FOCUS所長交代:髙橋淳教授、山中伸弥教授インタビュー

特集未来の医療を切り開く
CiRAの新たな出発

 2022年4月より、CiRAは新しいスタートを切ります。iPS細胞研究の礎を築いた山中伸弥教授に代わり、新所長に髙橋淳教授が就任しました。CiRA設立から12年、iPS細胞研究は基礎研究・応用研究共に発展し、CiRAも大きく成長しました。2022年、新体制によって新たに出発するCiRAはどのように変わっていくのでしょうか。CiRAの黎明期から並走した髙橋淳教授、山中伸弥教授に、それぞれの想いを聞きました。

FOCUS新所長 髙橋淳教授インタビュー

iPS細胞が通常治療の選択肢になる未来

基礎研究から臨床応用まで幅広く取り組む研究所

 CiRAでは、さまざまな研究室がiPS細胞を用いて基礎から応用までの多様な研究を行っています。また、京大病院がすぐ近くにあることも特徴です。この環境のおかげで、CiRAは、iPS細胞の基礎研究から臨床応用までを一気通貫で行うことができる研究所です。
 iPS細胞の技術を、再生医療や創薬に用い、治療に役立てる。それがCiRAの目標のひとつです。その目標は着々と達成しつつあり、現在、私のパーキンソン病研究を含め、再生医療ではいくつかの臨床研究(※1)や治験(※2)が行われています。創薬についても治験段階まで来ている研究もあります。
 これからは、一般的な治療として確立していくために、病院や企業と連携をさらに強めていく必要があります。そして、臨床研究や治験で見えてきた課題をまた基礎研究にフィードバックして、よりよい治療法につなげていかなくてはなりません。
 また、iPS細胞を使って治療できる疾患を増やしていくと同時に、iPS細胞の質を高める基礎研究を行っていくことも重要です。iPS細胞から必要な細胞をつくるときの効率を今より高められれば、製造のコストは下がり、製造に必要な時間も短くなります。基礎研究を進めることで、iPS細胞を使った治療が、身近な治療として、選択肢のひとつになる未来に近づいていくのです。

iPS細胞を用いた治療が選択肢のひとつになる未来へ

 iPS細胞研究所ができる前、私は京大の再生医科学研究所(現在:医生物学研究所)に所属していました。そこで、ES細胞(胚性幹細胞)を使ったパーキンソン病に対する細胞移植治療の研究を行っていました。ES細胞は再生医療の可能性を秘めた多能性幹細胞ですが、患者さんの細胞とは違う人の細胞からつくられるため、移植をすると臓器移植と同様に、拒絶反応が起きてしまいます。ES細胞を移植治療に用いた場合は、免疫抑制薬を飲む必要があるのです。
 私は、脳外科医として多くの患者さんを診てきた経験から、拒絶反応のない移植治療を行いたいと考えてきました。2006年にマウスのiPS細胞が、そして2007年にヒトのiPS細胞が発表されたとき、これは、私の長年の願いを叶える画期的な出来事だと思いました。患者さんの細胞からiPS細胞を作製し、必要な臓器の細胞に育てれば、免疫拒絶反応のない「自家移植」を行えるからです。
 現在、iPS細胞による自家移植は、技術的には可能です。ただし、コストがかかるため、通常の治療の選択肢にはまだなりません。しかしながら、iPS細胞の研究や製造工程の改良は進み、コストは下がり続けています。将来的にはiPS細胞を使った自家移植が当たり前にできる世の中になってほしいという想いで、研究をしています。

所長が交代してもCiRAの想いは変わらない

 iPS細胞の誕生時に、私も京都大学にいたのは、幸運でした。山中伸弥教授に声をかけてもらい、戸口田淳也教授(現在:CiRA顧問)やほかの先生たちと一緒に、CiRAの立ち上げメンバーとなりました。新しい研究棟を建てるため、必要な施設や装備を考えて設計にも携わりました。また、研究所としてどうあるべきかを話し合い、CiRAが成すべき目標を定めました。このように、私はCiRAの設立から関わってきたので、山中教授や他の方たちと、基本的な想いは同じです。所長が交代しても研究所の方針やミッションは変わりません。
 今後は、CiRAのミッションや技術を受け継ぐ若手研究者の育成にもさらに力を入れていきます。山中教授が基礎研究に専念されることで、その背中を見て若い人も育っていくでしょう。iPS細胞のような、世界を変える研究がCiRAから出てきてほしいですね。また、知的財産の獲得や寄付募集にも力を入れ、研究所として自立した運営ができるような体制の構築も目指していきます。
 CiRAを応援してくださっている方々には本当に感謝申し上げます。いただいたご寄付は、病気で苦しんでいる患者さんの生活を改善するような治療法の開発や、科学を前進させる基礎研究のために、活用させていただきます。
 これからも、どうぞよろしくお願いします。

※1 臨床研究:人を対象とし、疾病の予防、既存の診断および治療方法の改善などのために行う医学研究。
※2 治験:医薬品や医療機器、再生医療等製品の承認申請を目的として行われ、患者さんを対象に新しい薬や治療法の効果や安全性を科学的に調べることを指す。

髙橋 淳 たかはし じゅん

1986年に京都大学医学部を卒業後、京都大学医学部附属病院脳神経外科に入局。1993年に博士(医学)取得。米国ソーク研究所博士研究員、京都大学医学研究科脳神経外科助手、同科講師を経て、2007年に京都大学再生医科学研究所准教授、2012年から京都大学iPS細胞研究所教授、2022年より同所長。神経難病のパーキンソン病治療に対する細胞移植治療の開発研究に取り組み、 iPS細胞を使った治験では昨年までに予定されていたすべての手術を終え、経過観察を進めている。

FOCUS所長退任 山中伸弥教授(名誉所長)インタビュー

「基礎研究に戻る」真意とは

 iPS細胞研究所が発足した12年前は、まだまだiPS細胞を研究している研究者は少ない状況でした。しかし、次々と優秀な研究者が集まり、私の期待以上のスピードでiPS細胞に関する基礎研究および応用研究が進みました。研究者たちの活躍を誇りに思うとともに感謝しています。私は、基礎研究と応用研究は生命科学の両輪だと考えています。CiRAでは、優れた基礎研究や応用研究が数多く行われています。CiRAメンバーにはさらに画期的な研究に挑戦してもらいたいと考えています。
 そしてCiRAは研究活動に加えて、細胞製造等の実用化に向けた橋渡し活動を行ってきました。2015年に医療用のiPS細胞ストックの出荷を開始し、すでに数多くの臨床試験で用いられています。大学で医療用の細胞を製造するという非常に難しいプロジェクトで、多くの教職員が努力を重ねてできた細胞です。これらの活動は、縁の下の力持ちとも言える大切な仕事です。しかし、それに携わる研究支援者を数年単位の有期でしか雇用できないことが大きな課題でした。私たちは長期雇用を実現するため、寄付募集活動に注力してきました。
 そして2020年、多くの寄付者のご支援を受け、公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団(以下、iPS財団)を始動しました。その成果として、私たちは約60名の研究支援者をiPS財団の正職員として雇用することができました。また、これまでCiRAが担っていた細胞製造等の橋渡し活動をiPS財団が担うことになり、CiRAは大学に付属する研究所として本来の活動である基礎研究および応用研究を行うという、役割分担が実現しました。これを機に、私はCiRAの所長職を退くことを決意しました。今後はiPS財団理事長としての活動と、自身の基礎研究に注力したいと思います。
 これまでは所長としてCiRA運営にエネルギーを費やし、自身の研究は後回しにしてきました。CiRAには研究室を持たず、グラッドストーン研究所(米国)で細々と研究をしてきたのです。しかしこの4月からはCiRAでも研究スペースを頂き、日米で研究に注力したいと考えています。実は私には、25年間、追い続けている「謎」があります。残りの研究者人生で、この謎の解明に挑戦します。また、米国Altos Labs社(※1)とも協力し、新たな研究領域にも挑戦します。
 髙橋淳新所長には、iPS財団の理事にもご就任頂き、CiRAとiPS財団との連携を深めたいと思います。CiRAとiPS財団とで力をあわせてiPS細胞の医療応用が一日でも早く実現できるよう頑張っていきます。
 CiRAで多くの研究者や研究支援者が思う存分に活躍できるのは、常日頃から応援してくださっている寄付者の方々のおかげです。心から感謝しております。立場は変わりますが、今後もCiRAの発展に微力を尽くしたいと思います。これからもご支援とご声援を頂けますようお願い申し上げます。

※1 米国Altos Labs社:細胞の機能の正常さや強さを修復することにより、病気、怪我、生涯を通して生じる細胞の機能障害を克服することを目標としたライフサイエンス企業。山中教授はAltos社の無報酬の上級科学アドバイザーに就任した。

山中 伸弥 やまなか しんや

1987年神戸大学医学部卒業、1993年大阪市立大学大学院医学研究科修了(博士)。米国グラッドストーン研究所博士研究員、京都大学教授などを経て、2010年から京都大学iPS細胞研究所所長、2022年から同名誉所長。iPS細胞研究が認められ2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞。2020年4月から公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団の理事長を兼務。

© 2022 Center for iPS Cell Research and Application, Kyoto University.