研究活動
Research Activities

研究活動
Research Activities

Home › 研究活動 › 研究成果 › FOP変異型受容体を介して、アクチビンAがBMPシグナルを活性化する〜FOPの異所性骨形成における新たなメカニズムを発見〜

研究成果 
Publications

2015年12月1日

FOP変異型受容体を介して、アクチビンAがBMPシグナルを活性化する〜FOPの異所性骨形成における新たなメカニズムを発見〜

 日野 恭介 共同研究員(京都大学CiRA/大日本住友製薬株式会社 先端創薬研究所)、池谷 真 准教授(京都大学CiRA)、戸口田 淳也 教授(京都大学CiRA/再生医科学研究所/医学研究科)らの研究グループは、FOP患者さんから作製したiPS細胞(FOP-iPS細胞)を分化させて作製したFOP患者さん由来細胞(FOP細胞)を用いて、本来別のシグナルを伝える分子であるアクチビンAが、FOP細胞ではBMPシグナルを異常に伝達し、骨軟骨形成を促進することを示しました。


 この研究成果は2015年11月30日 (米国東部時間)に「Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)」で公開されました。



ポイント
・進行性骨化性線維異形成症(Fibrodysplasia Ossificans Progressiva; FOP)患者さんから作製したiPS細胞を用いることにより、通常では他のシグナルを伝達するアクチビンA注1が、疾患細胞ではBMP注2シグナルを異常に伝達し、異所性骨形成を促進することを明らかにした。
・アクチビンA阻害剤がFOP治療薬となる可能性が示された。
・疾患iPS細胞から作製した間葉系間質細胞注3を、アクチビンA発現細胞と共に免疫不全マウスに移植し、患者さん由来細胞を用いた異所性骨形成モデルの作製に世界で初めて成功した。


1. 要旨
 FOPとは、筋肉や腱、靭帯など本来は骨が出来てはいけない組織の中に異所性骨とよばれる骨が徐々にできる疾患です。原因は、BMP受容体であるACVR1注4の一部が突然変異により変化して、BMPシグナルを過剰に伝えるためと考えられています。研究グループはFOP-iPS細胞を用いて、本来は別のシグナルを伝えるアクチビンAが、FOP細胞ではBMPシグナルを異常に伝達することを突き止めました。さらにFOP-iPS細胞から作製した間葉系間質細胞を、アクチビンA発現細胞と共に免疫不全マウスに移植することで、患者由来細胞を用いた異所性骨形成モデルの作製に世界で初めて成功しました。これらの結果はアクチビンAの阻害剤がFOP治療薬の候補となる可能性を示唆しており、異所性骨形成モデルを用いて治療候補薬の効果を生体で検証することが可能となりました。


2. 研究の背景
 FOPは筋肉や腱、靭帯などの軟部組織の中に異所性骨とよばれる骨組織ができてしまう病気で、200万人に1人程度の割合で患者さんがいると言われている希少難病の一つです。これまでの研究により、この病気は骨形成を司る増殖因子であるBMPの受容体の1つであるACVR1遺伝子に突然変異が生じて変異型ACVR1へと変化し、BMPシグナルを過剰に伝えることにより異所性に軟骨が形成され、それが骨になると考えられていますが、発症に至る詳しいメカニズムは分かっていませんでした。

 これまでに研究グループは、FOP-iPS細胞や、変異型ACVR1遺伝子を修復した対照iPS細胞(resFOP-iPS細胞注5)の作製に成功しています。また、iPS細胞から間葉系間質細胞注3(induced mesenchymal stromal cells; iMSC)を経て、軟骨へと分化させる方法も確立しており、FOP細胞では軟骨への分化能が促進することを確認していました(参照:CiRAプレスリリース2015/03/13)。

 今回は、これらの細胞を用いて、FOP細胞でどのようにBMPシグナル伝達が活性化され骨・軟骨形成が促進されるのか、という病態メカニズムに迫りました。これまで、変異型ACVR1にBMPが結合することによりシグナルが過剰に伝達されるという説と、BMPとの結合に関係なくシグナルが恒常的に伝達されるという説の、2つのメカニズムが提唱されていますが、いずれも観察されている現象を十分説明できるものではありませんでした。そこで研究グループは、BMP以外のリガンド注6が作用してBMPシグナルを伝達するという仮説をたて、検討を行いました。



3. 研究結果
1. アクチビンAはFOP細胞において、異常なBMPシグナル伝達を引き起こす
 まず変異遺伝子を修復した細胞では反応せず、FOP細胞でのみBMPシグナルを活性化するリガンドのスクリーニングを実施しました。FOP-iPS細胞およびresFOP-iPS細胞から、それぞれ間葉系間質細胞(FOP-iMSCおよびresFOP-iMSC)を作製し、BMPシグナルを検出するルシフェラーゼ・レポーター遺伝子を導入しました。それらの細胞と、TGF-βスーパーファミリー注7に属するBMPと類似の構造を持つ27種類のリガンドを反応させ、16時間後に、ルシフェラーゼ活性を測定しました。これまでの報告通り、BMP6やBMP7などいくつかのBMPを添加すると、resFOP-iMSCと比べてFOP-iMSCにおいてBMPシグナルがより活性化されましたが、その比は1.4倍程度でした。これに対して、アクチビンAを添加するとその比は4倍以上と大きく増大させることが分かりました(図1)。

 さらに、FOP-iMSCにおいて変異型ACVR1をノックダウンすると、BMPシグナルの活性化が見られず、また変異型ACVR1を別の骨系統細胞で過剰発現させると、アクチビンAに反応してBMPシグナル活性が高まりました。これらの結果により、アクチビンAは変異型ACVR1を介して異常なBMPシグナル伝達を引き起こすことが示されました。


BMPシグナルに応答するルシフェラーゼ活性の比 (FOP/resFOP)

20151127_ikeya_1.jpg
図1.BMPシグナルを促進するFOP細胞特異的リガンドのスクリーニング

BMPに類似の構造をもつTGF-βスーパーファミリーのうち、アクチビンAで処理すると、FOP細胞のみでBMPシグナルが活性化することが分かりました。(mean±S.E., N=3-4, *** P<0.01)



2. アクチビンAにより、FOP細胞の軟骨形成が促進された

 軟骨への分化におけるアクチビンAの影響を調べました。FOP-iMSCとresFOP--iMSCから2次元のマイクロマス培養法注8により軟骨を誘導し7日目に比較したところ、FOP細胞ではアクチビンA添加で、より大きな軟骨様組織が形成されました(図2)。また、この現象はアクチビンA阻害剤で抑えられ(図3)、アクチビンAの阻害がFOPにおける異所性骨化を抑える新たな治療ターゲットとなる可能性を示しました。

 次に、軟骨の成熟度を確認するために、FOP-iMSCとresFOP-iMSCを3次元で塊(ペレット)にして培養し、軟骨を誘導しました。アクチビンAを添加した条件での誘導21日後には、FOP細胞でより成熟した軟骨細胞が見られました(図4)。また、FOP-iMSC由来軟骨組織では後期の軟骨マーカー(COL10A1、VEGFA、MMP13)の発現が高いことも確認しており、アクチビンAは軟骨成熟を促進することが分かりました。

 さらに、これらの軟骨ペレットを免疫不全マウスの背に移植すると、4週間後、res-FOP細胞由来軟骨ペレットでは骨化がほぼ生じなかった(1/10匹)のに対して、FOP細胞由来軟骨ペレットでは高頻度に骨が形成されました(9/10匹)。これにより、これらの軟骨ペレットは生体内ではアクチビンA刺激なしでも骨化することが分かりました。


20151127_ikeya_2.jpg 図2.FOP細胞およびresFOP細胞から分化誘導した軟骨様組織

FOP-iMSCとresFOP-iMSCから分化誘導7日後の軟骨様組織の様子を示しています。軟骨様組織のうち軟骨基質がアルシアン・ブルー染色にて青く染まっています。アクチビンAの添加により、resFOP-iMSCと比較してFOP-iMSCはよりも大きな軟骨様組織を形成しました。(スケールバー:200 µm)

20151127_ikeya_3.jpg
図3.FOP細胞から軟骨様組織誘導におけるアクチビンA阻害剤の影響

アクチビンAによるFOP細胞の軟骨様組織形成は、アクチビンA阻害剤により抑制されました。(アルシアン・ブルー染色、スケールバー:200 µm)


20151127_ikeya_4.jpg
図4.3次元軟骨ペレット培養による軟骨様組織

FOP-iMSCとresFOP-iMSCからアクチビンAを添加した条件下での分化誘導21日後の軟骨様組織の様子を示しています(アルシアン・ブルー染色)。FOP細胞では、細胞質が大きく成熟した軟骨細胞が観察されました。(スケールバー:上段200 µm、下段50 µm)



3. FOP-iPS細胞から作製した間葉系間質細胞を用いて、異所性骨形成モデルが作製できた

 さらに、FOP-iMSCまたはresFOP-iMSCと、ドキシサイクリン誘導によりアクチビンAを発現する細胞を混合して、免疫不全マウスに移植しました。移植6週間後の観察で、ドキシサイクリンを用いてアクチビンAを誘導した場合にのみ、FOP細胞を移植した箇所に異所性骨の形成が認められました(図5)。

20151127_ikeya_5.jpg
図5. FOP-iPS細胞由来間葉系間質細胞を用いた異所性骨モデル

FOP細胞を移植しアクチビンAを誘導した場合のみ、異所性骨が形成されました。


4.まとめ

 本研究では、FOP-iPS細胞を用いて、本来TGF-βシグナルを伝える分子であるアクチビンAがFOP細胞ではBMPシグナルを伝え、骨軟骨形成を促進することを明らかにし、このメカニズムがFOPにおける異所性骨化形成に大きく寄与している可能性を示しました。またこの結果は、アクチビンA阻害剤がFOP治療薬の候補となる可能性を示唆します。

 さらにFOP-iPS細胞から作製した間葉系間質細胞を、アクチビンA発現細胞と共に免疫不全マウスに移植することで、FOP患者由来細胞を用いた異所性骨形成モデルの作製に世界で初めて成功しました。このモデルを用いることで、FOPに対する薬剤の効果を生体で検証することが可能となり、治療薬のスクリーニングに役立つことが期待されます。


5. 論文名、著者およびその所属

論文名
"Neofunction of ACVR1 in fibrodysplasia ossificans progressiva"
ジャーナル名
Proceedings of the National Academy of Sciences

著者
   Kyosuke Hino1,2, Makoto Ikeya1*, Kazuhiko Horigome1,2, Yoshihisa Matsumoto1,3,4, Hayao Ebise5, Megumi Nishio1, Kazuya Sekiguchi1,3,6, Mitsuaki Shibata1, Sanae Nagata1, Shuichi Matsuda6, and Junya Toguchida1,3,6*  (*責任著者)

著者の所属機関
1. 京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
2. 大日本住友製薬株式会社 研究本部 先端創薬研究所 疾患iPS創薬グループ
3. 京都大学 再生医科学研究所
4. 名古屋市立大学大学院 医学研究科
5. 大日本住友製薬株式会社 研究本部 ゲノム科学研究所 オミックスグループ 
6. 京都大学大学院 医学研究科


6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・日本学術振興会 科学研究費補助金
・文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト」
・JST 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」 
・AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」
・JST 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム「A-STEP」
・iPS細胞研究基金


7. 用語説明

注1) アクチビンA
TGF-β(Transforming Growth Factor β; トランスフォーミング増殖因子β)ファミリーに属するタンパク質で、細胞増殖や分化など多くの生理機能を調節する作用を持つ。

注2) BMP(Bone Morphogenetic Protein; 骨形成因子)
骨組織や軟骨の分化を誘導、促進するタンパク質。TGF-βスーパーファミリー注7に属する。

注3) 間葉系間質細胞(Mesenchymal Stromal Cells)
骨・軟骨・脂肪細胞などといった間葉系の細胞に分化する能力を持った間質(結合組織)の細胞。本報では、iPS細胞から作製したものをiMSC(induced Mesenchymal Stromal Cell)としている。

注4) ACVR1(Activin receptor type-1)
BMP受容体の一部を構成するタンパク質で、BMPと結合することにより骨形成のシグナルを伝達する。アクチビンAとは、結合はするがシグナルは伝えないことが知られていた。FOPではACVR1遺伝子の変異により、ACVR1タンパク質の206番目のアルギニンがヒスチジンに変化し、アクチビンAとの結合で本来伝えないはずのBMPシグナルを伝えていた。

注5) resFOP-iPS細胞
FOP患者さんから作製した疾患iPS細胞のゲノム中の原因変異を修復した細胞。このresFOP‐iPS細胞は、修復した変異以外は、もとの患者さん由来iPS細胞と、同じ遺伝情報を持っているため、FOP変異やそれに関連する病気のメカニズムを調べる上で、より厳密な対照細胞となる。

注6) リガンド
特定の受容体に特異的に結合する物質。

注7) TGF-βスーパーファミリー
TGF-β、BMP、アクチビンなど構造上類似した因子で構成される集合体の総称。スーパーファミリーには他に、免疫グロブリンスーパーファミリー、核ホルモン受容体スーパーファミリーなどが存在する。

注8) マイクロマス培養法
細胞を高濃度で調製し、培養皿上に滴状に播種することで作製される高密度の細胞塊をマイクロマスと呼び、その状態で培養する方法をマイクロマス培養法と呼ぶ。軟骨分化の際に用いられる。

go top