FOCUSCiRAの新たな主任研究者を紹介

特集CiRAに新しく加わった、
6人の開拓者たち

 髙橋淳新所長が就任し、新しいスタートを切ったCiRAに6つの研究グループが誕生しました。今回の特集では、CiRAの新たな主任研究者たちが、それぞれに開拓する未来について話します。医療応用の最先端を切り拓く研究から、分子生物学の常識を書き換える試みまで、探究心に富んだ6人の開拓者たちをご紹介します。

iPS細胞で肺をつくり、病態解明と治療法確立を目指す

後藤 慎平 教授

 「 私の研究の目標は肺をつくること」と話す後藤慎平教授は、iPS細胞から効率良く肺の細胞をつくる研究をしてきました。肺は大きく分けて「気道」と「肺胞」があり、気道の細胞は異物や病原体から身体を守る働きをし、肺胞の細胞は呼吸によるガス交換を行うことで生命を維持する働きをします。iPS細胞からこれらの肺の細胞をつくり、病態を解明し、再生医療の実現に結びつけることが、後藤教授がCiRAで取り組むことです。
 「私は呼吸器内科医として、有効な治療法のない疾患に対する医療関係者や患者さんの要望『アンメット・メディカル・ニーズ』を数多く目の当たりにしてきました。こうしたニーズに対応するため、私たちはこれまで肺の細胞に特化して取り組んできましたが、CiRAでは、例えば、肺の細胞と免疫細胞や血管内皮細胞との相互作用などをiPS細胞を使って解明し、治療法確立に貢献していきたいと思います。そして将来的には、細胞移植などによる肺の再生医療に結びつけたいと思っています」(後藤)

後藤 慎平 ごとう しんぺい

京都府出身。呼吸器内科での研修医・医員を経て、京都大学大学院医学研究科修了(医学博士)。同大学院医学研究科特定准教授などを経て、2022年より現職。難治性呼吸器疾患の診断法や治療手段を開発すべく、肺の細胞を使った研究に取り組む。趣味は何かにチャレンジすること。

上皮細胞の接着形成機構の研究、創薬への一歩を踏み出したい

小田 裕香子 准教授

  小田裕香子准教授は上皮(体の外表面、体内の器官などの表面にある細胞の層)の「細胞間接着」について研究しています。細胞間接着の一つであるタイトジャンクションは、上皮において、細菌や毒素などの異物の侵入を防ぐバリアの役割を果たします。小田准教授はタイトジャンクションの形成を誘導する新規生理活性ペプチド(※1)を発見しており、現在はその成果をより発展させ、上皮の細胞間接着の誘導や制御の理解を深めています。これにより、炎症やがんなどで破綻した上皮細胞の機能を回復させることができると期待されます。
 「CiRAでは、共同研究しやすい環境が整っています。また、医師主導による治験が行われていたり、ベンチャーを起業するなど、死の谷(※2)を回避しようとする動きが盛んです。そうした研究者との議論や共同研究を進め、創薬へと結びつけたいと考えています。研究において重要なことは、自分が見つけた新しいアイデアや物質、技術が世界に出ていくこと。その一歩をCiRAで踏み出したいと思います」(小田)

小田 裕香子 おだ ゆかこ

兵庫県出身。京都大学大学院理学研究科修了(理学博士)。神戸大学大学院医学研究科助教、京都大学医生物学研究所助教などを経て、2022年より現職。細胞間接着を誘導するペプチドを発見し、その研究をもとに個体の恒常性維持などに取り組む。

分子生物学の新たな見方を探求する

高橋 和利 准教授

  私たちの身体を構成する膨大な数の細胞では、タンパク質の合成が日夜行われています。細胞内ではDNAの遺伝情報がRNAへと転写され、さらにRNAからタンパク質へと翻訳されています。この一連の流れは「セントラルドグマ」と呼ばれ、生命活動の根幹となる仕組みです。しかしそのセントラルドグマが、近年の技術革新によって見直され始めているのです。
 「私はRNAからタンパク質への翻訳に焦点をあてた研究をしています。これまで知られている翻訳ではなく、知られていない翻訳の仕組みを解明することで、セントラルドグマの解釈をアップデートしたいと思っています」(高橋)
 約20年前にヒトの全遺伝子情報「ヒトゲノム」が解読された時、その機能の98%は未解明でした。しかし技術革新によって研究が進み、それらがさまざまな機能を持っていることが分かってきました。高橋和利准教授が解明したいことは、翻訳の未解明な部分がどのような機能を持っているのかということです。
 「CiRAでは、翻訳をより深く理解することでiPS細胞の不思議な性質の解明も目指していきたいと考えています」(高橋)

高橋 和利 たかはし かずとし

広島県出身。奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科修了(バイオサイエンス博士)。CiRA講師、米国グラッドストーン研究所研究員などを経て、2022年より現職。未同定のタンパク質やRNAなどの分子に着目し、細胞の運命決定の謎を解き明かすことを目指す。趣味は路地探索・寄り道。

細胞内の小さな構造体「分子アセンブリ」の物理と機能を解明する

下林 俊典 准教授

 私たちの身体を構成する細胞の中には、「オルガネラ」と呼ばれる構造体があります。たとえばオルガネラの一種である「ミトコンドリア」は私たちの呼吸とエネルギー産生に関わる重要な働きをしています。オルガネラは細胞と分子の間くらいの大きさです。「これまでオルガネラのほとんどは、『膜』に包まれた構造をもっているとされてきました。しかし近年、膜に包まれていない構造体が多く発見されてきており、未解明の部分が多いです。私はそれを細胞内『分子アセンブリ』と呼び、その構造の成り立ちと機能を明らかにしてきています」(下林)
 分子アセンブリの発見は、近年の技術革新の結果であるといいます。分子アセンブリは、生成と消滅をくりかえすダイナミックな構造体であり、従来の技術でそれらを捉えることは困難でした。しかし現在は、超解像顕微鏡などの最先端のイメージング技術を駆使したり分子アセンブリを外部から光で制御・操作することで、物理や機能の解明ができるようになりました。
 「分子アセンブリに関する物理の知と最先端技術を結集し、より良い次世代のiPS細胞作製技術の開発につなげていきたいです。また、それらが関与する様々な生命現象を解明し、生命科学全体に広くひろがっていくような研究を展開したいと考えています」(下林)

下林 俊典 しもばやし しゅんすけ

和歌山県出身。京都大学大学院理学研究科修了(理学博士)。パリ高等師範学校博士研究員、プリンストン大学JSPS海外特別研究員などを経て、2022年より現職。細胞内の膜を持たない小器官(分子アセンブリ)の理解を深め、リプログラミングのメカニズム解明や医療応用のための新しい技術の開発に取り組む。趣味は純喫茶巡り。

タンパク質の解析で、細胞の機能を調べつくす

岩崎 未央 講師

 DNAからタンパク質が合成される過程においてどのような仕組みが働いているか、その全体像はよく分かっていません。岩崎未央講師は、タンパク質の量を正確かつ大規模に解析する技術を開発し、その仕組みの解明を進めています。
 特に、大規模解析で得られたタンパク質の量のデータを使い、iPS細胞で特殊な働きをしている遺伝子を見つける研究を進めています。「私たちの研究で、iPS細胞で特徴的なタンパク質の量を示す遺伝子のグループに、希少疾患の原因遺伝子が多く含まれているということが分かってきました」(岩崎)
 細胞の機能は、合成されるタンパク質の種類と量によって決定されます。しかし従来の研究では、タンパク質を直接解析することが困難であり、RNAからタンパク質の種類と量を推定していました。「近年、タンパク質を大規模に解析できるようになったことで、直接、希少疾患の原因へとアプローチすることが可能になりました。CiRAでは細胞内の特殊なタンパク質の量を制御する仕組みを解明し、ゆくゆくは細胞の運命を制御できるような技術につなげていきたいと考えています」(岩崎)

岩崎 未央 いわさき みお

愛媛県出身。京都大学大学院薬学研究科修了(薬学博士)。CiRA特定助教などを経て、2022年より現職。タンパク質を網羅的に精度良く解析する技術を開発し、iPS細胞や各分化細胞内のタンパク質の量や働きを明らかにする研究を進める。趣味はフットサル。

バイオインフォマティクスで、ヒトの発生をより深く理解したい

河口 理紗 講師

  近年、次世代シーケンサー(※3)をはじめとするさまざまな技術革新によって、生命現象が多様かつ膨大に測定できるようになりました。これらの情報を人間が理解するための科学として、従来の生物学(バイオロジー)に情報科学(インフォマティクス)の考え方が持ち込まれるようになり、「バイオインフォマティクス」という新たな学問が生まれました。河口理紗講師は、バイオインフォマティクスの最先端で、新たな解析手法の開発に取り組んでいます。
 「最先端の技術で得られた膨大な量の生命情報には、RNAとタンパク質の相互作用など、数え切れないほどの分子間の関係性が存在しています。それらの情報はもはや人間の目で見ても、正しく理解・評価ができません。そこで私たちはコンピュータを活用し、生命科学データの大規模な比較解析のための手法開発に取り組んでいます」(河口)
 バイオインフォマティクスの知見を用いて、CiRAでは、ヒトの発生に迫る研究をしたいと言います。「まったく同じ遺伝子配列を持つ細胞でも、発生段階における遺伝子の働き方に多様性があります。iPS細胞を利用することで、それを推定することが可能になります。大規模な遺伝子解析によって、細胞の運命決定のゆらぎを明らかにできると考えています」(河口)

河口 理紗 かわぐち りさ

東京都出身。東京大学大学院新領域創成科学研究科修了(科学博士)。コールドスプリングハーバー研究所博士研究員などを経て、2022年より現職。膨大な生命科学データに対して計算科学や統計、機械学習を用いて、iPS細胞を含む様々な細胞、異なる生物種間を比較することで、普遍的なシステムの解明を目指す。趣味は楽器演奏と読書。

※1 生理活性ペプチド:ペプチドはアミノ酸が複数つながったもの。ペプチドがさらに長くつながり、複雑な構造をとるようになったものがタンパク質である。体内においてはホルモン作用、神経伝達作用などの生理活性作用を持つ生理活性ペプチドが存在する。
※2 死の谷:大学等において、開発された技術やアイデアが、産業への橋渡しができない等の理由で実用化されないままの状態になること。
※3 次世代シーケンサー:シーケンサーとは、遺伝子における塩基配列を読み出すことのできる装置。次世代シーケンサーは従来のものと比較して桁違いに多く読み出すことができ、これにより、遺伝情報が低コストかつ短時間で解析可能になった。

© 2022 Center for iPS Cell Research and Application, Kyoto University.