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研究成果 
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2025年9月22日

iPS細胞と動物モデルで実証:FGFR1阻害が心臓線維化を抑制し、心臓機能を改善

ポイント

  1. 拡張型心筋症注1)患者さんの心筋生検組織検体の解析から、心臓線維化注2)の治療標的としてFGFR1を特定しました。
  2. FGFR1阻害剤(AZD4547)が、ヒトiPS細胞由来心臓オルガノイドモデルやマウス心臓損傷モデルで、線維化を抑制し心臓機能を改善させることを示しました。
  3. 本研究の知見は心臓線維化を伴う心不全に対する新たな治療戦略となることが期待されます。
1. 要旨

 畑玲央研究員(京都大学大学院医学研究科循環器内科学、CiRA増殖分化機構研究部門)、舟越俊介助教(CiRA同部門、T-CiRA)、牧山武講師(京都大学大学院医学研究科循環器内科学)、吉田善紀准教授(CiRA同部門、T-CiRA)らの研究グループは、ヒトiPS細胞由来心臓オルガノイドやマウス心臓損傷モデルを用いて、FGFR1阻害剤が心臓線維化を抑制して、心臓機能を改善することを明らかにしました。

 拡張型心筋症(DCM)における心不全の主な原因である心臓線維化には、いまだ効果的な治療法が確立されていません。本研究では、DCM患者さん58名の心筋生検組織を対象に、網羅的な遺伝子発現解析(トランスクリプトーム解析注3))およびAIを用いた病理組織画像解析を行うことで、線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1注4))が心臓線維症の進行と強く相関する重要な治療標的であることを明らかにしました。FGFR1に作用する阻害剤(AZD4547)は、ヒトiPS細胞由来心臓オルガノイドモデルおよびマウス心臓損傷モデルの両方において心臓線維化を抑制し心機能を改善させることが示されました。さらに単一細胞解析により、FGFR1阻害が心筋細胞と線維芽細胞間の線維化促進性FGFシグナルを抑制すると同時に、心臓保護に関わるNPR1シグナル伝達を増強することが明らかになりました。

 これらの結果は、心臓線維化を伴う心不全に対するFGFR1阻害が、有望な新しい治療戦略となる可能性を示しています。

 この研究成果は2025年9月10日「JACC: Basic to Translational Science」で公開されました。

2. 研究の背景

 心臓線維化は、心筋に過剰な細胞外マトリックスが蓄積することで心機能障害を引き起こし、拡張型心筋症(DCM)の病態進展に大きく関わります。しかし、これを効果的に抑える治療法は限られています。DCM患者の約3分の1に間質性線維症が認められ、これは心室リエントリー性不整脈の基盤となり、死亡率や心不全関連イベントの増加と関連しています。このため、心臓線維化の原因を分子レベルで明らかにし、有効な治療法の開発につなげることが、研究上の喫緊の課題となっています。

 これまで、複数の研究グループがトランスクリプトーム解析などの先進的な手法を用いて、心臓線維化性疾患の病態解明を進めてきました。これにより、DCM患者における遺伝的背景や心臓トランスクリプトームプロファイリングの多様性が明らかになりつつあります。しかし、これら知見を臨床現場に橋渡しする上では、特に心臓線維化研究において依然として大きなギャップが存在します。本研究は、これらの課題に対処するために心筋生検対象患者を連続的に登録した「心筋生検レジストリ」を確立し、心臓組織のトランスクリプトーム解析と病理組織画像解析を組み合わせた統合的な方法論を採用しました。さらに、in vitroのヒトiPS細胞由来心臓オルガノイドモデルやin vivoのマウス心臓損傷モデルを用いて、治療標的に対する阻害剤の抗線維化効果を検証し、その治療効果を包括的に検証しました。

3. 研究結果

1)DCM患者さんの心臓線維症の重症度と相関する遺伝子の抽出
 拡張型心筋症(DCM)患者さん58名の心筋生検組織を用いてHALO-AIシステムにより心臓の線維化の程度を定量的に評価しました。また生検組織のRNAシークエンスによる網羅的遺伝子発現解析を行ったところ、心臓線維化の重症度が高いDCM患者さんの心臓組織において、FGFR1、MMP2、HRH2、VIMなどの遺伝子発現レベルが有意に増加していることが明らかになりました(Fig.1)。

Fig.1 DCM患者さんの心筋における線維化の程度と遺伝子発現

2)in vitro 心臓オルガノイドモデルにおけるFGFR1阻害剤AZD4547の有効性
 これらの心臓線維化の程度に強く相関する遺伝子群から治療標的を探し出す目的で、ヒトiPS細胞から作製された心臓オルガノイドによる心臓線維化モデルを用いて、治療標的の絞り込みを行いました。その結果、FGFR1の選択的阻害剤であるAZD4547の投与により、心臓線維化の有意な抑制が確認されました。線維化関連遺伝子の発現(RT-qPCR)や、線維性タンパク質(FN1、COL1A1)の沈着量(免疫蛍光染色)を評価したところ、AZD4547は、線維化関連遺伝子(TGFB1、FN1、TNC、COL1A1、FAP、POSTN)の発現を有意に抑制し(Fig.2左)、線維性タンパク質(FN1)の沈着量を顕著に減少させました(Fig.2右)。以上のことから、FGFR1は心臓線維化における治療標的であることが明らかになりました。

Fig.2 ヒト心臓オルガノイドにおけるFGFR1阻害剤による線維化関連遺伝子・タンパク質の減少

3)in vivo マウスモデルにおけるAZD4547の心臓保護効果
 マウスにアンジオテンシンII(Ang II)とフェニレフリン(PE)を慢性的に投与することで心臓機能不全と線維化を誘導し、AZD4547を投与する群としない群で比較しました。心機能は心エコー検査で評価し、心臓線維化の程度は病理組織解析で定量しました。その結果、AZD4547を投与した群では、心臓線維化が著しく軽減し、心臓のポンプ機能(駆出率および短縮率注5))が有意に改善しました(Fig.3)。

Fig. 3 心臓組織のピクロシリウスレッド染色像と線維化の割合
ピンク色の部分がコラーゲン線維を表す。コラーゲン線維が多いほど線維化が進行していることを表す。

4)シングルセル解析による作用メカニズムの解明
 心不全を誘導したマウス心臓組織からシングルセル注6)RNAシーケンス解析を行い、AZD4547投与が心臓内の主要細胞タイプ(内皮細胞:EC、線維芽細胞:FB、マクロファージ:Macro、心筋細胞:CM)の遺伝子発現や細胞間シグナル伝達に及ぼす影響を詳細に解析しました。その結果、FGFR1阻害により心筋細胞と線維芽細胞間の線維化促進性FGFシグナル伝達が抑制されるとともに、NPR1シグナルが増強し、その下流で心筋細胞における心臓保護に関わるNppaおよびNppbの発現が増加することが明らかになりました。(Fig.4)

Fig.4 マウス心臓組織におけるシングルセルRNAシーケンス解析

4. まとめ

 線維性心疾患は心不全の主要な原因であり、効果的な治療法の開発が喫緊の課題です。本研究では、拡張型心筋症(DCM)患者の解析とヒトiPS細胞由来心臓オルガノイドによる心臓線維化モデルを通じて、FGFR1が心臓線維化の重要な治療標的であることを特定しました。また、FGFR1阻害剤AZD4547が心臓オルガノイドモデルおよびマウス心臓損傷モデルにおいて線維化を抑制し、心機能を改善することを明らかにしました。

 これらの結果は、FGFR1阻害が心臓線維化を伴う心不全に対する有望な治療戦略となる可能性を強く示唆しています。今後は、本研究で得られた知見を基に、FGFR1阻害剤の臨床応用を目指した研究、特にヒトを対象とした臨床試験を進めていくことが重要です。これにより、心不全に苦しむ患者に新たな治療選択肢を提供し、より良い予後をもたらすことが期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Integrative Transcriptomic-Histological Analysis in Dilated Cardiomyopathy Unveils FGFR1 Inhibition as Anti-Cardiac Fibrotic and Cardioprotective Therapy
  2. ジャーナル名
    JACC: Basic to Translational Science
  3. 著者
    Reo Hata1,2, Shunsuke Funakoshi2,3*, Takeru Makiyama1, Takao Kato1, Megumi Narita2,
    Yasuko Matsumura2, Ryoko Hirohata2, Yuki Naka2,3, Kazumi Ida2,3, Hiroaki Ito4,
    Akihiko Yoshizawa4,5, Yasuhito Nannya6,7, Hironori Haga4, Seishi Ogawa6,8, Koh Ono1,
    Takeshi Kimura9, Yoshinori Yoshida2,3*
    *責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学大学院医学研究科 循環器内科学
    2. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    3. 武田-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
    4. 京都大学医学部附属病院
    5. 奈良県立医科大学
    6. 京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学
    7. 東京大学医科学研究所
    8. 京都大学 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
    9. 枚方公済病院
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金
  2. Leducq Foundation
  3. 日本医療研究開発機構(AMED)

    - 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
    再生医療用iPS細胞ストック開発拠点
    iPS細胞を用いたサブタイプ別心筋組織構築による心疾患研究

    - 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
    心臓の病理を統合的に再現する領域特異的心筋組織モデルの構築
    次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点
    心筋細胞と心外膜細胞を用いた心臓オルガノイドによる心筋組織再建治療の開発
    ヒト成熟心筋細胞、心臓線維芽細胞の細胞周期制御による虚血性心不全に対する新規心臓再生治療開発

    - 医薬品等規制調和・評価研究事業
    重篤副作用患者由来iPS細胞バンクの構築に向けたフィージビリティ研究
    ヒトiPS細胞技術とAI・機械学習を用いた統合的な抗がん剤心毒性評価法の開発と国際標準化

  4. 日本科学技術振興機構「グローバル展開のDeep Techスタートアップ創出プログラム」
  5. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1)拡張型心筋症(DCM)
心不全の原因となる病態で、心臓の収縮機能が低下し、心室が拡大する病気。心臓線維化が主な原因の一つとされている。

注2)心臓線維化
心筋にコラーゲンなどの細胞外マトリックスが過剰に蓄積し、心臓の機能が障害される状態。有効な治療法が限られている。

注3)トランスクリプトーム解析
ある時点で細胞や組織で発現しているすべての遺伝子(RNA)を網羅的に解析する手法。

注4)FGFR1(線維芽細胞増殖因子受容体1)
細胞の増殖や分化に関わるタンパク質の一種。

注5)シングルセル解析
組織を構成する個々の細胞ごとに遺伝子発現などを解析する手法。

注6)駆出率および短縮率
心臓のポンプ機能を示す指標。駆出率は1回の拍動で心室から送り出される血液の割合、短縮率は心筋がどれだけ収縮しているかを示します。

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