの環境のおかげです。前職の京都薬科大学でも、分野の壁を取り払って、それぞれの特技を生かせるコラボレーションをしました。薬品合成や薬物動態や物理化学など、幅広い異分野の研究者とすぐにコラボができる強みを生かしました。
 今年4月からは同志社大学大学院脳科学研究科脳機能回路創出部門へ移り、神経回路の形成を研究している先生と共同研究を行い、神経細胞がどのように発生して脳でネットワークを作り、機能していくのかを、さらに詳しく研究していきたいと考えています。脳という共通のテーマで集まった部門なので、面白いコラボレーションも生まれるのではないかと期待しています。

明確なビジョンと一体感がCiRAの強み

 CiRAは研究所として、「iPS細胞の医療応用」などの明確なビジョンをもっているところが特徴的だと思います。しかもそのビジョンを、研究者だけでなく、研究をサポートする研究支援スタッフも含め、所員全員が共有していて、一体感があるのです。私がCiRAにいたときを改めて思い返してみると、研究者同士の交流だけでなく、事務や広報などの研究支援スタッフの方々ともコミュニケーションが取りやすく、研究に集中できる環境が構築されていました。
 今年度、所長に就任される髙橋先生は、コミュニケーションを大切にされる方なので、CiRAのメンバーの個性がさらに生かされ、山中先生がリーダーシップを発揮して牽引してこられたCiRAが、ますます豊かに発展していくのではないかと、とても期待しています。

※1 ドパミン神経細胞:神経伝達物質のひとつドパミンを産生する神経細胞。脳の黒質に数多く存在する。

西村 周泰 にしむら かねやす

(CiRA所属期間:2010年~2015年)
同志社大学大学院脳科学研究科脳機能回路創出部門 特定准教授

2008年京都薬科大学大学院博士後期課程修了後、京都大学大学院理学研究科研究員、再生医科学研究所特定研究員を経て、CiRA特定研究員に。2015年から2018年までカロリンスカ研究所で研究し、2018年から京都薬科大学統合薬科学系助教に就任。2022年4月から現職。

© 2022 Center for iPS Cell Research and Application, Kyoto University.