研究活動
Research Activities
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研究成果
Publications
2026年2月24日
iPS細胞由来血小板を用いたMRSA殺菌メカニズムの解明
―遺伝子編集が可能な感染症研究プラットフォームとしての可能性―
ポイント
- iPS細胞由来血小板(iPS血小板)注1)には多剤耐性細菌MRSA注2)を殺菌する能力があった。
- TLR2/MyD88シグナリング経路注3)がMRSA殺菌に寄与していることを遺伝子編集注4)したiPS血小板を用いて証明した。
- IgG/FcγRIIA結合注5)も殺菌作用に寄与していた一方、MRSAのα毒素注6)は殺菌作用に拮抗していることが示唆された。
- iPS血小板はMRSA感染症の治療手段になりうりこと、遺伝子編集可能な応用プラットフォームとなりうることを示した。
林斉睿 大学院生、杉本直志 特定准教授(京都大学CiRA)、および江藤浩之 教授(京都大学CiRA、千葉大学再生治療学研究センター)らは、国内外の共同研究機関とともに、iPS細胞から製造した血小板(iPS血小板)がMRSAを殺菌できることを培養アッセイで示し、さらにこのプロセスに寄与する分子メカニズムを検証しました。
MRSAなどの多剤耐性菌による重篤な感染症は、ヒトに対する大きな脅威であり続けています。一方で血小板はMRSAに対して抗菌活性を持つことが知られていますが、治療法には結びついておらず、またその作用機序は十分に解明されていません。研究グループは、まずMRSAによるiPS血小板の活性化を検証したところ、活性化レベルは低いながらも、抗血小板薬が殺菌作用を抑制したことから通常の血小板活性化が殺菌に寄与していると考えられました。また血漿添加により殺菌作用は増強しましたが、血漿構成成分である免疫グロブリンIgGとその受容体であるFcγRIIAの結合を阻害する抗体を用いた検証から、IgG/FcγRIIA結合がiPS血小板の殺菌機構に関与していることが示唆されました。一方、MRSA由来成分に着目すると、主要毒素であるα毒素を欠損した株は、iPS血小板による殺菌作用に対してより感受性が高いことから、α毒素は殺菌抑制因子として作用することが示唆されました。さらに自然免疫受容体TLR 2を刺激するMRSAの菌体成分の果たす役割を明確にするため、TLR2のアダプター分であるMyD88を欠失させたiPS血小板を、遺伝子編集技術を用いて作製しました。このMyD88欠失血小板は、殺菌作用が弱くなっていたことから、TLR2を介したシグナル伝達が確実に関与していることが証明されました。
以上の一連の研究結果は、iPS血小板の直接的なMRSA殺菌作用を明らかにするとともに、血小板の殺菌作用、MRSAの殺菌抑制の両メカニズムの解明を通してヒトと感染症の戦いの一端を浮かび上がらせています。本研究は、iPS血小板がMRSA感染症の新たな治療手段となる可能性を示すとともに、血小板の殺菌免疫を研究する強力なプラットフォームとなり得ることを示しています。
この研究成果は2026年2月23日に国際血栓止血学会の公式雑誌「Research and Practice in Thrombosis and Haemostasis」でオンライン公開されました。
論文の概要図
MRSAのTLR2リガンド成分(PGNなど)は血小板上のTLR2に結合し、アダプタータンパク質MyD88を介したシグナル伝達により血小板を活性化させる(PAC-1結合およびCD62P発現の増加により観測される)。血漿に含まれる免疫グロブリンIgGもFcγR結合を介してこの活性化に寄与し、MRSAに対する殺菌作用を発揮する。他方、MRSAのα毒素は殺菌作用を抑制する働きがある。
黄色ブドウ球菌は人体の複数の部位に定着し、心内膜炎や中心静脈カテーテル関連血流感染症といった生命を脅かす感染症を含む、市中感染および院内感染の主な原因となっています。さらに多剤耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の蔓延は死亡率、入院期間、医療費を押し上げています。一方、止血に不可欠な小さな血球である血小板は、抗MRSA活性あることが報告されていますが、治療手段には結びついていませんでした。また血小板は体外製造・培養や遺伝子改変が困難であったことから、血小板の殺菌作用メカニズムは十分に解明されていませんでした。
杉本准教授、江藤教授(京都大学CiRA)のグループは、研究室でヒトiPS細胞から樹立した増幅培養が可能な巨核球株であるimMKCL注7)を用い、乱流が生じるバイオリアクター機や新規薬剤の開発を通して輸血に必要な量のiPS血小板を製造することに成功し(Ito, Nakamura et al. CiRA ニュース 2018年7月13日)、既に世界初のiPS血小板の臨床試験を実施するに至っていました(Sugimoto et al. CiRA ニュース 2022年9月30日)。今回、研究室の林斉睿 京都大学院生らは、国内外の共同研究機関とともに、iPS細胞から製造した血小板(iPS血小板)がMRSAを殺菌できることを培養アッセイで示し、さらにiPS血小板の特性を活かしてこのプロセスに寄与する分子メカニズムを検証しました。
1)iPS血小板は活性化してMRSA殺菌作用を発揮する
iPS血小板3株および複数の健常人血液由来の血小板のMRSAに対する殺菌作用を、コロニー培養アッセイで検証したところ、何れのiPS血小板クローンも、血液血小板に匹敵する活性を示しました(図1)。MRSAと接触した血小板の活性化状態を検証したところ、CD62P発現(α顆粒放出指標)、PAC-1結合(αIIbβ3インテグリンの活性化指標)などの血小板活性化マーカーが低レベルながら増加していいました。血小板阻害薬(チロフィバン、アスピリン、BPTU、チカグレロル)を予め血小板を含む溶液に加えておくと殺菌作用が低下したことから、観察されたレベルは低かったものの、血小板活性化が抗菌活性に機能的に寄与していることを示唆していました。
図1:MRSA殺菌アッセイの概要と結果
iPS血小板3株は血液血小板と同等もしくはそれ以上の殺菌活性を示した
2)ヒト血漿はIgGを介してiPS血小板のMRSA殺菌活性を高める
血小板は血漿が豊富な環境に存在することから、血漿がMRSAの増殖と血小板殺菌に及ぼす影響を検証しました。血漿成分を加えて殺菌アッセイを行ったところ、殺菌作用の増強が見られました。タンパク質質量分析によってその要因を探索したところ、免疫グロブリンIgGが最有力候補として上がりました。そこで、IgGがその受容体であるFcγRIIAに結合するのを阻害する抗体を加えて殺菌アッセイを行いました。その結果、阻害抗体の添加によってMRSA殺菌作用の減弱が見られたことから、血漿成分IgGの血小板FcγRIIAへの結合は、血小板を介したMRSA殺菌効果を増強すると示唆されました。
3)MRSAのα毒素はiPS血小板の殺菌作用を抑制する
MRSAのどの成分が血小板の殺菌作用を惹起するかを検証すべく、MRSAが分泌する主要な病原毒素であるα毒素に着目しました。そこでMRSAのα毒素遺伝子が自然欠損したMRSAと通常のMRSAを比較したところ、前者の方がiPS血小板による殺菌に対してより感受性が高かった。この結果は、α毒素が血小板の抗菌活性を弱めることを示唆しています。
4)TLR2-MyD88経路はiPS血小板によるMRSA殺菌活性に関与している
Toll様受容体(TLR)は自然免疫反応にかかわる重要な病原体成分感知分子です。そこでiPS血小板での発現を検証したところ、MRSA細胞壁成分PGNが結合するTLR2が陽性でした。iPS血小板にPGNを作用させると、血小板の活性化が見られました。次に、TLR2の役割を明確にするため、TLR2刺激を細胞内に伝えるアダプタータンパク質であるMyD88を遺伝子編集で欠失させたiPS血小板を樹立しました。このMyD88欠失 iPS血小板によるMRSA殺菌効果は、WT iPS血小板と比較して有意に低下していました。これらの結果から、TLR2-MyD88シグナル伝達が血小板活性化およびMRSA殺菌に寄与していることが証明されました。
本研究結果は、iPS血小板がMRSAを殺菌する能力を示し、関与するメカニズムの知見を提示しています。 PGNなどのTLRリガンドは、TLR2-MyD88経路を介して血小板を活性化し、IgGなどの血漿成分と協調して血小板によるMRSAの殺菌に寄与します。しかし、MRSAはα毒素を介してこれらの防御に対抗します。これは、宿主防御と細菌病原性とが競合的に進化しきた新たな事例を示していると言えるでしょう。
本研究は、観察されたiPS血小板のMRSA殺菌能力は、治療手段となりうる可能性を示しています。特に、別途開発が進んでいるHLAクラスI欠失iPS血小板は、免疫的に拒絶されにくいユニバーサル基剤として開発が進められており、汎用製品として提供できる可能性があります。さらなる遺伝子編集により、より高い抗MRSA能力を持つ血小板が生成される可能性もあります。そのような遺伝子編集が可能なiPS血小板の特性は、MRSA殺菌能力の向上や、殺菌メカニズムを解明するための強力な研究ツールともなり、大きなポテンシャルがあることが示されました。
- 論文名
Induced pluripotent stem cell-derived platelets kill multidrug-resistant Staphylococcus aureus via TLR2-MyD88 signaling and immunoglobulin G/FcγRIIA engagement - ジャーナル名
Research and Practice in Thrombosis and Haemostasis - 著者
Qirui Lin1, Kimiko Nonomura1, Ieva Stirblyte1, Sou Nakamura1, Satoshi Uchiyama2, Masaya Yamaguchi3,4, Shigetada Kawabata4, Miki Nagao5, Katsue Suzuki-Inoue6, Victor Nizet2, Koji Eto1,7, Naoshi Sugimoto1*
*:責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- カリフォルニア大学サンディエゴ校
- 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル微生物研究センター
- 大阪大学大学院歯学研究科 微生物学講座
- 京都大学大学院医学研究科 臨床病態検査学
- 山梨大学大学院医学学域 臨床検査医学
- 千葉大学 再生治療学研究センター
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本医療研究開発機構(AMED) 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
- 「自家iPS細胞由来血小板製剤の臨床研究(iPLAT1)の事後検証と製剤改良」
- 「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」
-
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) Kプログラム
- 「有事に備えた止血製剤製造技術の開発実証/汎用性の高い人工血小板の開発」
- 日本学術振興会 基盤研究S、萌芽研究、若手研究
- 科学技術振興機構 創発的研究支援事業
- iPS細胞研究基金
- キヤノン財団
- 京都大学メディカルイノベーション大学院プログラム
注1)血小板
血液に含まれる細胞成分であり、出血の際、血小板の活性化が起こって血小板どうしが凝集して傷口を塞ぐ働きをする。骨髄にいる巨核球から分離して作られる。
注2)MRSA
抗生物質メチシリンに対する薬剤耐性を獲得した黄色ブドウ球菌の意味だが、実際には広く抗生物質に対する耐性を獲得している。世界中で、もっとも高い死亡原因の薬剤耐性菌となっている。
注3)TLR2-MyD88シグナリング経路
免疫細胞のみならず生体内のほぼ全ての細胞は自然免疫機能を有し、Toll様受容体(TLR)は病原体の構成異成分を認識する重要なセンサー分子である。TLR2は、細菌の細胞壁成分(リポ蛋白、ペプチドグリカン)を認識し、アダプター分子MyD88を介して細胞内へ信号を伝え、炎症性サイトカインの分泌などを誘導する。
注4)遺伝子編集
遺伝子編集技術とは、遺伝子の特定標的部位にDNA損傷を誘導することでDNA配列を編集する技術の一つ。CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)-Cas9というDNA切断酵素と、切断させたい場所へとCas9を誘導するガイドRNAを使うことで、任意の場所のDNAを切断することができる。切断されたDNAが修復する際に遺伝子DNAの一部が欠失するため、遺伝子の機能(タンパク質発現)をノックアウトすることができる。
注5)IgG/FcγRIIA結合
IgGは血液中を流れる免疫グロブリン分子の最も血中に多いカテゴリーで、そのFab領域は細菌などに結合し、Fc部分は細胞上にあるFcγRIIAに結合する。その結果、結合した細胞の免疫反応を引き起こし、細菌排除などに寄与する。
注6)α毒素
黄色ブドウ球菌が産生する毒素で、細胞膜に穴をあける「溶血毒」。その作用により、炎症・化膿性病変などが生じる。
注7)巨核球株(imMKCL)
巨核球は造血幹細胞から作られ、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。imMKCLは、iPS細胞から出来る巨核球に遺伝子導入をすることにより樹立された、増幅と成熟の切り替えが可能な細胞株。
