PEOPLECiRA研究支援者の想い
基礎研究の仕事は未来に旗を立てること

上谷大介(かみや だいすけ)さんは、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター研究員、名古屋大学大学院理学研究科助教を経て、2016年にCiRA池谷真研究室 特命助教に着任しました。現在、武田薬品工業株式会社(タケダ)とCiRAの共同研究プログラム「T-CiRA」で研究を行う上谷さんは、知的好奇心から始まるイノベーションを信じて研究を進めています。
私はiPS細胞から作製した神経堤細胞(※1)を使った、腎間質系細胞(※2)の分化誘導を研究しています。神経堤細胞は、受精卵から胎児の体ができるまでの一時期に現れる細胞です。神経堤細胞は非常に多様な細胞に分化できる能力を持ち、神経細胞にも、腎臓の構造を支える間質系細胞にもなれます。
T-CiRAでは、iPS細胞由来の神経堤細胞を使って、腎間質系細胞を作り出し、創薬に結びつける研究開発をしています。腎臓の間質系細胞が何らかの原因で線維化を起こしてしまうと、腎不全の原因になることが知られています。日本透析学会の報告によると、2020年末の統計で、日本で慢性透析療法を受けている患者さんは約35万人にのぼります。しかしながら、腎臓の線維化を抑える薬(抗腎線維化薬)はまだ開発されていません。
私のT-CiRAでの最終的な目標は、iPS細胞から作製した腎間質系細胞を使って抗腎線維化薬をつくることです。作製した細胞は、まずは候補薬を選ぶ道具として用い、さらに細胞自体が有用であれば、細胞治療に使用することを視野に入れ、研究開発を進めています。
細胞の分化誘導の研究は、基礎科学の知的好奇心と応用科学の技術的探究心の交差点から生まれています。というのも、分化誘導は未分化の細胞(受精卵)から動物のかたちへと変化していく「発生」を試験管の中で真似ることだからです。
私はヒトの発生に関心を抱き、科学者の道を選びました。どうして細胞は、誰かに何かを指図されるわけでもなく、きれいに頭や足へと分化していくのか。たとえば私たち人間の手をつくっている皮膚や爪、筋肉や骨の細胞も、たった一つの受精卵から複雑な分化の経路を辿ったひとつのゴールであるわけです。私は、その巧みな生命の営みを実現している仕組みに関心がありました。
そしてこの仕組みを、試験管の中で再現していくことで、iPS細胞から特定の細胞や臓器をつくりだすことへと応用ができるのです。
私は分化誘導を研究するにつれ、医療応用におけるアカデミアの知的好奇心の重要さを感じています。アカデミアの仕事は、これから先数十年の研究開発を導くための、いわば「旗」を立てることです。たとえば山中伸弥教授がiPS細胞という旗を立てたからこそ、私たちは分化誘導の研究を、実際の医療を実現するための応用研究として進めることができます。
私の研究が、数十年先の医療を導く旗になることをイメージしながら、今日も知的好奇心を大切に、研究を進めています。
※1 神経堤細胞:胎児期に一過性に出現する細胞集団のこと。骨・軟骨細胞、神経細胞、グリア細胞、色素細胞、間葉系幹細胞などに分化することができる。
※2 腎間質系細胞:腎臓の血液のろ過システムを支えるネフロンおよび腎血管、尿細管の間隙に分布する間質細胞。腎間質系細胞の中には赤血球分化に必要なタンパクであるエリスロポエチン
(Erythropoietin: EPO)を分泌する細胞が含まれており、腎線維化の原因細胞と言われている。