研究活動
Research Activities
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研究成果
Publications
2025年11月14日
KAT7の加齢依存的な減少がiPS細胞由来血小板産生を阻害
―免疫特性の促進を介したメカニズムを解明―
ポイント
- iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)において、増殖期における細胞周期G1およびG2/M期細胞集団が血小板産生に寄与する一方、加齢に伴ってG0期細胞が増加することで血小板産生能を低下させる。
- KAT7の活性低下は、免疫巨核球の特性を促進することでimMKCLの増殖能および血小板産生能を阻害する。
- KAT7の機能低下は、染色体不安定性を引き起こし、cGAS-STING経路の活性化を介してimMKCLから複数の炎症性サイトカインの分泌が促進される。
- 分泌された炎症性サイトカインTNF-αは、imMKCLのG0期細胞集団を増加させ、血小板産生を抑制する。
丘幃尹 大学院生、中村壮 特定講師および江藤浩之 教授(京都大学CiRA、千葉大学大学院医学研究院)らの研究グループは、iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)注1)における血小板産生能の低下メカニズムを解明しました。本研究では、加齢に伴うKAT7注2)の発現低下が、染色体不安定性とcGAS-STING経路注3)の活性化を介して免疫巨核球の特性を促進し、細胞自身から放出される炎症性サイトカインが血小板産生を阻害することを明らかにしました。さらに、KAT7は細胞周期のG1およびG2/M期を維持することで血小板産生に重要な役割を果たすことを見出しました。これらの知見は、iPS細胞由来血小板の大量製造における品質管理の新たな指標(CQA)としてKAT7の有用性を示すものであり、再生医療製品の安定供給に貢献することが期待されます。
この研究成果は、2025年11月13日に国際学術誌「Stem Cell Reports」にオンライン掲載されました。
論文の概要図
社会の少子高齢化の影響などにより、献血のみに依存しない血小板輸血製剤の供給体制が希求されています。江藤浩之教授らの研究グループは、iPS細胞由来巨核球前駆細胞株(imMKCL)を用いた血小板の大量製造技術を開発し、世界初の臨床試験(iPLAT1試験)を実現しました(CiRAニュース 2022年9月30日)。
しかしながら、imMKCLには細胞の不均一性が存在し、特に免疫傾斜特性を持つ巨核球亜集団が血小板産生を阻害することが判明していました(CiRAニュース 2024年3月26日)。この免疫傾斜特性がどのように制御され、血小板産生に影響を及ぼすのか、その分子メカニズムは不明でした。
近年、KAT7(別名 HBO1、MYST2)は、ヒストンアセチル化を介して染色体の安定性および遺伝子発現制御に関与するとともに、細胞老化の進行にも寄与する因子として注目されています。特に、KAT7はセントロメア注4)の機能維持に関与し、細胞分裂時の染色体分配の正確性を保証することが知られています。しかし、KAT7が imMKCLにおいて、増殖や血小板産生にどのように寄与するか、その機能的役割は未解明のままでした。
1)細胞周期と血小板産生能の関連性
研究グループは、imMKCLが長期培養(>3か月)に伴い増殖能の低下に連動して、血小板産生能が低下することに着目しました。細胞周期レポーターシステム Fucci注5)を用いて細胞周期状態を解析したところ、短期培養(1か月未満)のimMKCLでは主にG1およびG2/M期の細胞が多く存在する一方、長期培養 imMKCL ではG0期に停滞する細胞が増加していることが明らかになりました。細胞周期と血小板産生能の関係を解析したところ、G1期およびG2/M期の細胞が高い血小板産生能を示した一方、G0期の細胞では血小板産生が著しく低下していました。
Fig.1 細胞周期と血小板産生能の関係
2)加齢に伴うKAT7発現の低下
長期培養imMKCLおよびWerner症候群注6)患者さん由来imMKCLにおいて、KAT7タンパク質レベルおよびその下流のH3K14アセチル化修飾の低下が確認されました。これらの細胞では、増殖能および血小板産生能が著しく低下しており、KAT7がimMKCLの品質維持に重要であることが示唆されました。
Fig.2 KAT7タンパク質の比較
3)KAT7阻害による免疫傾斜特性の誘導
KAT7特異的阻害剤WM3835を用いた結果、KAT7の機能阻害によりG0期細胞が増加し、G1およびG2/M期細胞が減少することが明らかになりました。さらにRNA-seq解析注7)から、KAT7阻害は免疫関連経路の活性化を誘導することが示されました。
さらに、本グループが以前に見出していた免疫巨核球特性(CiRAニュース 2024年3月26日)を惹起するRALB注8)の発現上昇とともに、IRF7、ISG15などのI型インターフェロン関連遺伝子、およびNFKBIA、TNFなどのNF-κB経路関連遺伝子の発現が増加しました。培養上清の解析により、TNF-α、IL-8、PF4などの炎症性サイトカインの分泌が有意に増加していることが確認され、KAT7の機能低下が免疫巨核球特性を持つimMKCL亜集団を誘導することが実証されました。
Fig.3 KAT7阻害(WM3835処理)により
炎症性サイトカインの分泌が増加する
4)染色体不安定性がcGAS-STING経路を活性化する
さらにKAT7の阻害は、セントロメア機能に重要なCBX5およびSuv39h1の発現低下を引き起こし、その結果、セントロメア構造関連遺伝子の発現も減少させました。免疫蛍光染色により、KAT7阻害後のimMKCLにおいて微小核注9)の形成が増加し、染色体不安定性が促進することを見出しました。
Fig.4 KAT7阻害(WM3835処理)により微小核の形成が見られる
実際にDNA損傷マーカーであるγH2AXの発現が増加し、STINGのリン酸化が亢進していたことを確認し、KAT7の機能低下に伴い、染色体不安定性を介したcGAS-STING経路を活性化することが一連の現象の主たる要因であることが見出されました。STING特異的阻害剤H-151による検証実験により、KAT7阻害に伴うI型インターフェロンおよびNF-κB経路の活性化が抑制されることが確認され、cGAS-STING経路がKAT7機能低下による免疫応答の重要な媒介因子であることが示されました。
5)炎症性サイトカインによる細胞周期停止と血小板産生の抑制
免疫傾斜imMKCLから分泌される炎症性サイトカインの直接的な影響を検証するため、TNF-αおよびIFN-βをimMKCLに添加しました。その結果、TNF-α処理により用量依存的に増殖が抑制され、細胞周期G0期細胞の増加とG1およびG2/M期細胞の減少、最終的に血小板産生能が有意に低下することを確認しました。これらの結果は、免疫巨核球の表現系に傾斜された細胞集団から培養液中に分泌される炎症性サイトカインが、周囲の細胞に作用して細胞周期停止を誘導し、血小板産生を阻害するメカニズムが存在することを示しています。
本研究は、iPS細胞由来血小板製造のマスターセルとなるimMKCLにおける血小板産生能低下の原因に、KAT7の加齢依存的な減少が関与し、最終的に免疫特性への血小板産生を阻害する新たな制御機構を明らかにしました。
これらの知見は、iPS細胞由来血小板の大量製造における品質管理方法の開発に重要な示唆を与えます。KAT7の発現レベルは、imMKCLマスターセルバンクの品質評価マーカーとして有用である可能性があります。さらに、KAT7活性の維持またはその機能低下による下流効果の緩和を目指した介入は、iPS細胞由来血小板製造の効率化と臨床応用の実現に貢献することが期待されます。
今後は、KAT7活性を維持する方法や、免疫傾斜特性を抑制する新たな培養条件の開発が求められます。また、本研究で明らかになった分子メカニズムは、他の細胞治療製品の品質管理にも応用できる可能性があり、再生医療分野全体への貢献が期待されます。
- 論文名
Aging-dependent reduction of KAT7/HBO1 activity impairs imMKCL-based platelet production by promoting immune properties - ジャーナル名
Stem Cell Reports - 著者
Wei-Yin Qiu1, Sou Nakamura1,*, Sudip Kumar Paul2, Takuya Yamamoto3,4,5, Naoya Takayama2,
Naoshi Sugimoto1, Si Jing Chen1,2, and Koji Eto1,2,*
*:共同責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)臨床応用研究部門
- 千葉大学大学院医学研究院イノベーション再生医学
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)未来生命科学開拓部門
- 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
- 理化学研究所iPS細胞連携医学的リスク回避チーム
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
体外製造血小板の臨床実装に向けた巨核球の改造産生 -
再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
- 次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点
- 自家iPS細胞由来血小板製剤の臨床研究(iPLAT1)の事後検証と製剤改良
- NEDO経済安全保障重要技術育成プログラム
-
日本学術振興会
- 基盤研究(S)
- 萌芽研究
- 若手研究
- iPS細胞研究基金
- JST 創発的研究支援事業(FOREST)
注1)iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)
巨核球は造血幹細胞から作られ、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。imMKCLは、iPS細胞から出来る巨核球に遺伝子導入をすることにより樹立された、増幅と成熟の切り替えが可能な細胞株。
注2)KAT7(リジンアセチル基転移酵素7)
HBO1またはMYST2とも呼ばれるヒストンアセチル基転移酵素。ヒストンH3のリジン14およびヒストンH4のリジン5、8、12をアセチル化することで、染色体の構造や遺伝子発現、DNA複製、DNA修復を制御する。特にセントロメアの機能維持と染色体分配の正確性に重要な役割を果たす。
注3)cGAS-STING経路
細胞質内のDNAを感知する自然免疫応答経路。cGAS(環状GMP-AMP合成酵素)が細胞質DNAを検出すると、STING(インターフェロン遺伝子刺激因子)を活性化し、I型インターフェロンや炎症性サイトカインの産生を誘導する。染色体不安定性や細胞老化と関連している。
注4)セントロメア
染色体の中央部に位置する特殊な領域で、細胞分裂時に染色体を正確に娘細胞に分配するために不可欠な構造。セントロメアの機能不全は染色体不安定性を引き起こす。
注5)Fucci(蛍光遍在性細胞周期インジケーター)
細胞周期の各段階を蛍光色で可視化できるレポーターシステム。G1期は赤色、S/G2/M期は緑色、G0期は蛍光を発しないことで細胞周期状態を識別できる。
注6)Werner症候群
WRN遺伝子の変異により、DNA修復不全と細胞老化が加速することで、思春期以降に早期老化症状(白髪、皮膚萎縮、糖尿病、骨粗鬆症など)を示す常染色体劣性遺伝疾患。
注7)RNA-seq解析
RNAの配列を網羅的に解析する手法で、細胞内でどの遺伝子がどれだけ発現しているかを高精度に測定することができる。遺伝子発現の違いや機能の解析に用いられる。
注8)RALB(RAS様癌原遺伝子B)
低分子量GTPaseの一種で、細胞の増殖、生存、分化などを制御する。免疫巨核球の発生制御因子であり、炎症性シグナルを増強する。
注9)微小核
正常な核とは別に細胞質内に形成される小さな核様構造。染色体分配異常や染色体断片化により生じ、染色体不安定性の指標となる。
