COMMUNITYCiRAから羽ばたいた人たち

CiRAから生まれた、薬の未来を変える新技術

株式会社イクスフォレストセラピューティクス(以下、「xFOREST」)の代表取締役社長/最高経営責任者(CEO)である樫田俊一さんは、CiRAで後輩だった小松リチャード馨さん(現:xFOREST代表取締役/最高技術責任者(CTO))と共に、CiRA齊藤博英研究室で研究していた技術コンセプトを発展させ、創薬の可能性を大きく変える画期的な解析システムを開発しました。薬の未来と研究者が起業する意義について、お話を聞きました。

創薬研究の新大陸を切り拓く

 xFORESTはCiRAの研究をもとに起業したベンチャー企業です。2020年5月に創業し、CiRAや複数の大手製薬企業と共同で新しい薬を作り出す研究をしています。
 弊社の創薬戦略の特徴は、タンパク質ではなく、その設計図であるRNAをターゲットにしていることです。これまで病気の原因となる病原タンパク質をターゲットにした創薬研究は数多く行われてきました。病原タンパク質の鍵穴のような部分にはまる物質を見つけることができれば、薬になる可能性があるからです。しかしながら、条件に合う物質を見つけるのは困難で、病原タンパク質に鍵穴にあたる部分がそもそも存在しないことが多いことがわかってきました。
 RNAはタンパク質の設計図となったり、それ以外にもタンパク質の生産を調節する働きもします。鍵穴のない病原タンパク質であっても、そのRNAにある鍵穴のような部分(以下、「RNA構造」)にはまる物質の中から、薬を探すことができます。また、RNA構造は何十箇所もあるため、タンパク質を狙うよりも創薬の可能性は大きく広がります。
 これまでRNA構造を調べるには一つずつ解析するしかなく、時間も手間もかかっていました。xFORESTは、一度に数千個のRNA構造を網羅的に解析することができる技術で特許を取得しています。この技術コンセプトを用いればRNA構造と結合する物質を見つけることが容易になり、RNAをターゲットにした薬の開発スピードは格段に速くなります。また、構造のどこに作用しているかを細かく解析できるため、一部を改良して副作用の少ない、より効果のある薬を作り出すことも可能になります。創薬の方法論を変える技術なのです。

xFORESTの技術 概念図

CiRAでの出会いが創る未来

 この技術コンセプトの源流はCiRA時代の研究にあります。私は学部4回生のときから齊藤先生にご指導いただき、CiRAに移ってからはiPS細胞の増殖に重要なLin28というタンパク質を調べていました。この頃、私はタンパク質結合型の人工RNAスイッチ(※)を構築して博士号を取得した直後だったのですが、同様にLin28結合型の天然RNAスイッチがあることがわかってきました。このような仕組みを持つ天然のRNAを網羅的に調べたくなり、技術を探しましたが、使えるものがありませんでした。齊藤先生にはいつも「自分のアイデアがあるなら、どんどん好きな研究してええねんで」と言っていただいていたので、自分で技術開発を始めました。パリで博士研究員として研究をする予定でしたので時間が限られていましたが、なんとか形にしようと毎日夜中まで夢中で研究をしました。さらに、企業の研究員と兼任でCiRAの客員准教授をされていた田谷敏貴先生(現:Twist Bioscience社)との出会いがあり、網羅的なRNA解析システムに必要な要素技術を教えていただけたことで技術的な壁を突破できました。田谷先生にはxFORESTの社外取締役になってもらっています。多くの方のおかげで、私の考えていたアイデアを実現させ、特許を取得することもできました。
 xFORESTの代表取締役CTOである小松リチャード馨と出会ったのもCiRAです。小松が齊藤研に入ってきた当初からこの技術開発を引き継ぎ、完成させてくれました。私がパリで研究している間も技術の応用範囲を広げ、創薬プラットフォームとしての起業を主導してくれました。
 CiRAはオープンラボ形式なので、同世代の研究者との交流も盛んで、多くの刺激をもらいました。今もCiRAの岩崎未央講師が科学技術アドバイザーを務めるなど関係性が続いています。このようなCiRAでの出会いがなければ、xFORESTは生まれていなかったと思います。

研究者が起業する意義

 起業を決めた頃、私はパリで生物物理学を新たに研究し始めて4~5年経ち、複数の論文成果を発表していました。自ら会社を起こさなくても、大学や研究所で基礎研究を続けていく道もあったと思います。それなのに、なぜ起業をしたのか。それは、私たちの技術が社会の役に立つという確信があったということが一番の理由ですが、慣れた環境から飛び出して、自分たちの手で研究ができる場を作り出し、社会に基礎研究の成果を還元しながら、研究を続けることで、新しい研究者の在り方を示してみたいという想いがありました。CiRAにいたときには、山中伸弥先生に、「君はいつまでもCiRAにいてはいけない。自分でCiRAみたいな研究所を作るんだよ」と言われていました。今はまだまだ道半ばですが、xFORESTが経済的に自立しながら先端の研究も行えるようになっていけば、山中先生の言葉に応えられる日も来るのではないかと思っています。

※ RNAスイッチ: 細胞内の物質を検知して、保持する遺伝子の発現を制御するmRNA分子。検知する物質の存在下で遺伝子発現が抑制される「OFFスイッチ」と、活性化される「ONスイッチ」の2種類のスイッチが考えられる。

樫田 俊一 かしだ しゅんいち

xFOREST創設者/代表取締役社長/最高経営責任者。2012年に京都大学大学院生命科学研究科博士課程修了(生命科学博士)。2012年から2014年までCiRAで特定研究員を務め、2014年から2019年までパリ高等師範学校およびソルボンヌ大学で生物物理学を研究し、2019年に帰国。2020年から現職。

© 2022 Center for iPS Cell Research and Application, Kyoto University.