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Home › ニュース・イベント › CiRAシンポジウム質疑応答 2009年度

CiRAシンポジウム質疑応答
Q&A session

第1回 CiRA一般の方対象シンポジウム 第2部 Q&Aセッション

パネリスト 山中 伸弥センター長(山中と表記)
中畑 龍俊副センター長(中畑と表記)
戸口田 淳也副センター長(戸口田と表記)
司会者 関根 友実さん(関根と表記)

2009年10月17日(土)に開催された、一般の方を対象としたシンポジウム「iPS細胞研究のいま-その可能性と研究活動」において、 講演後、Q&Aセッションを行いました。

最初の約25分間は、参加者から事前に寄せられた質問を司会者に聞いていただき、パネリストが回答しています。
残りの約20分間は、参加者が直接講演者に質問しました。下記の文章は、これらの質疑応答を要約したものです。

関根

山中先生がiPS細胞研究を始めるきっかけとなった出来事は何ですか。

山中

約10年ほど前に奈良先端科学技術大学院大学で初めて自分の研究室を持つことができまして、研究室のテーマを決めようとしたのが、ちょうど、ヒトのES細胞(胚性幹細胞)の樹立が報告された翌年でした。(ヒトES細胞は)期待も大きかったが、倫理的、宗教的な面から問題点も多かった。アメリカではちょうどブッシュ大統領の就任が決まって、ES細胞には強く反対されていました。そういう状況で何とかES細胞の良いところだけを伸ばして問題点を解決できないだろうかという発想で研究を始めました。


昔の研究者の研究成果で、最も自分自身にインパクトがあったのはショウジョウバエを使った研究でした。ショウジョウバエの触角のところにたった一つの遺伝子を働かせると、本来触覚が生えるはずの部分に足が発生したという有名な結果があります。その遺伝子はアンテナペディア遺伝子と呼ばれているもので、アンテナは触覚、ペディアは足という意味です。その後、哺乳類でも一つの遺伝子によって皮膚細胞が骨格筋細胞に変わることも報告されていました。非常に大事な遺伝子を見つければ、1個あるいは数個の遺伝子が細胞の運命を変えることができます。このようなことが分かっていたので、ES細胞以外の細胞、皮膚細胞に何個か遺伝子をいれると、ES細胞のようになるのではないかと考えました。昔の方の研究からそういうことができるのではないかと考えたのがきっかけです。

関根

iPS 細胞は時計の針を逆戻りさせるという発想でしたが、日々、どのような視点で研究 をされているのですか。

山中

このような研究は50年くらい前から行われていました。最初の研究はイギリスのジョン・ガードン先生がカエルの腸の細胞の核をカエルの卵に移植すると、そこから新しいオタマジャクシが生まれるという実験をされて、1962年に成功しています。分化していたはずの細胞の核が最初の状態に戻って、オタマジャクシの発生につながった。もっと新しくは、1996年にイギリスのイアン・ウィルマット先生たちが乳腺の細胞を用いてクローン羊「ドリー」を作ることに成功し、1997年に報告されました。京都大学では、多田高先生が2000年にES細胞と体の細胞をくっつけると、体の細胞がES細胞のような万能細胞になるという実験を成功されていました。このように逆戻りするという事実は多くの研究からわかっていたことで、私たちはそれが少数の遺伝子によってできないかと考えました。ですから、これまでの何人もの人の研究の流れからiPS 細胞ができました。

関根

ALS、パーキンソン病、筋ジストロフィー、三好型ミオパチー、I型糖尿病、膠原病、腎不全、骨粗鬆症、リューマチ、胆道閉鎖症、魚鱗癬、性同一性障害、等々、さまざまの難病を抱える方々から多くの質問が寄せられています。それぞれの疾患に対して、現在、日本では、あるいは京都大学ではどのような疾患特異的iPS細胞研究が行われているのでしょうか。

中畑

京都大学ではiPS 細胞技術を必要とするすべての難病疾患の患者からiPS 細胞を作製することが京大医の倫理委員会で承認されており、いろいろな診療科の先生たちが取り組まれて、iPS 細胞作りが始まっています。(CiRA HP参照)ひとりの患者さんからiPS 細胞を作るにはかなり長い時間と膨大な労力が必要なので、希望されるすべての患者さんをすぐにお引き受けして、次々と作製することは困難です。

京都大学では、ALSについては、CiRAの井上治久先生が主体となって、iPS細胞を樹立しています。脂肪委縮症は内科の中尾一和先生の教室ですでに樹立されていますし、多嚢胞腎はCiRAの長船健二先生が樹立されています。我々のところでは、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、CINCA症候群、血液中の好中球と神経に異常をきたすコストマン症候群のiPS 細胞も樹立されて、その解析が行われています。


iPS細胞技術によって、難病や遺伝性疾患だけでなく、例えば、癌の本体に迫ることはできないかという研究も行われており、その研究過程から治療法を見出そうとする研究者もいます。我々のところでも、白血病の細胞に3因子あるいは4 因子を働かせて戻した時に、白血病の細胞がどこまで戻れるのか、また、戻った細胞は白血病の性質を失うのか、そのまま保持するのか、などを研究することによって、なぜ白血病が発症するのか、なぜがんが発生するのかという本体に迫るような研究ができるのではないかと、多くの先生が取り組み始めています。

他の大学でもさまざまな疾患特異的iPS細胞樹立の取り組みが始まっています。例えば、慶応大学では神経疾患を中心にiPS 細胞の樹立が始まっています。東京大学では特に血小板をうまく作れない病気、理化学研究所では網膜色素変性症のiPS細胞研究が始まっています。そのほか、我々の知らないところでも、病院や大学で疾患特異的iPS細胞の研究が始まっていると思いますが、全部を把握しているわけではありません。

関根

難病に苦しむ方やご家族の方は、iPS細胞技術の医療応用の実現を待ち望んでいら っしゃると思います。いつ頃実現するとお考えでしょうか?

中畑

先ほど具体的にあげられたALSという病気は、運動ニューロンが変性し、その結果、筋肉がだんだん委縮し、呼吸が困難になるという病気です。人によって、多少、差はあるものの、いったん発症すると、急速に進行する病気です。進行をなんとかくい止める方法はないか、運動ニューロンが死滅するのをくいとめるような新薬が開発できないかと、世界中で多くの研究者が取り組んでいます。

関根

どの疾患について、iPS細胞技術の実用化がされるのでしょうか。

中畑

実用化といっても、再生医療と新薬開発とではかなり差がありますが、新しい薬を開発しようという研究はすでに始まっています。おそらく、有効な新薬がiPS細胞技術を使って次々と開発されるのではないかと思います。再生医療に関しては文科省のiPS細胞研究ロードマップがあります。その中では、網膜色素変性症などが最初に実現するiPS 細胞技術応用医療になるのではないかとあげられていますが、本当にそうなるかどうかはわかりません。

関根

iPS細胞から分化誘導された人体の組織にはどのようなものがあるのですか。

また、将来、自分の細胞を使って臓器そのものを作り出すことができるようになるのでしょうか。

戸口田

体の最小単位は細胞で、細胞が集まって組織になり、組織が集まって個々の臓器になります。iPS細胞研究で、現在、行っているのは細胞を作るということす。しかし、組織を作る段階までは至っていません。細胞を試験管の中で作ることは、例えば、神経の細胞、血液の細胞、心筋の細胞などを作ることには成功しています。細胞を培養する際にタンパク質を加えたり、3 次元といって、かたまりで増やすなどさまざまな工夫によって様々な細胞を作ることはできますが、試験管の中で組織を作ることはまだできていません。


一つの臓器、たとえば、肝臓についていうと、肝臓の細胞、血管の細胞、胆管の細胞など、複数の細胞が肝臓を形成するために必要なわけで、それらを人間の力で組み合わせて、もともとあったような肝臓という臓器を作り出すことは、現時点では不可能です。細胞だけではなく、他の分野の進歩、例えば、工学、医学などの進歩とともに、将来は可能になるかも知れませんが、今のところ、まず目指しているのは効率よく特定機能を持つ細胞を作製することです。

ありがとうございます。長嶋先生、お願いします。

関根

初めてiPS細胞作製の成功を発表されたとき、チーム日本となって、日本全体がこの誇らしい研究をサポートして行っていかなければならない、と言われたことが記憶に残っています。それから3年経った今の研究をめぐる状況をどのようにご覧になられていますか?

山中

研究の広がりは予想をはるかに超えて進んでいます。国内でもそうですが、特にアメリカでの進み方は目を瞠るものがあります。それは良いことですが、同時に日本でも負けないように研究を進めなければなりません。こういう技術をどこか一つの国が独占する、完成する、ということはありえません。日本も今後しっかり貢献する必要がありま す。日本で始まった技術ですが、完成の部分はほとんど外国が行ってしまったということになりますと、知的財産、特許の面から考えても、日本に不利になる可能性もあります。私は毎月渡米していますが、そのたびにアメリカでの進み方を肌で感じていて、関連企業の急速な拡大発展ぶりを目の当たりにしています。日本もしっかりやらなければならないと思います。

参加者A

iPS細胞とがん化との関係についてどのようにお考えでしょうか。

山中

iPS細胞を作る過程とがんを作る過程と共通点が多いことは研究を開始したときから理解していました。しかし、全く同じというわけではありません。異なる点もたくさんあるので、そこをうまく分けて、いかにがんにならないiPS細胞を作るかということを研究しています。樹立方法や分化誘導方法を工夫することによって安全性を高めていくことができると考えています。4因子のうちのc-Mycという遺伝子ががんを作らせる危険がありますが、今はc-MycなしでもiPS細胞を作ることができます。2因子でも1因子でもiPS細胞を作製できますが、効率が下がるので、バランスで考える必要があります。その方面の技術改良は世界中で切磋琢磨されておりますので、技術面はおそらく1、2年のうちに解決できるのではないかと楽観的に考えています。

参加者B

山中先生は日本中で、世界中でひとりで頑張っておられると思いますが、 これからの医学生の養成についてはどのようにお考えでしょうか。

山中

まずは、私がひとりで研究をやっているということはございません。確かに、iPS 細胞が初めて作製された頃は少人数でしたが、今は、CiRA だけでも、ここにいる二人の先生を含めて、研究者の数も増えて12 人になり、研究支援部隊も充実していますので、私ひとりで頑張っているわけではありません。医学教育については普段考えていませんでした。かつてはそれぞれの科にあこがれて選択したものですが、現在は卒業後の収入や仕事が楽かどうかなどを考慮して選ぶ人もおられるのかもしれません。若い人に助言するとすれば、自分が何をしたいかを考えて選ばなければ後で後悔するのではないか、ということでしょう。

中畑

医者になって臨床に携わる人も一度は研究に触れてほしいと思います。というのは、研究は突き詰めて物事の真に迫ろうという態度で臨むので、そういう視点が養われるのは、患者さんの病気の本体は何かを見定めていくうえでも役に立つと思います。ですから、ぜひ一度は研究の場に触れてほしいと思います。

参加者C

弟は脊髄損傷を患っています。お話を伺かがっていると、iPS細胞が実際に治療に使われるようになるには時間がかかるということがわかりました。すると弟の病状は安定します。弟のほかにも、病気の方は、病気が進んだり、安定したりすると思いますが、このような場合でもiPS細胞技術は有効なのでしょうか。

中畑

現在、慶應義塾大学では岡野栄之先生がサルを使ったりして精力的に脊髄損傷治療の研究を行っていらっしゃいます。ES細胞あるいはiPS細胞から誘導した神経の元になる細胞を作製し、脊髄損傷した部分に移植し、離れている神経を結んで機能を回復させるという研究です。その場合、移植をする時機が非常に重要です。通常、受傷して1~2週間以内で移植をすればうまくつながりますが、その時期を逃すと、その部分が瘢痕化といって神経以外の余分な組織がそこを占めますので、なかなか神経がうまくつながらなくなります。受傷後かなりの時間が経過した場合の治療でiPS細胞が応用できないかということは今後の課題で、いろいろなアイディアが出てくるのではないかと思います。例えば、瘢痕化した組織を除去し、そこに入れることが考えられるのではないかと思います。現時点では、確かに、いわゆるゴールデンタイムという移植をしてうまくいく時間は限られており、その時機を逃すと移植が困難になりますが、今後の研究によってそれが広がるのではないかと考えています。

関根

最適な時機に移植するためにiPS 細胞を作製するには時間がかかりすぎるという問題 があると思います。その点についてはどうですか。

山中

iPS細胞作製には時間がかかるので、患者さんからiPS 細胞を作っていては脊髄損傷の治療にはとても間に合いません。しかも医療費も非常に高額になります。費用と時間の面を考えて、一つの方法として、血液バンクのようなiPS細胞バンクを設け、あらかじめ健康な人の細胞から作られたiPS細胞を作っておく。さらには神経細胞などの移植用に細胞も作製しておく、ということを考えています。血液型に相当するHLA型という細胞の型がありますが、HLA型各種のiPS細胞バンクを作ることが、時間の面からも、医療費の面からも必要かもしれません。CiRAとしては、患者さんご本人の細胞から作製したiPS細胞を使う自家移植だけでなく、ご本人以外の人のiPS 細胞を使う他家移植の両方の研究、実用化を進めていきたいと考えています。

参加者D

戸口田先生がお話された骨が壊死した患者さんの手術に成功したというのは、 iPS細胞を用いた治療だったのでしょうか。

戸口田

今日お話しした骨の壊死した患者さんの治療というのは、骨髄からとった細胞を使って行ったもので、iPS 細胞を使って分化させた細胞を使って治療したものではありません。iPS 細胞を使った将来の治療にはこういうものがあるということを説明する意図でご紹介したものです。

参加者E

今、新型インフルエンザが流行しており、日本でもすでに少なくない命が失われています。現在のインフルエンザはまだタミフルが有効のようですが、これから先、異なるタイプのインフルエンザが現れた場合、iPS 細胞の研究がワクチン開発や治療に役立つ可能性はあるのでしょうか。

山中

ちょっと難しいご質問です。考えられることは、iPS細胞からインフルエンザに感染するような人間の細胞を作り出して、そのモデルで感染を再現することは考えられると思います。人によって感受性が異なる場合、なぜ異なるのかをiPS細胞を使って解明することも考えられるのではないかと思います。ワクチン製造については、製造過程がある程度確立しているので、その方法にiPS細胞が置き換わることは当面はないのではないかと思います。

iPS細胞は「万能細胞」と言われていますが、どんな細胞でも作り出せるという意味で「万能」なのであって、残念ながら、すべての病気を治せるという意味の「万能」ではありません。戸口田先生が講演で言われたように、細胞移植で治せる病気と治せない病気があり、まず、その細胞移植で治せる病気を何とかしたい。それから、iPS細胞を使って初めて治療薬が開発できるというようなことは一日も早くやりたい、というのが現状です。

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