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―筋損傷を繰り返しても治療効果が持続する、DMDに対する新しい治療戦略―

研究成果 
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2025年12月23日

脂質ナノ粒子で「筋肉のもと」である筋幹細胞のゲノム編集に成功
―筋損傷を繰り返しても治療効果が持続する、DMDに対する新しい治療戦略―

ポイント

  1. 脂質ナノ粒子を用いて、筋肉の幹細胞(筋幹細胞)に対して効率的なゲノム編集に成功した。
  2. 筋損傷を繰り返してもゲノム編集の効果が持続することを証明した。
  3. デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する長期的かつ持続可能な治療法への道を拓いた。
1. 要旨

 持田泰佑主任研究員(武田薬品工業株式会社ターゲットバリデーションサイエンシズ/タケダ-CiRA共同プログラム(T-CiRA))、堀田秋津准教授CiRA臨床応用研究部門/T-CiRA)らの研究グループは、脂質ナノ粒子(LNP)注1)を用いることで、筋幹細胞(サテライト細胞)注2)を効率的にゲノム編集し、筋損傷が起きても治療効果が持続する新しい治療法の実証に成功しました。

 デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)注3)は、ジストロフィンタンパク質注4)の欠損により筋力低下が進行する重篤な遺伝性疾患です。近年、CRISPR-Cas9注5)などのゲノム編集技術を用いた治療法の開発が進んでいますが、現行のアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター注6)を用いた手法では、筋肉の元となる筋幹細胞への遺伝子導入効率が低いため、筋肉が壊死して再生される過程でゲノム編集された細胞が失われ、治療効果が長期的に維持できないことが課題となっていました。

 研究グループは、LNPによるゲノム編集を施したモデルマウスに対し、薬剤による筋損傷を誘発させる実験を行いました。その結果、損傷後に新しく再生した筋線維においても、ジストロフィンタンパク質の発現が維持されていることが確認されました。これは、損傷した筋肉の供給源である筋幹細胞そのもののゲノムが書き換えられ、そこから正常な遺伝情報を持つ筋細胞が生み出され続けていることを証明するものです。

 さらにLNPは、ウイルスベクターとは異なり体内で免疫反応を起こしにくいため、必要に応じて繰り返し投与(再投与)が可能であるという利点もあります。本研究成果は、一度の治療で長期にわたり効果が持続する可能性を示唆するとともに、DMDに対するより安全で確実な新しい治療戦略を提供するものです。

 この研究成果は2025年12月17日(日本時間)に「Cell Reports」で公開されました。

2. 研究の背景

 DMDは、男性の新生児約5,000人に1人の割合で発症する、遺伝変異が原因の筋疾患難病です。DMD患者さんはジストロフィンというタンパク質を作ることができないため、筋線維が傷つきやすくなります。通常、筋肉は傷ついても「筋幹細胞」によって修復されますが、DMD患者の筋肉では「壊死」が過剰に繰り返されることで再生能力が追いつかなくなり、次第に筋肉が脂肪や線維組織に置き換わってしまいます。その結果、筋力の低下が進行し、車椅子や呼吸不全サポート等の介護生活を余儀なくされます。

 近年、AAVベクターを用いて小型ジストロフィン遺伝子を補充する遺伝子治療や、エクソン・スキッピング注7)核酸医薬の開発が進展し、一部は実用化されています。しかし、AAVベクターは一度投与すると体内に抗体ができるため再投与が難しく、また、筋肉の再生過程で細胞分裂が起きると、導入したAAVベクター由来の遺伝子が徐々に失われてしまうという課題があります。特にDMDのように筋肉の入れ替わりが激しい病態では、折角治療された筋線維がいずれ壊死し、治療遺伝子を持たない自身の筋幹細胞によって筋肉が再生されるため、治療効果が長期的に維持されない「希釈効果」が懸念されています。

 一度の投薬でなるべく長期間の効果を得るためには、筋肉の元となる「筋幹細胞」のゲノムDNAそのものを修復し、そこから永続的に正常なジストロフィンを持つ筋線維を生み出し続ける必要があります。しかし、従来のAAVベクターでは、この筋幹細胞への遺伝子導入効率が極めて低いことが技術的な壁となっていました。研究グループは以前、LNPを用いてCRISPR-Cas9を骨格筋に送達し、ジストロフィンを回復できることを報告してきました(CiRAニュース 2021年12月8日)。本研究では、LNPを投与した骨格筋を詳細に解析した所、筋幹細胞へ効率良く送達できていることを発見し、筋幹細胞でのゲノム編集を行うことで、筋肉が損傷と再生を繰り返しても治療効果が持続する、新たな治療法の確立を目指しました。

3. 研究結果

1)LNPはAAVベクターと異なり、筋幹細胞に対しても高いゲノム編集効率を示した
 先行研究において、既存のAAVベクターを用いた遺伝子治療では、成熟した筋肉への遺伝子導入は可能であるものの、筋肉の再生を担う筋幹細胞(SCs)への導入効率が著しく低いことが課題として知られていました(Fig. 1左)。

 そこで本研究グループは、Cas9 mRNAとガイドRNAを内包した脂質ナノ粒子(LNP-CRISPR)を作製し、DMDモデルマウスの筋肉内に投与してその効果を検証しました。その結果、筋肉組織全体(Bulk)での編集が見られただけでなく、分離した筋幹細胞(Satellite Cells)においてもBulkと同等以上の高いゲノム編集効率(Exon skipping)が確認されました(Fig. 1右)。これは、LNPを用いることで、従来の手法ではアプローチが難しかった筋幹細胞に対しても、効率的にゲノム編集が可能であることを実証するものです。

Fig. 1 LNP-CRISPR投与後のエクソンスキッピング効率の比較

Fig. 1 LNP-CRISPR投与後の
エクソンスキッピング効率の比較

2)筋損傷後の再生過程におけるゲノム編集効果の持続性を確認
 DMDの病態である「筋肉の壊死と再生」の環境下において、ゲノム編集による治療効果が持続するかを検証しました。AAVベクター(AAV9-CRISPR)と脂質ナノ粒子(LNP-CRISPR)をそれぞれ投与したDMDモデルマウスの筋肉に、薬剤(BaCl2)を注射して人工的に筋損傷を引き起こし、その後再生した筋肉を解析しました。その結果、AAVベクター投与群では、損傷前の筋肉ではゲノム編集が見られたものの、再生後の筋肉においてはジストロフィンのゲノム編集効率(Exon skipping)が低下していました(Fig. 2左)。一方、LNP投与群では、筋損傷からの再生後も、ゲノム編集効率が低下することなく維持されていました(Fig. 2右)。この結果は、LNPによってゲノム編集された筋幹細胞が生き残り、損傷後の筋再生に貢献し続けることで、一度の投与で効果を持続できる可能性を強く示しています。

Fig. 2 筋再生過程におけるLNPとAAVベクターのゲノム編集効率の変化

Fig. 2 筋再生過程におけるLNPと
AAVベクターのゲノム編集効率の変化

3)LNPによる治療は、筋幹細胞の再生能力を正常化しうる
 筋幹細胞が筋肉を再生するためには、ジストロフィンタンパク質が重要な役割を果たしているかを検証するため、移植実験を行いました。LNPを用いて標識した「健康なマウス由来のジストロフィン陽性筋幹細胞(Dystrophin+ satellite cells)」と「DMDモデルマウス由来のジストロフィン陰性筋幹細胞(Dystrophin- satellite cells)」をそれぞれ移植して筋損傷(NTX)を与えたところ、ジストロフィン陽性筋幹細胞の方がより活発に増殖することが確認されました(Fig. 3)。これは、DMDにおける筋再生能力の低下にジストロフィンの欠損が関与しており、治療によってこれを回復させることの重要性を示唆しています。

Fig. 3 移植された筋幹細胞の筋損傷に対する応答性の解析

Fig. 3 移植された筋幹細胞の筋損傷に対する
応答性の解析

 次に、本研究のLNP-CRISPR投与により、筋幹細胞の幹細胞としての機能を回復できるかを検証しました。ここでは、LNPを投与された筋幹細胞の機能を確認するためにモデルマウスの筋幹細胞を体外に取り出してからLNP-CRISPR処理する「ex vivo(体外)法」と、筋肉内に直接LNP-CRISPRを注射してから筋幹細胞を採取する「i.m.(筋肉内)法」の2つの条件で比較しました。

 その結果、どちらの方法で処理した場合でも、単離・培養した筋幹細胞は分化して筋線維を形成し、ジストロフィンタンパク質の発現が回復していることが確認されました(Fig. 4)。

Fig. 4 筋幹細胞から分化した筋管細胞における
ジストロフィン発現の回復

 これらの結果から、LNP治療によって筋幹細胞のジストロフィン発現を回復させることは、単にタンパク質を補うだけでなく、筋幹細胞本来の「筋肉を再生する能力」を取り戻し、長期的な治療効果を得るために極めて重要であると考えられます。

4. まとめ

 本研究は、LNP技術を用いることで、従来のAAVベクターでは困難であった「筋幹細胞」へのゲノム編集の壁を克服した点に大きな意義があります。

 DMDの治療において長年の課題であった「筋再生に伴う治療効果の希釈(消失)」に対し、本手法は筋肉細胞の供給源である幹細胞そのものを修復することで、長期にわたり正常な筋線維を生み出し続ける「持続可能な治療」への道を拓きました。一度の治療で長期的な効果が期待できることに加え、ウイルス由来の免疫反応のリスクが低く、必要に応じた再投与が可能である点も、臨床応用において極めて有利な特徴です。

 本研究成果はDMDの根治に向けた、安全かつ強力な新しい治療戦略の基盤になると期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Muscle satellite cell editing by LNP-CRISPR-Cas9 to resist muscle injury
  2. ジャーナル名
    Cell Reports
  3. 著者
    Taisuke Mochida1,2, Naoko Fujimoto2,3, Makoto Asahina1,2, Shinya Asano4, Shinsuke Araki1,2,
    Naoto Inukai1,2, and Akitsu Hotta2,3,5,*
  4. 著者の所属機関
    1. 武田薬品工業株式会社ターゲットバリデーションサイエンシズ
    2. タケダ-CiRA共同プログラム(T-CiRA)
    3. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    4. Axcelead Drug Discovery Partners株式会社
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. T-CiRA共同プログラム
  2. 日本医療研究開発機構(AMED)

    - 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム

    - 次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点

7. 用語説明

注1)脂質ナノ粒子(LNP:Lipid Nanoparticle)
脂質(油の成分)で構成された、直径100ナノメートル(1万分の1ミリ)程度の極小のカプセル。mRNAなどの核酸医薬品を内部に包み込み、分解されることなく細胞の中へ届けるための運搬役(ドラッグ・デリバリー・システム)として用いられます。新型コロナウイルス感染症のmRNAワクチンでもこの技術が使われています。

注2)筋幹細胞(筋衛星細胞、サテライト細胞)
成熟した筋線維の表面に張り付くように少数存在する「筋肉の幹細胞」。通常は休止状態にありますが、トレーニングや外傷などで筋肉が損傷すると活性化して増殖し、新しい筋線維を作り出して筋肉を修復・再生させる役割を担っています。

注3)デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)
主に男児に発症する、小児で最も頻度の高い筋疾患難病。筋肉を支えるタンパク質「ジストロフィン」を作る遺伝子に変異があるため、成長とともに筋損傷が進行することで筋力が著しく低下し、歩行困難や呼吸不全などが進行します。

注4)ジストロフィン
筋肉の細胞膜を内側から支える「かすがい」のような役割をするタンパク質。このタンパク質が欠損すると、筋肉が収縮・弛緩するたびに筋細胞が傷つき死にやすくなり、筋肉が壊れてしまいます。

注5)CRISPR-Cas9
DNAの特定の配列を狙って切断し、遺伝子を改変(編集)する技術。「ガイドRNA」が標的の場所を案内し、「Cas9タンパク質」がハサミのようにDNAを切断します。狙った場所を正確かつ簡便に操作できるため、生命科学研究や医療応用が急速に進んでいます。

注6)アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
病原性のない小型のウイルスを改変して自己増幅能力を無くし、治療用遺伝子を搭載して細胞に運ぶ「運び屋(ベクター)」としたもの。現在、多くの遺伝子治療薬で利用されていますが、一度投与すると体内でウイルスベクターに対する免疫(抗体)ができ、同じベクターを使った再投与が難しいという課題があります。

注7)エクソン・スキッピング
遺伝子の突然変異がある部分(エクソン)を読み飛ばす(スキップする)ことで、アミノ酸の読み枠のズレを修正する方法です。DMDの場合、これにより、正常なジストロフィンタンパク質より少し短くはなりますが、かすがいとしての機能を持ったタンパク質を作ることができるようになります。

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