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2018年8月27日

ヒト多能性幹細胞から高効率に交感神経細胞を分化誘導する方法を開発

ポイント

  1. ゲノム編集技術注1により樹立した遺伝子発現レポーター注2を用いて、ヒト多能性幹細胞注3から体幹部神経堤細胞注4を経て交感神経注5細胞へと分化誘導する方法を開発した。
  2. 今回開発した方法により、細胞を単離せずとも、これまでの方法よりも高効率(約80%)に交感神経細胞を作り出すことが可能となった。
1. 要旨

自律神経は、生命活動に欠かすことのできない内臓機能の調節を行っています。この自律神経に異常があると、患者さんの生命に関わるだけでなく、QOL(quality of life; 生活の質)を著しく低下させます。

 桐野浩輔 元研究員(元 京都大学CiRA臨床応用研究部門、現 九州大学大学院医学研究院小児外科分野助教)および齋藤潤 准教授(京都大学CiRA同部門)らの研究グループは、ヒト多能性幹細胞から自律神経の一部である、交感神経細胞を高効率に誘導する方法を開発しました。本研究成果は、交感神経細胞を用いた疾患モデルの作製や、自律神経に関わる新規治療薬の開発に寄与することが期待されます。

 この研究成果は2018年8月27日 (英国時間) に英科学誌「Scientific Reports」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

 交感神経は副交感神経とともに、自律神経系を構成する末梢神経注6で、内臓諸器官に分布し、意思とは関係なく内臓の働きをコントロールしています。交感神経を含めた自律神経に異常があると、様々な内臓機能の変調をきたして、患者さんのQOLが著しく低下します。他の種類の神経細胞と同様に、ヒト多能性幹細胞から作製した交感神経細胞を使った疾患モデルの作製が期待されています。

 交感神経細胞は体幹部神経堤細胞に由来する末梢神経細胞です。これまでに報告された、ヒト多能性幹細胞から神経堤細胞を分化する方法の多くは、頭頸部の神経堤細胞を作り出していますが、頭頚部神経堤細胞からは効率よく交感神経細胞を分化誘導することができませんでした。一方、体幹部神経堤細胞は、体軸幹細胞と呼ばれる体の尾側で神経や筋肉のもとになる幹細胞に由来します。ヒト多能性幹細胞由来の体軸幹細胞を使って、運動神経細胞や骨格筋細胞を分化誘導する方法については多くの報告がありますが、体軸幹細胞から体幹部神経堤細胞および交感神経細胞を分化誘導する方法については、ほとんど報告がありません。また、既存の交感神経への分化誘導方法では、ヒト多能性幹細胞からの誘導効率が15%程度と、あまり高くありませんでした。

3. 研究結果

1) PHOX2B遺伝子発現レポーターを用いて、交感神経のもととなる神経堤細胞を誘導した
 自律神経系の細胞に特異的に発現している遺伝子として、PHOX2B遺伝子があります。PHOX2B遺伝子は前駆細胞から成熟神経細胞に至るまで持続して発現しており、その発現を継時的にモニターすることで、様々な成熟段階の交感神経細胞が同定できると考えられます。そこで、ゲノム編集技術を用いてPHOX2B遺伝子の発現レポーター(PHOX2B::eGFP)を持ったヒトES細胞とヒトiPS細胞を作りました。これらの多能性幹細胞から分化誘導させた体軸幹細胞を、低分子化合物やサイトカイン注7を組み合わせたさまざまな条件で培養したところ、体幹部神経堤細胞を誘導することができました。さらに、体幹部神経堤細胞の中でも、PHOX2B遺伝子と神経堤細胞の表面抗原(マーカー)であるCD49dを同時に発現する、交感神経のもととなる神経堤細胞を効率よく誘導する方法を見出しました。

2) PHOX2B遺伝子を発現する神経堤細胞から、高効率に交感神経細胞を誘導した
 次に1)で誘導した、交感神経のもととなる神経堤細胞を単離・培養しました。神経堤細胞が交感神経細胞へと分化すれば、引き続きPHOX2B遺伝子の発現が持続するはずです。しかし、通常の培養皿上での培養では、多くの細胞がPHOX2B発現を失い、神経細胞以外の細胞に分化してしまいました。

 そこで、マウス胎児の交感神経前駆細胞を培養する際に用いられてきた、ニューロスフィア培養法注8を試みました。ニューロスフィア培養法にサイトカインBMP4を添加することにより、ほとんどすべての細胞がPHOX2B発現を維持するようになりました。さらに神経成熟を促すことで、高効率に交感神経細胞を誘導することができました。

図1. ニューロスフィア培養法による交感神経細胞への分化誘導
神経堤細胞を単離後29日目には、高効率に交感神経細胞に分化した様子が観察された。
eGFP: PHOX2B遺伝子発現レポーター、PHOX2B: PHOX2Bタンパク、TH: チロシン、水酸化酵素、DAPI: 核
図中スケールバー: 50µm

3) 細胞を単離せずとも、高効率に交感神経細胞に分化誘導できた
 今度は1)で誘導した、交感神経のもととなる神経堤細胞を単離せずにニューロスフィア培養法を試みました。すると、BMP4を添加したニューロスフィア培養の中で、PHOX2B遺伝子を発現する、交感神経細胞になる途中の細胞が選択的に増加することが分かりました。

 さらに、PHOX2B遺伝子の発現レポーターを組み込んでいない、4つのヒト多能性幹細胞株を用いてこの分化誘導を行ったところ、いずれも約80%の細胞が交感神経細胞へと分化しました。この結果より、本研究で開発した効率分化誘導法では、発現レポーターを用いてPHOX2B遺伝子発現神経堤細胞を単離せずとも、ヒト多能性幹細胞から高効率で交感神経細胞へ分化できることが分かりました。

図2. ヒト多能性幹細胞から交感神経細胞への分化誘導
今回開発した方法により、細胞を単離せずとも高効率に交感神経細胞へと分化誘導された。
KhES1、409B2、KhES3、604A1: ヒト多能性幹細胞株
PHOX2B: PHOX2Bタンパク、SOX10: SOX10タンパク、TH: チロシン水酸化酵素、 DAPI: 核
図中スケールバー:50µm

4. まとめ

 本研究では、ヒト多能性幹細胞から高効率に交感神経細胞へと分化誘導する方法を開発しました。今回の成果は、交感神経細胞を用いた疾患モデルの作製や、自律神経に関わる新規治療薬の開発に貢献するものと期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Efficient derivation of sympathetic neurons from human pluripotent stem cells with a defined condition
  2. ジャーナル名
    Scientific Reports
  3. 著者
    Kosuke Kirino1,2*, Tatsutoshi Nakahata1, Tomoaki Taguchi2, Megumu K. Saito1**
    * 筆頭著者、** 責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 九州大学大学院医学研究院小児外科分野
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム iPS細胞中核拠点
  2. AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 
    疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム 拠点II
  3. 日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究 (B)
  4. 持田記念医学薬学振興財団
  5. 武田科学振興財団
  6. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1) ゲノム編集技術
細胞内の遺伝子を切り貼りして編集する技術。CRISPR-Cas9システムなど、いくつかの方法がある。

注2) 遺伝子発現レポーター
遺伝子が発現するタイミングや量を観察できるようにしたもの。本研究では、ゲノム編集技術によりPHOX2B遺伝子に蛍光タンパクを作る遺伝子をつなぐことで、PHOX2B遺伝子が発現するときに蛍光タンパクも作られ、その蛍光によりPHOX2B遺伝子の発現を観察できる。

注3) 多能性幹細胞
ほぼ無限に増やすことができ、体のあらゆる細胞に変化することのできる性質をもつ細胞。多能性幹細胞には、ES細胞やiPS細胞がある。

注4) 神経堤細胞
胚発生の途中で生じる遊走能をもった幹細胞で、筋骨格系細胞やメラニン細胞、末梢神経系細胞やシュワン細胞などへ分化することができる。

注5) 交感神経
副交感神経とともに、自律神経系を構成する末梢神経。内臓諸器官に分布し、意思とは関係なく内臓の働きを調節する。例えば血管収縮や胃腸の働きの抑制、心臓の働きの促進などに働き、副交感神経はこれら交感神経の働きに拮抗して働く。交感神経と副交感神経の働きのバランスが重要で、異常があると様々な内臓機能の変調をきたす。

注6) 末梢神経
中枢神経(脳と脊髄)から分かれて全身の器官に存在する神経の総称。中枢神経からの情報を末端器官に伝え、末端器官からの情報を中枢神経に伝える。

注7) サイトカイン
さまざまな細胞から分泌され、特定の細胞の働きに作用するタンパク質。

注8) ニューロスフィア培養法
神経幹細胞などを球状の細胞塊として浮遊培養する方法。

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