研究概要

細胞分化の制御機構を解明し、軟骨疾患の治療方法を開発する。

★はじめに
妻木研究室では、「細胞分化の制御機構を解明し、軟骨疾患の治療方法を開発する。」ことを目指して、研究に取り組んでいます。軟骨には成長軟骨と関節軟骨があります。それぞれの軟骨の異常により、骨系統疾患(子供の成長障害)や変形性関節症(大人の運動時の関節疼痛)が起こります。整形外科において傷んだ軟骨の治療は難しく、長年にわたりチャレンジングなテーマです。その理由として、患者さんの軟骨は貴重で、採って調べることができないため、研究が進みにくいことがありました。一方、私たちを含めて世界中の多くの研究者が、軟骨の形成・分化に重要な遺伝子の機能を調べる基礎研究を、遺伝子改変マウスなどの実験動物を作って行ってきました。この基礎研究の知見に、iPS細胞開発に伴う細胞リプログラミング技術を応用することで、軟骨疾患患者さんの皮膚細胞などから純粋な軟骨細胞を試験管の中で誘導することが可能になりつつあります。この誘導した軟骨細胞では、患者さんの軟骨疾患病態が再現することが期待できます(疾患モデリング)。そして、誘導した疾患軟骨細胞を用い、病態の解明と薬剤の探索を行います。患者さんの軟骨細胞を誘導する方法には、皮膚などの体細胞を一旦iPS細胞に誘導してから軟骨細胞に分化させる方法と、皮膚細胞を軟骨細胞へと直接誘導する方法があり、それぞれに有利な点があります(図1)。私たちはこれら一連の、軟骨の基礎研究、軟骨細胞を誘導する技術の確立、病態の解明、薬剤の探索を行い、軟骨疾患の治療法開発に貢献したいと思います。また再生医療において、軟骨欠損に対して誘導軟骨細胞を細胞移植する研究開発も行っていきます。

 図1 皮膚細胞から疾患臓器の細胞を作る、2つのアプローチ(図をクリックすると拡大します。)

(アプローチ1):細胞に充分なリプログラミング(フル・リプログラミング)を行い、iPS細胞をいったん作ります。その後、目的の臓器の細胞に再び分化させます。移植した時に奇形腫ができないように、全ての細胞を分化させておくことが必要です。

 (アプローチ2):皮膚細胞を直接、目的の臓器の細胞に変換させます。この過程はダイレクトリ・プログラミング(またはディレクテッド・リプログラミング)と呼ばれ、いくつかの臓器で報告されています。各臓器ごとに方法を開発する必要があります。私たちは、皮膚細胞に特定の組み合わせの転写因子を導入することにより、軟骨細胞を直接誘導することに成功しました。(図6-8)

 

★「軟骨細胞の分化制御機構を解明し、軟骨疾患の治療方法を開発する。」ことを目指して、具体的には、以下の1)~3)の研究テーマを行っています。

① 軟骨細胞の増殖/分化制御機構を調べる
私たちは、1995年に軟骨特異的なXI型コラーゲン遺伝子をクローニングし、軟骨細胞に特異的な発現をもたらす塩基配列の同定に成功しました。以後、この配列を起点に、軟骨細胞の増殖/分化機構を、増殖因子シグナルと転写因子制御の切り口で研究しています。手法としては主に遺伝子改変マウスを作り、以下のように生体での軟骨細胞分化機構を分子レベルで調べています。

図2 Smad6というBMPシグナル分子をXI型コラーゲン遺伝子プロモーターを使って軟骨に発現させると、軟骨細胞の分化を止めることが出来ました。(図をクリックすると拡大します。)

図3 軟骨特異的Creマウスを作ってSox9という転写因子を欠失させると、軟骨細胞の分化が止まり、アポトーシスに陥ることを発見しました。(図をクリックすると拡大します。)

図4 Sik3というキナーゼ分子を欠失させると軟骨細胞の分化が止まり、増殖し続けることがわかりました。

このように、軟骨細胞増殖/分化にかかわる分子を次々と見つけ、それらをターゲットに軟骨疾患治療法開発のヒントに資していきます。

②   関節軟骨疾患に対して、細胞移植による再生医療をめざす。
関節軟骨欠損部に移植する軟骨細胞を、どのように供給するかが現状の医療の課題です。私たちは、これまでの軟骨増殖/分化研究の知見と、iPS細胞開発で発見された細胞リプログラミング技術を組み合わせて、マウス皮膚細胞を直接、軟骨細胞にすることに成功しました。皮膚細胞から軟骨細胞へと変化した細胞を見つけるのに、XI型コラーゲン遺伝子のプロモーター配列活性が役立ちました。現在はマウスで成功した段階なので、今後、ヒト細胞でも安全に誘導できるように、研究を行って行きたいと考えています。

図5 最終的な目標は、関節疾患の患者さんの皮膚を採取し、それを培養して軟骨細胞へと変換します。変換した軟骨細胞から軟骨組織を作り、患者さんの軟骨欠損部に移植することで、治療することを目指します。(図をクリックすると拡大します。)

図6 皮膚線維芽細胞を軟骨細胞にする方法(図をクリックすると拡大します。)
発生過程を示します。発生過程において、軟骨細胞は、皮膚真皮の線維芽細胞、骨芽細胞、筋細胞、脂肪細胞とともに、中胚葉の未分化間葉系細胞に由来します。これまでの基礎研究により、間葉系細胞が軟骨細胞にコミットするときに、重要な働きをする遺伝子が明らかにされてきました。これら軟骨形成に重要な因子(軟骨因子)を皮膚線維芽細胞に導入すると、軟骨マーカー遺伝子の発現活性化が起きますが、線維芽細胞の性質が残存するため、軟骨細胞にはなりません。きちんとした軟骨細胞を作り出すためには、元の線維芽細胞の性質を消し去ることが必要です。そんな中、iPS細胞の開発により、線維芽細胞に4つのリプログラミング因子(c-Myc, Klf4, Sox2, Oct3/4)を導入すると、線維芽細胞の性質を消去し、胚発生初期の未分化段階にまで戻せることが可能になりました。そこで我々は皮膚線維芽細胞に、リプログラミング因子と軟骨因子を混ぜて導入すると、うまく軟骨細胞に誘導される細胞も出来るのではないかと仮説を立て、マウスを用いて実験を行いました。

図7 マウス皮膚培養細胞から軟骨細胞様細胞の誘導
いろいろな因子の組み合わせを検討した結果、c-MycとKlf4の2つのリプログラミング因子と,1つの軟骨因子SOX9を導入することで、多角形の形をした軟骨細胞様の細胞を誘導できることが判明しました。線維芽細胞は紡錘形です。(図をクリックすると拡大します。)

図8 皮膚細胞から作った細胞をマウスの皮下に移植してできた軟骨組織像
皮下脂肪の中に均一な軟骨組織を作りました。その組織像は硝子軟骨形成の指標となるサフラニンOに強く赤く染まりました。できた軟骨のコラーゲンについて染色して調べると(存在していると染色される)、硝子軟骨に特有のII型コラーゲンを含むが、皮膚に大量に含まれ、線維軟骨にも含まれるI型コラーゲンは存在していないことが分かりました。(図をクリックすると拡大します。)

 

③   骨系統疾患の病態を調べ、治療薬を探索する。
骨系統疾患は、450種類余りに分類され、それぞれが違うしくみで軟骨に異常を起こし、骨を変形させています。骨系統疾患患者さんの皮膚片を頂き、そこから直接的に軟骨細胞を誘導する、あるいは一旦iPS細胞を誘導した後に軟骨細胞へと分化させることで、患者の軟骨に相当する軟骨組織を培養皿上に作ります。それを使って、病気が起きる仕組みを調べ、治療薬を探索していきます。

図9 妻木研究室で作った、骨系統疾患患者さんの皮膚細胞から作ったiPS細胞。
今後、このiPS細胞を軟骨細胞へと分化させ、病気が起きる仕組みを調べていきます。(図をクリックすると拡大します。)