研究活動
Research Activities
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研究成果
Publications
2026年2月5日
TAF4Bの発現低下は、ヒト臍帯血由来造血幹・前駆細胞からの赤血球系・NK細胞系分化に選択的な影響を与える
ポイント
- ヒト臍帯血由来の造血幹・前駆細胞(HSPC)注1)の血球分化における転写因子TAF4B注2)の働きを系統別に評価した。
- TAF4Bは、HSPCからの血球産生(造血)における多系統性の維持に関わる可能性が明らかになった。
- HSPCからの各系統への分化において、TAF4Bは赤血球系の増殖や産生量と成熟化、NK細胞の成熟化に作用する可能性が示された。
中野早織研究員、丹羽明特定拠点講師、齋藤潤教授ら(いずれもCiRA臨床応用研究部門)の研究グループは、ヒト臍帯血由来の造血幹・前駆細胞からの血球分化における転写因子TAF4Bの機能の一端を明らかにしました。
写基本因子TFIID注3)複合体を構成するタンパク質の一つであるTAF4Bは、細胞の種類によって異なる機能を持つ可能性が示唆されています。しかし、ヒトでは、赤血球や単球、NK細胞など各血球細胞への分化にTAF4Bが系統ごとにどのような機能を持つのか十分に解明されていません。本研究では、ヒト臍帯血から得られた造血幹・前駆細胞に対し、shRNAノックダウン注4)によりTAF4Bの発現を低下させ、造血分化の各段階への影響を比較しました。
実験の結果、TAF4Bの発現低下は赤血球およびNK細胞の2系統に選択的な影響がみられました。赤血球系では総細胞数と成熟指標となる遺伝子HBBの発現に影響があり、NK細胞系では成熟指標であるCD16の発現と成熟化に関わる転写因子のTBX21の発現が低下しました。一方で、単球系への分化はTAF4Bの発現に関係なく維持されました。これらの所見は、転写基本因子の構成タンパク質という遺伝子発現の非常に基礎的な分子であっても、系統・段階依存的に感受性が異なる可能性をヒトの血球産生(造血)において示すものです。
本研究成果は、2025年12月15日(現地時間)に科学誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」にオンライン掲載されました。
論文の概要図
造血幹・前駆細胞(HSPC)から各種の血球細胞への分化は、サイトカイン刺激、エピゲノム状態、転写因子ネットワークの協調により制御されることが知られています。一方、RNAポリメラーゼIIなどが集合してつくられる転写開始複合体の中核である基本転写因子TFIIDは、その名の通り、転写のための基本的な因子と考えられているにもかかわらず、細胞系統により機能が異なる例が報告されてきました。
本研究で着目したTAF4Bは、TFIIDを構成するタンパク質TAF群のひとつとして知られています。また、生殖細胞系や免疫系などでの役割が知られており、造血系でも発現が示唆されています。本研究では、ヒト臍帯血由来HSPCにおいてTAF4Bの発現を低下させた際に、赤血球・単球・NK細胞という異なる細胞系譜で分化がどのように変化するかを同一条件下で検証しました。
1)研究方法
本研究では、ヒト臍帯血由来の造血幹・前駆細胞(HSPC)に対し、shRNA(短鎖ヘアピンRNA)を作用させTAF4Bの発現抑制(ノックダウン)を行いました。これにより、複数のタンパク質からなる複合体の基本転写因子TFIIDの構成因子のひとつであるTAF4Bを減少させた状態で、造血分化がどのように変化するかを検討しました。
2)コロニー形成(CFU)試験:多系統ポテンシャルの低下が示唆
研究グループは、造血幹・前駆細胞(HSPC)から形成されるコロニーの種類と数から、増殖・分化能を評価するコロニー形成(CFU)試験注5)を行いました。その結果、TAF4Bのノックダウンにより、分化方向の定まりきっていない混合コロニー(CFU-Mix)が減少することがわかりました。一方で、赤血球系/顆粒球・単球系/マクロファージ系への分化を反映するそれぞれのコロニー(BFU-E, CFU-GM, CFU-M)に大きな変化はみられませんでした。以上より、TAF4Bの減少は、混合コロニー形成を抑制したことから、造血幹・前駆細胞(HSPC)からの造血分化における多系統性の維持に影響する可能性が示されました。
図1. コロニー形成(CFU)試験におけるTAF4Bのノックダウンの影響
上:CFU試験における各種のコロニー数とその内訳。
下:CFU試験における各種のコロニーごとの形成コロニー数の比較。混合コロニー(CFU-Mix)の形成が有意に減少した。
3)赤血球系分化への影響:分化比率は保たれるが、増殖・産生量と成熟化に影響する
次に、赤血球系への分化誘導に対する、TAF4Bのノックダウンによる影響を調べました。その結果、赤血球系に分化した細胞(CD71+CD235a+注6))の割合は保たれる一方で、増殖率(総産生量)が有意に低下しました。また、成人型のグロビン遺伝子(HBB;成人βグロビン)注7)の転写が低下していることもわかりました。これらから、TAF4Bは赤血球系の増殖・産生量や、HBB 発現に関連する成熟プロセスの一部に関わることが示唆されました。
図2. 赤血球系への分化誘導におけるTAF4Bのノックダウンの影響
A:赤血球系の分化の指標となるCD71+CD235a+細胞の割合に有意な変化はなかった(左)。
CD71+CD235a+増殖率はTAF4Bノックダウンにより有意に減少した(右)。
B:TAF4Bノックダウンにより、CD71+CD235a+細胞におけるHBB の発現が有意に減少した。
4)単球系分化への影響:分化は維持される
一方、白血球系の細胞である単球への分化誘導では、単球/マクロファージ系に分化した細胞(CD14+CD11b+注8))の割合および細胞数が維持され、TAF4Bノックダウンによる明確な影響はみられませんでした。
図3. 単球系への分化誘導におけるTAF4Bノックダウンの影響
左:単球系の分化の指標となるCD14+CD11b+細胞の割合。
右:CD14+CD11b+細胞数。
5)NK細胞系分化への影響:成熟が障害され、TBX21の発現が低下
また、同じく白血球系のNK細胞への分化誘導では、NK細胞の指標であるCD56+細胞に分化する割合に変化はみられませんでした。一方で、NK細胞のなかでも成熟化した指標であるCD16が発現している(CD56+CD16+注9))細胞の割合と数がTAF4Bノックダウンにより減少しました。 そこで、NK細胞の成熟に関与する転写因子であるEOMES、TBX21(T-bet)注10)の発現を調べました。その結果、TAF4BノックダウンによりEOMESの発現には有意な変化はみられませんでしたが、TBX21(T-bet)の発現は有意に減少しました。これらの結果から、NK細胞系への分化後のCD16発現を伴う成熟において、TAF4Bが一部の遺伝子の転写調節を介して関わる可能性が示唆されました
図7. NK細胞系への分化誘導におけるTAF4Bのノックダウンの影響
A:NK細胞の分化の指標となるCD56+細胞のうち、成熟化したCD16+細胞の割合(左)と細胞数(右)。
いずれも有意に減少した。
B:NK細胞(CD56+)の成熟に関わる転写因子の発現。EOMES の発現に変化はみられなかったが(左)、TBX21 の発現が有意に減少した(右)。
本研究は、TAF4Bの発現抑制が、ヒト造血において赤血球系やNK細胞への分化および成熟に選択的に影響することを示しました。一方で、本研究で見出したTAF4Bノックダウンの血球分化への影響が遺伝子群・クロマチン状態のどのような変化を介して生じるのか、TAF4Bが生体内での血液産生に実際どの程度関わるのかは今後の検証課題です。
- 論文名
TAF4B knockdown differentially affects erythroid and natural killer cells but not monocytic differentiation from human cord blood HSPCs - ジャーナル名
Biochemical and Biophysical Research Communications - 著者
Saori Nakano, Akira Niwa*, Yohko Kitagawa, Megumu K. Saito*
*:責任著者 - 著者の所属機関
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
「iPS細胞を用いた疾患研究推進のための共同研究支援事業」
「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」 - iPS細胞研究基金
注1)HSPC(造血幹・前駆細胞)
多様な血球系統へ分化可能な細胞集団。本研究ではヒト臍帯血由来のHSPCを使用。
注2)TAF4B
TFIID複合体を構成するTBP関連因子(TAF)の1つ。TAF4と共通の起源を持つ遺伝子(パラログ)で、細胞種・分化段階により転写制御において異なる作用を示す可能性がある。
注3)基本転写因子TFIID
RNAポリメラーゼIIによる転写開始の中核となるタンパク質複合体。TBP(TATA-binding protein)と多数のTAF(TBP-associated factors)からなり、プロモーター認識や転写開始複合体の形成に関与する。
注4)shRNAノックダウン
shRNA(短鎖ヘアピンRNA)を用いて標的遺伝子のmRNAを分解させ、発現量を低下させる手法(完全欠失ではなく「部分低下」になりやすい)。
注5)CFU試験(colony-forming unit assay)
半固形培地でHSPCを培養し、形成されるコロニーの種類と数から、増殖・分化能を評価する。
- CFU-Mix:混合コロニー。複数系統が混在する。未分化/多能性寄りの分化出力を反映。
- BFU-E:赤血球系コロニー(burst-forming unit-erythroid)。
- CFU-GM:白血球系(顆粒球・マクロファージ系)コロニー(colony forming unit-granulocyte-macrophage)。
- CFU-Mix:混合コロニー。複数系統が混在する。未分化/多能性寄りの分化出力を反映。
- BFU-E:赤血球系コロニー(burst-forming unit-erythroid)。
- CFU-GM:白血球系(顆粒球・マクロファージ系)コロニー(colony forming unit-granulocyte-macrophage)。
- CFU-Mix:混合コロニー。複数系統が混在する。未分化/多能性寄りの分化出力を反映。
- BFU-E:赤血球系コロニー(burst-forming unit-erythroid)。
- CFU-GM:白血球系(顆粒球・マクロファージ系)コロニー(colony forming unit-granulocyte-macrophage)。
注6)CD71+CD235a+
フローサイトメトリーにより赤血球系分化を判定する指標であるタンパク質CD71とCD235aがともに存在する(陽性である)ことを示す。CD71(トランスフェリン受容体)は増殖・分化初期に、CD235a(グリコフォリンA)は赤血球系に代表的にみられる。
注7)成人型のグロビン遺伝子(HBB;成人βグロビン)
赤血球は成熟に伴い、発現するグロビン遺伝子が胎児型から成人型へ移行することが知られている。胎児ではHBG(胎児型γグロビン)、成人ではHBB(成人βグロビン)が発現している。
注8)CD14+CD11b+
タンパク質CD14とCD11bがどちらも発現している(両陽性である)ことを示し、単球/マクロファージ系への分化を判定する指標となる。
注9)CD56+CD16+
タンパク質CD56とCD16がどちらも発現している(両陽性である)ことを示し、成熟したNK細胞への分化を判定する指標となる。CD56はNK細胞への分化の基本的な指標であり、さらにCD16が発現すると成熟(終末成熟)したNK細胞として評価される。CD16は、FCGR3Aという別名があり、抗体依存性細胞傷害(ADCC)に関与する受容体を意味し、NK細胞の免疫作用に関わるタンパク質である。
注10)EOMES、TBX21(T-bet)
NK細胞の分化に関わる転写因子。一般にEOMESはNK細胞の早期発生・維持、TBX21はNK細胞の終末成熟(CD16の発現誘導など)に関与するとされ、本研究ではNK細胞への分化においてTAF4BノックダウンがTBX21とCD16の発現をどちらも減少させることが示された。
