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~アレキサンダー病の病態解明と創薬への道~

研究成果 
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2016年7月13日

患者さんiPS細胞由来のアストロサイトを用いて脳病理を初めて再現
~アレキサンダー病の病態解明と創薬への道~

ポイント

  1. ヒトiPS細胞から高純度のアストロサイト注1を分化誘導し、世界で初めてアストロサイトの神経病理モデルの作製に成功した。
  2. アレキサンダー病注2患者さん由来のiPS細胞から分化誘導したアストロサイト内に、グリア線維性酸性タンパク(GFAP)注2陽性凝集体(ローゼンタール線維)を再現した。
  3. アレキサンダー病患者さん由来のアストロサイトでは、アストロサイト自身の炎症応答が亢進していた。
1. 要旨

 近藤孝之特定拠点助教(京都大学CiRA増殖機構分化機構研究部門)、井上治久教授(京都大学CiRA同部門)らの研究グループは、てんかん・白質脳症などを来すアレキサンダー病患者さん由来のiPS細胞からアストロサイトを分化誘導し、患者さんの脳病理を再現し、患者さんの脳におけるアストロサイト分子病態の一部を解明することに初めて成功しました。

 てんかん・白質脳症を呈するアレキサンダー病患者さん由来のiPS細胞を作製し、アストロサイトへ分化誘導したところ、患者さんの脳内と同様のGFAP陽性凝集体(ローゼンタール線維)が見出されました。さらに、網羅的な遺伝子変動解析により、アストロサイト自体がサイトカイン産生を通じて炎症性反応を起こし、細胞接着・翻訳制御異常病態を惹起することが示唆されました。今後、このモデルを用いたさらなる病態の理解と、新薬の開発に繋がることが期待されます。

 この研究成果は2016年7月11日正午(米国東部時間)に「Acta Neuropathologica Communications」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

 中枢神経は、神経細胞と様々なグリア細胞で構成されています。グリア細胞のうち、アストロサイトは最も多く存在する細胞種で、様々な神経病態に寄与すると考えられています。これまでアストロサイトに関する病態研究は、疾患の原因となる遺伝子を強制的に過剰発現させた動物モデルや株化細胞モデルに頼ってきました。

一方で近年発達の著しいiPS細胞技術を用いることにより、生理的な遺伝子発現量を反映すると考えられる患者さん由来のアストロサイトを用いた解析が可能となりました。ヒトiPS細胞からアストロサイトを得るには長期の培養期間を要し、疾患モデルへの応用は困難でした。今回研究グループは、ヒトiPS細胞からアストロサイトを分化誘導する方法を最適化することで、患者さん由来iPS細胞から高純度のアストロサイトを作製し、病態解析に用いました。

 アストロサイトが一次的に障害される疾患の一つとして、アレキサンダー病の疾患モデルの作製に取り組みました。アレキサンダー病は、乳幼児期~老齢期の幅広い年齢層で、てんかん・進行性の白質脳症・精神運動障害を呈する難治性疾患です。アレキサンダー病患者の多くは、アストロサイトの細胞骨格を構成するGFAPをコードするGFAP 遺伝子に変異を持っているため、アストロサイトが一次性に障害されると考えられてきましたが、その病態機序は不明でした。

3. 研究成果

1. ヒトiPS細胞から高純度のアストロサイトを分化誘導する

 健常人および、GFAP 遺伝子に変異を持つアレキサンダー病の患者さん、各3名からiPS細胞を作製し、安定維持することに成功しました。iPS細胞を、神経外胚葉注3を経てまずは神経系細胞へと分化誘導した後、培養基材への接着親和性の差を利用してアストロサイトの純度を徐々に高め、最終的に95%を超える純度でアストロサイトのマーカーであるS100βを発現する細胞集団を調製しました。

図1 : iPS細胞から分化誘導された高純度アストロサイト
(スケールバー:20 μm)

2. 患者さん由来iPS細胞から分化誘導したアストロサイトは、アレキサンダー病の病理像を再現する

 アレキサンダー病患者さんから作製したアストロサイトの細胞質内には、GFAPで染色される束状もしくは点状の凝集物が見られました。既存のGFAP 遺伝子を強制発現させた細胞モデルを用いた報告とは異なり、正常のGFAP 遺伝子型を持つ健常人由来のアストロサイトには、異常構造物は見られませんでした。

図2 : アレキサンダー病患者さん由来のアストロサイト内にGFAP陽性の束状(矢印)
もしくは点状(矢頭)の凝集物を認める。(スケールバー:5µm)

 さらにこのGFAP陽性凝集物を、超解像顕微鏡注4技術により詳細に検討しました。すると、点状のGFAP陽性凝集物は、αBクリスタリン注5を伴って、正常細胞骨格構造にそって存在することがわかりました。

図3 : 超解像顕微鏡技術でとらえた、アレキサンダー病患者さん由来アストロサイト内のGFAP陽性凝集物。αBクリスタリン(CRYAB、赤色)点状染色像を伴う、GFAP陽性凝集物(緑色)が、線維状の正常細胞骨格にそって存在する(スケールバー:200 nm)

 このGFAP陽性凝集物を、透過型電子顕微鏡で観察すると、アレキサンダー病患者さん由来のアストロサイト内には高電子密度構造物が見出されました。この構造物は、細胞骨格を示唆する線維状構造物に囲まれており、アレキサンダー病患者さんの脳病理で見られるローゼンタール線維の特徴を有していました。

図4 : 透過型電子顕微鏡撮像でとらえた、アレキサンダー病患者さん由来アストロサイト内の凝集物。線維状構造物(*)に囲まれた高電子密度構造物(矢頭)が見られる。(スケールバー:100 nm)

3. アレキサンダー病患者さん由来アストロサイトの病態解析

 GFAP陽性凝集物をもつアレキサンダー病患者さんの脳におけるアストロサイトの分子病態を探るため、網羅的な遺伝子発現を比較し、その結果による分子経路の変化を検討しました。すると、N-カドヘリンを中心とする細胞接着シグナルの変化や、細胞内のシグナル伝達経路の一つであるmTOR経路を通じた翻訳制御状態の変化、さらにこれらの変化をアストロサイト自身が産生するサイトカイン注6が制御していることが示唆されました。

図5 : アレキサンダー病患者さん由来アストロサイトでは、サイトカイン放出動態が変化する。

4. まとめ

 本研究ではヒトiPS細胞からアストロサイトを分化誘導し、病理像を含めた脳病態の再現と、新しい分子病態の探索を行えることを示しました。この細胞モデルを用いることで、アレキサンダー病のさらなる病態解明と創薬研究への道が開かれました。さらに、アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症など様々な神経変性疾患に、患者さん由来iPS細胞から分化誘導したアストロサイトが研究プラットフォームとして応用できる可能性が示唆されました。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    "Modeling Alexander disease with patient iPSCs reveals cellular and molecular pathology of astrocyte"
  2. ジャーナル名
    Acta Neuropathologica Communications
  3. 著者
    Takayuki Kondo1, Misato Funayama1, Michiyo Miyake1, Kayoko Tsukita1, Takumi Era2, Hitoshi Osaka3, Takashi Ayaki4, Ryosuke Takahashi4, and Haruhisa Inoue1*
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所
    2. 熊本大学発生医学研究所
    3. 自治医科大学小児科学
    4. 京都大学臨床神経学
    • *責任著者
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究
  2. 国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費研究課題(24-9)
  3. AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラムiPS細胞研究中核拠点
  4. AMED再生医療実用化研究事業
  5. 公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団 財団設立30周年記念助成
  6. 公益財団法人第一三共生命科学研究振興財団・研究助成
7. 用語説明

注1) アストロサイト
中枢神経系は、神経細胞と、神経細胞の周囲環境恒常性維持に働くグリア細胞とで構成される。グリア細胞の一種で、脳内の存在数が最も多い細胞種であるアストロサイトは、神経細胞の機能調節、栄養補給、毒性物質の処理、中枢神経免疫など、多面的な役割を果たすことが知られている。

注2) アレキサンダー病
 小児あるいは成人期に、てんかん・進行性の白質脳症・精神運動障害を呈する、難治性神経変性疾患の一つで、現時点で根本治療法はない。アストロサイトの細胞骨格を構成するグリア線維性酸性タンパク(GFAP: Glial fibrillary acidic protein)をコードするGFAP 遺伝子が、原因遺伝子として同定されている。神経病理学的指標として、ローゼンタール線維が知られており、アストロサイト内のGFAP陽性細胞質内構造物、あるいは電子顕微鏡でグリア細線維に囲まれた高電子密度小体として観察される。

注3)神経外胚葉
発生の過程では、胚からまず内胚葉、中胚葉、外胚葉の三胚葉に分化していくが、外胚葉の一部から、後に神経系の器官を形成する神経外胚葉が生まれる。

注4)超解像顕微鏡
光の回折限界により200 nm程度までに規定される光学顕微鏡の解像度を超えて、より細かい構造体を見るための技術。

注5)αΒクリスタリン
 翻訳された機能的な折りたたみ構造をとるように促すシャペロンの一つで、異常凝集したタンパクの処理にも重要な働きを持つこと知られる。アレキサンダー病患者脳内においても、GFAP陽性異常凝集物と共局在することが知られている。

注6) サイトカイン
さまざまな細胞から分泌され、特定の細胞の働きに作用するタンパク質。

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