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研究成果 
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2015年5月22日

マイクロRNAをつかった細胞の選別方法の開発 〜高純度な心筋細胞の作製に成功〜

 三木健嗣研究員、遠藤慧研究員*、齊藤博英教授吉田善紀講師(京都大学CiRA初期化機構研究部門、*現、東京大学大学院新領域創成科学研究科)らの研究グループはマイクロRNAを使って細胞を選別する新しい方法を開発しました。

 本研究成果は2015年5月21日正午(米国東部時間)に「Cell Stem Cell」でオンライン公開されました。

ポイント

  1. 細胞内マイクロRNA注1を使って心筋細胞を選別する人工RNA(RNAスイッチ)を開発した
  2. RNAスイッチにより自動的に心筋細胞以外の細胞が取り除かれるシステムを開発した
  3. 同様に細胞に特徴的なマイクロRNAを使って内皮細胞・肝細胞・インスリン産生細胞も選別することができた
  4. RNAスイッチはゲノムを傷つける心配がなく細胞内での寿命も短いため、安全性の高い手法として医療応用が期待できる
1. 要旨

 これまで心筋細胞など目的の細胞種を高純度で得るためには、細胞表面の抗原を識別して細胞を選別するという操作が行われることが一般的でした。しかし最適な表面抗原が同定されていない細胞種も多く、細胞を選別することは困難でした。そこで研究グループは、細胞内のマイクロRNAを検知することで細胞を識別する方法の開発を試みました。まず、多数のマイクロRNAの集団のなかから、心筋細胞に特徴的なマイクロRNAを同定しました。つぎに、人工のRNAを用いて、目的のRNAが存在しない時にだけ蛍光タンパク質が光る仕組みを構築しました。この方法により95%以上の効率で心筋細胞を選別することができました。また、ここで開発した仕組みを応用し、蛍光タンパク質の代わりにアポトーシス注2を誘導する遺伝子を繋ぎ、心筋細胞に特有のマイクロRNAを持たない細胞ではアポトーシスが起こるようにしました。このシステムにより、細胞を一つ一つ機械で選別することなく、高純度に心筋細胞だけを培養することができました。さらに、心筋細胞以外の上皮細胞や肝細胞、インスリン産生細胞といった様々な細胞もマイクロRNAの情報を使って同様に選別することができました。このことから、従来の方法で選別が困難であった様々な細胞が、本手法で取得できると期待されます。

2. 研究の背景

 心臓疾患は世界でも最も多い死因の1つであり、iPS細胞やES細胞などを始めとした幹細胞を用いた治療法の開発も進められています。しかし、心筋細胞には特異的な抗体がなく、ゲノムに傷をつけるおそれのあるDNA導入などを使わずに心筋細胞を高効率に純化することは困難でした。そこで研究グループはマイクロRNAに着目しました。マイクロRNAはタンパク質をコードしない小さなRNAで、特定の遺伝子の働きを抑制することが知られています。このマイクロRNAを指標として、人工的に合成したRNAを細胞に作用させることで、細胞の選別を試みました。

3. 研究結果

1) マイクロRNAを検知するRNAスイッチのデザインと評価
 マイクロRNAを認識する配列(miRNA target sites)と蛍光タンパク質(Fluorescent protein)の遺伝子の配列とを組み合わせた人工RNA(マイクロRNAスイッチ : synthetic mRNA)を設計しました。この人工RNAを細胞に取り込ませると、標的のマイクロRNAが無い細胞では人工RNAはマイクロRNAと結合しないため、蛍光タンパク質が作られますが、標的のマイクロRNAが存在する細胞では人工RNAはマイクロRNAと結合し、蛍光タンパク質ができないと考えられます。実際にHeLa細胞注3を使って実験を行い、このシステムが機能することを確認しました。

Fig. 1 マイクロRNAを利用したRNAスイッチの概念

2) ヒトiPS/ES細胞由来の心筋細胞の選別
 次にこのシステムを心筋細胞の選別に利用することを試みました。まずヒトiPS/ES細胞から心筋細胞へと分化した細胞とそれ以外の細胞とを比較して、心筋細胞に特異的なマイクロRNAの同定を行いました。その結果3つのマイクロRNA(miR-1、miR-208a、miR-499-5p)が候補として見つかりました。これらのマイクロRNAを標的としたスイッチ(miR-1-switch、miR-208a-switch、miR-499-5p-switch)を作製し、心筋細胞を選別すると、95%以上の効率で心筋細胞が得られました。

Fig. 2 マイクロRNA(miR-208a)を
使ったシステムで選別した心筋細胞

心筋細胞だけが選びとられ、その他の細胞は
ほとんど選ばれていない。
スケールバー: 100 μm

3) 選択的アポトーシスによる心筋細胞の純化
 同じシステムでアポトーシスを引き起こす遺伝子Bimを使ったRNAスイッチ(miR-1-Bim-switch、miR-208a-Bim-switch)を設計し、心筋細胞ではアポトーシスが抑制されますが、心筋細胞以外ではBim遺伝子が働きアポトーシスが起こるようにしました。これにより心筋細胞を機械で選別をすることなく、自動的に純化することが出来ました。

Fig.3 選択的アポトーシスによる
心筋細胞の自律的純化

スケールバー: 100 μm

4) ヒトiPS細胞由来の内皮細胞や肝細胞、インスリン産生細胞の選別
また同じシステムを使って、目的の細胞に特徴的なマイクロRNAを利用することで、心筋細胞以外にも内皮細胞や肝細胞、インスリン産生細胞も高純度で選別することが出来ました。

4. まとめ

 この研究により、マイクロRNAスイッチを使うことで、目的の細胞を識別し純化できることを示しました。また、心筋細胞の純化を、セルソーターといった機械で細胞に負担をかけること無く自動で行うことが出来るようになりました。さらに、心筋細胞だけではなく、内皮細胞、肝細胞、膵臓細胞(インスリン産生細胞)の選別もRNAの配列を変更するだけで簡単に実現できたことから、従来の方法で選別が困難であった様々な細胞を今後取得できると期待されます。人工RNAを細胞に作用させるこの方法は、ゲノムに傷をつけにくいことと、作用させるRNAの寿命が短く、自然に除去されることが利点であり、再生医療などの臨床においても利用可能と考えらます。今後、幹細胞分野の基礎から臨床まで、幅広い研究での応用が期待できます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    "Efficient detection and purification of cell populations using synthetic microRNA switches"
  2. ジャーナル名
    Cell Stem Cell
  3. 著者
    Kenji Miki1,2*, Kei Endo1,3*, Seiya Takahashi1, Shunsuke Funakoshi1,4, Ikue Takei1, Shota Katayama1, Taro Toyoda1, Maki Kotaka1, Tadashi Takaki1, Masayuki Umeda1,5, Chikako Okubo1,
    Misato Nishikawa1, Akiko Oishi1, Megumi Narita1, Ito Miyashita1, Kanako Asano1, Karin Hayashi1, Kenji Osafune1, Shinya Yamanaka1,2,6, Hirohide Saito1** and Yoshinori Yoshida1**
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所
    2. 京都大学物質-細胞統合システム拠点
    3. 現所属:東京大学大学院新領域創成科学研究科
    4. 京都大学医学研究科(循環器内科学)
    5. 京都大学医学研究科(血液・腫瘍内科学)
    6. グラッドストーン研究所

    * これらの著者は同等にこの論文に貢献しました。
    ** 責任著者
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 内閣府 FIRSTプログラム
  2. 山中-バルザン基金
  3. 厚生労働科学研究費
  4. 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
  5. iPS細胞研究基金
  6. 日本学術振興会・文部科学省 科学研究費補助金
    「若手研究A」「若手研究B」「新学術領域研究」
7. 用語説明

注1) マイクロRNA (miRNA)
20〜30塩基程度の長さの短いノンコーディング(タンパク質をコードしていない)RNA。相補的な配列を持つmRNA(メッセンジャーRNA)と結合して翻訳を抑制したり、mRNAを分解したり、その遺伝子の発現を抑制する働きをもつと考えられている。

注2) アポトーシス
細胞死の1つで、細胞内の何らかの異常に反応して起こるプログラムされた細胞死。発生の過程で不要となった細胞の除去などにも利用されている。

注3) HeLa細胞
ヒト由来の最初の細胞株。ヒト子宮頸がんから分離され株化された細胞で、世界中で広く利用されている細胞の1つ。

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