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〜デュシェンヌ型筋ジストロフィーの呼吸筋治療に向けた横隔膜移植方法の確立〜

研究成果 
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2022年4月13日

マウスの横隔膜にヒトiPS細胞から作った骨格筋幹細胞を移植する
〜デュシェンヌ型筋ジストロフィーの呼吸筋治療に向けた横隔膜移植方法の確立〜

ポイント

  1. ヒトiPS細胞から分化させた骨格筋幹細胞注1)をデュシェンヌ型筋ジストロフィーモデルマウスの横隔膜に移植することに成功した。
  2. ヒアルロン酸とゼラチンを混合したポリマーを骨格筋幹細胞の移植基剤とすることで、移植効率の向上がみられた。
1. 要旨

 三浦泰智 元特別研究学生・元非常勤研究員(京都大学CiRA臨床応用研究部門)、田畑泰彦教授(京都大学医生物学研究所)、櫻井英俊准教授(京都大学CiRA同部門)らの研究グループは、ヒトiPS細胞から誘導した骨格筋幹細胞をマウスの横隔膜に移植することに成功しました。移植効率向上を目指して移植基剤の検討をした結果、デュシェンヌ型筋ジストロフィーモデルマウスの前脛骨筋にヒアルロン酸とゼラチンの混合ポリマーを基剤として細胞を投与すると移植効率の上昇がみられることがわかりました。また、横隔膜への移植においても、この混合ポリマーを使用することで、移植不成功率を下げることがわかりました。本研究は、将来の細胞移植治療の実現に貢献できると期待されます。

 この研究成果は2022年4月4日に米国科学誌「PLOS ONE」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

 デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、筋肉にあるジストロフィンというタンパク質が欠損することによって発症する進行性の重篤な筋疾患で、根本的な治療法は開発されていません。また、DMDでは、病状の進行に伴い呼吸機能の低下し、呼吸器不全に至り、致死的な病態となります。

 呼吸機能は主に横隔膜の動きに依存します。ジストロフィン陽性筋線維を再生する方法として細胞移植治療が期待されていますが、これまで疾患モデルマウスの横隔膜への細胞移植に成功した報告はありませんでした。

 本研究グループは、これまでに、ヒトiPS細胞から高い再生能を持つ骨格筋幹細胞の誘導に成功しています(CiRAプレスリリース2020年7月3日「筋ジストロフィーマウスにおけるヒトiPS細胞由来骨格筋幹細胞の移植効果を確認」)。そこで、DMDの呼吸機能改善を目標に、この骨格筋幹細胞を横隔膜へ移植することを目指しました。

3. 研究結果

1)サテライト細胞を横隔膜に投与し生着を確認
 まず本研究グループは、移植方法の確立のため、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現させたGFPマウスの筋肉から生体内の骨格筋幹細胞であるサテライト細胞注2)を分取し、免疫不全DMDモデルマウスの横隔膜へ移植しました。移植4週後に蛍光実体顕微鏡で観察した結果、横隔膜にGFPを発現した筋線維を確認できました(図1)。また、この筋線維はジストロフィンを発現していることから、マウスへのサテライト細胞が生着し生体内で骨格筋へ分化していることがわかりました(図2)。これにより、直接横隔膜へ細胞移植が可能であることが示されました。

図1 EGFPマウスから分取したサテライト細胞を横隔膜へ移植した4週後の横隔膜

横隔膜左側5箇所にサテライト細胞を移植し、右側5箇所には細胞培地のみを移植。スケールバーは2mm。矢頭は細胞を移植した場所を示しています。

図2 移植後4週の横隔膜で作成した凍結切片を免疫組織学的染色した画像
GFPを発現している筋線維に一致してジストロフィンの発現を認めます。スケールバーは50μm。

2)ヒト不死化細胞細胞株では移植細胞の生着が少ない
 (1)の結果を踏まえ、培養細胞であるヒト不死化細胞注3)(Hu5/KD3)も、サテライト同様に横隔膜に生着するかを検討するため、緑色蛍光タンパク質(GFP)を遺伝子導入したHu5/KD3を横隔膜へ移植しました。Hu5/KD3が横隔膜へ生着し、筋線維へ分化していることを認めましたが、その程度はサテライト細胞に比べ劣る結果でした(図3)。このため、移植効率を改善させるためには移植方法の改善が必要と考えられました。

図3 マウス由来のサテライト細胞とHu5/KD3をそれぞれ
移植した際のジストロフィン発現した筋線維の比較

****は2群間で統計学的有意差があることを示しています。

図3 マウス由来のサテライト細胞とHu5/KD3を
それぞれ移植した際のジストロフィン発現した筋線維の比較

****は2群間で統計学的有意差があることを示しています。

3)混合ポリマーを移植基剤として用いることで移植効率向上を認めた
 マウスの呼吸数は150−200回/分程度と速く、横隔膜の早い動きが原因で細胞の生着を妨げていると仮説を立て、細胞の歩留まりを改善させるために移植基剤の検討を行いました。

 臨床応用されているゼラチンとヒアルロン酸、アルギン酸に着目し、この3種類のポリマーを混合してマウスの前脛骨筋へ移植し、移植効率を比較しました。培地のみ(ポリマーなし)、ゼラチンのみ、アルギン酸のみ、ヒアルロン酸のみ、ゼラチンとアルギン酸の混合、ゼラチンとヒアルロン酸の混合の条件でHu5/KD3を移植し、移植細胞由来の筋線維をジストロフィンと細胞骨格タンパクであるスペクトリンで標識し、移植効率を解析しました(図4)。種々の条件の中で、ヒアルロン酸:ゼラチン=2:8(H2G8)、アルギン酸:ゼラチン=2:8(A2G8)の混合比率が有意に移植効率を高めることがわかりました。

図4 移植後2週の前脛骨筋で作成した凍結切片を免疫組織学的染色した画像
移植細胞由来のジストロフィンとスペクトリンを発現している筋線維を認めます。
スケールバーは50μm。

4)DMDモデルマウスの横隔膜へ骨格筋幹細胞を移植し、生着を確認した
 (3)の結果を踏まえ、iPS細胞から分化誘導した骨格筋幹細胞をH2G8とA2G8、混合ポリマーなしの3種類の条件で横隔膜へ移植し比較しました。iPS細胞由来骨格筋幹細胞は移植効率がかなり低く、ポリマーなしや、A2G8の条件では骨格筋幹細胞の生着しない例も多いですが、H2G8では他と比べ移植失敗例が少なく6本以上の筋再生を認めた割合が高い結果でした(図5)。

図5 iPS細胞由来骨格筋幹細胞を横隔膜へ移植後4週でのスペクトリン陽性筋線維数の比較

5)混合ポリマー(H2G8)はiPS細胞由来骨格筋幹細胞の生存率を高める
 骨格筋幹細胞を横隔膜へ移植する際には、33G(内径が訳70μm)の細い針を使用します。細胞が注射器(シリンジ)や針を通過する時点で、物理的ストレスがかかり、生存率を下げることが知られています。そこで、H2G8が細胞の増殖率低下を妨げるか検討しました。針を通過させる処置を加えることで細胞の増殖率が低下しましたが、H2G8を混合させた細胞はポリマーが含まない細胞より有意に細胞が増殖し、シリンジと針を通過させないグループと同等でした(図6)。この結果から、ポリマーには物理的ストレスを低減させる働きがあることが示唆されました。

図6 iPS細胞由来骨格筋幹細胞を培養後3日目の細胞数

移植で使用する針とシリンジで細胞を通す処置を加え場合、有意に細胞数が低下し、H2G8を混合するとその低下は認めません。*は統計学的有意差があることを示します。

図6 iPS細胞由来骨格筋幹細胞を培養後3日目の細胞数

移植で使用する針とシリンジで細胞を通す処置を加え場合、有意に細胞数が低下し、H2G8を混合するとその低下は認めません。*は統計学的有意差があることを示します。

4. 本研究の意義と今後の展望

 本研究では、マウス横隔膜へのポリマー混合基剤を用いた細胞移植方法を確立しました。移植基剤を用いることで、移植時に細胞へかかるストレスが緩和されることが示唆され、移植効率が改善することを示しました。横隔膜への骨格筋幹細胞移植は依然として高いハードルがありますが、今後はこの手法を改良し、より多くの細胞を生着させることを目指します。更に、他の骨格筋への細胞移植もこの手法により改善することが期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Transplantation of human iPSC-derived muscle stem cells in the diaphragm of Duchenne muscular dystrophy model mice
  2. ジャーナル名
    PLOS ONE
  3. 著者
    Yasutomo Miura1,2*, Masae Sato1, Toshie Kuwahara3, Tomoki Ebata2, Yasuhiko Tabata3,
    Hidetoshi Sakurai1*
    *責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所 臨床応用研究部門
    2. 名古屋大学大学院 腫瘍外科学
    3. 京都大学 ウイルス・再生医科学研究所 再生組織構築研究部門 生体材料学分野
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
  2. 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」
7. 用語説明

注1) 骨格筋幹細胞
骨格筋系の細胞へと分化することができる幹細胞。

注2) サテライト細胞
骨格筋系幹細胞のうち、生体内で筋線維の外側に張り付いている成人型の細胞。

注3) 不死化細胞
通常、細胞の分裂回数には限りがあるが、細胞増殖に関る遺伝子を強制発現させることで、ほぼ無限の自己増殖能を獲得させた細胞のこと。

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