
研究活動
Research Activities
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研究成果
Publications
2025年5月19日
COVID-19 mRNAワクチン接種後の抗体価の予測因子を特定
~個人の免疫応答能を予測するバイオマーカー探索の試み~
ポイント
本研究では、COVID-19 mRNAワクチン2回接種後の抗体価を予測する因子を探索しました。
- 年齢、アレルギー既往、自己免疫疾患の罹患が、ワクチン2回接種後の抗体価が低いことと関連することが示されました。
- 平均赤血球容積(MCV)、ヘモグロビン値、リンパ球数、CD8+ T細胞におけるナイーブT細胞の割合が、抗体価と関連することが示されました。
- 特に、CD8+ T細胞におけるナイーブT細胞の割合は、抗体価を予測するよいバイオマーカーとなる可能性が示唆されました。
濵﨑洋子教授(CiRA未来生命科学開拓部門)の研究グループは、京都大学医学研究科医学統計生物情報学の日髙優講師、森田智視教授、京都大学医学部附属病院(クリニカルバイオリソースセンター、次世代医療・iPS細胞治療研究センターなど)との共同で、重回帰分析注1)とステップワイズ法注2)という統計学的手法を用いて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するmRNAワクチン接種後の抗体価を予測する因子を探索しました。本研究では、これまでにも解析が行われている一般的な臨床背景に加えて、免疫細胞の一種であるT細胞の表現型が加齢で大きく影響を受けることに着目し、これらを予測因子の候補に加えて解析を行いました。その結果、すでに知られている年齢、アレルギー既往、自己免疫疾患の罹患に加えて、平均赤血球容積(MCV)、ヘモグロビン、リンパ球数、CD8+ T細胞におけるナイーブT細胞の割合が、抗体応答の予測因子となることを明らかにしました。なかでも、ナイーブCD8+ T細胞の割合とIgG抗体価は有意な相関関係を示すことから、個々人の抗体応答を予測する良いバイオマーカーとなる可能性を示唆しました。
この研究成果は2025年3月20日「International Immunology」で公開されました。
COVID-19 mRNAワクチンは、一般的にワクチン効果の低いと言われる高齢者においても、当初重症化や感染を効果的に予防しました。重要なことに、新型コロナウイルスパンデミックにより新たに登場したmRNAワクチンは、COVID-19だけでなく様々な感染症ワクチンの重要なモダリティとなりつつあり、がんワクチンとしても期待されていることから、様々な疾患リスクの高い高齢者における免疫応答の特性を理解することは極めて重要です。研究グループはこの点に着目し、COVID-19 mRNAワクチン接種後の高齢者の免疫応答を詳細に調べ、2回接種後の抗体価と中和活性のピークの値が成人と比べて低く、この現象が抗体応答を助けるT細胞応答の立ち上がりが遅く収束が早いことに起因する可能性を以前に示しました(CiRAニュース 2023年1月13日)。さらに最近、追加(ブースター)接種により高齢者の抗体応答が成人群とほぼ同等になること、一方でウイルス感染細胞を直接殺傷するキラーT細胞の活性化が依然として低い傾向にあることを明らかにしてきました(CiRAニュース 2024年12月23日)。
他方、これらの研究において、抗体価やT細胞応答などの免疫応答には、年齢差以上に個人差が大きいことも判明しました。すなわち、若い人でも抗体価の低い人、高齢者の中にも高い人が存在しました。免疫応答の能力が高い人・低い人がいることは一般によく認識されており、免疫力(免疫年齢)が高い・低い、と表現することがありますが、こうした個人差が生じるメカニズムについては、必ずしも十分に理解されていません。個人差形成には、遺伝的素因を含む様々な要因の関与が考えられますが、ゲノム情報やワクチン接種後の抗体価を、多くの人でその都度調べることは困難です。しかしながら、ワクチン効果を得やすい・得にくい人を予測するための簡便な指標(たとえば問診や健康診断レベルで分かる検査値)があれば、免疫応答能が低い、あるいはワクチン効果が得られにくいと想定される人に絞って頻回接種をするといった対策が、今後可能になるかもしれません。
以上の背景のもと本研究では、これまで研究グループがワクチン応答解析を実施してきた成人(65歳未満)と高齢者(65歳以上)計216人の方から、京都大学医学部附属病院で実施した問診や一般的な血液検査で取得した臨床的背景(年齢、既往歴、投薬、BMI、全血球計算Complete Blood Count; CBC、血清学的検査等)に加え、研究グループが着目してきたT細胞の表現型などを予測因子の候補とし、重回帰分析とステップワイズ法を用いて、COVID-19 mRNAワクチン接種後抗体価を予測する因子(独立予測因子)を探索しました。
本研究では、抗体価(目的変数)に影響を与えていると想定される予測因子の候補(説明変数)との関係の強さを評価するために、重回帰分析を用いました。重回帰分析とは、複数の説明変数から、目的変数を予測する統計学的手法です。この方法を用いることで、同時に検討した説明変数による交絡注3)の影響を排除して、特定の説明変数が目的変数に与える影響の強さについて評価することができます。
まず、各個人の基本的な臨床情報(年齢、性別BMI、既往歴、併存疾患、投薬)と血清学的検査(サイトメガロウイルス;CMVに対する抗体価、非特異的IgE)で得られる情報を説明変数として用いた解析を行いました。これらは日常診療の問診や採血検査で比較的容易に得られる情報です。これらの情報に加え、接種から採血までの期間が抗体価に影響する可能性があるため、その交絡の影響を排除するために、ワクチン接種から採血までの日数も説明変数に含めました。また、午前中でのワクチン接種が効果的であるとの報告があることから、接種の時間(午前または午後)も説明変数に加えました。
これらの因子を説明変数として、抗SARS-CoV2 Sタンパク質(COVID-19 mRNAワクチンの抗原として用いられた部分)のRBD領域に対するIgG価(Abbot社製ARCHITECT SARS-CoV-2 IgG II Quant抗体検査試薬で測定)を目的変数として重回帰分析を行った結果、年齢(35歳未満に対し、35歳から69歳、および70歳以上)、自己免疫疾患の罹患が、抗体価が低いことと関連することが示されました。高齢者と自己免疫疾患を有する患者は、健常若齢者と比較して抗体価が低いことがすでに明らかとなっており、今回の解析でもこれらの結果が確認されました。
次に、上述した解析に、血算(ヘモグロビン、平均赤血球容積(MCV)、血小板数、単球数、好塩基球数、好酸球数、リンパ球数、好中球数)と、T細胞の表現型(CD4+ T細胞およびCD+ T細胞におけるナイーブT細胞分画の割合、CD4/8比、CD8+ T細胞におけるCD28-分画の割合)、交差反応性免疫注4)(ワクチン接種前に存在した交差反応性IgGおよびT細胞の割合)を説明変数として追加した解析を実施しました。血算も一般的な採血検査で容易に得られる臨床検査値であり、T細胞表現型も比較的容易に取得可能なデータです。解析の結果、前述した変数に加え、アレルギーの既往、MCVが、抗体価が低いこと関連すること、またヘモグロビン値、リンパ球数、CD8+ T細胞におけるナイーブT細胞の割合が、抗体価が高いことと関連することが示されました(図1)。

また、CD8+ T細胞におけるナイーブT細胞の割合と抗体価との間には、有意な相関関係(相関の強さの係数:Rs=0.388, p=0.0000)を認めたことから(図2)、CD8+ T細胞におけるナイーブT細胞はCOVID-19mRNAワクチン接種後の抗体価を予測する簡便なバイオマーカーとなる可能性が示唆されました。

本研究では、日常診療の問診や採血検査で比較的容易に得られる情報から、COVID-19 mRNAワクチン接種後の抗体価を予測する因子(独立予測因子)を明らかにすることができました。本研究の成果は、個人の臨床的背景や血液・免疫学的検査値を用いて、mRNAワクチン接種の効果予測に貢献することが期待されます。他方、例えばヘモグロビン低値(貧血)が、抗体価の低値をもたらす直接の原因になるのかなど、本研究で示された予測因子に、実際の生理的意義があるかについては今後検証が必要です。動物モデルなどを用いて直接の因果関係注5)が証明されれば、抗体応答能を改善する介入法の開発につながる可能性があります。以上、今回の研究成果は、ワクチン接種後の免疫応答や効果の予測だけでなく、個人の免疫状態に応じたワクチン接種スケジュールの立案にも役立つ可能性があります。さらに、免疫機能の個人差の実態とメカニズムの理解や、免疫力・免疫年齢を科学的定義することにも貢献することが期待されます。
- 論文名
Effect of pre-vaccination blood and T-cell phenotypes on antibody responses to COVID-19 mRNA vaccine - ジャーナル名
International Immunology - 著者
Yu Hidaka1, Norihide Jo2,3, Osamu Kikuchi4,5,6, Masaru Fukahori7,8, Takeshi Sawada7,8, Yutaka Shimazu7,8, Masaki Yamamoto9, Kohei Kometani2, Miki Nagao9, Takako E. Nakajima7,8, Manabu Muto4,5,8, Satoshi Morita1, Yoko Hamazaki2,10,11*
* 責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学大学院医学研究科 医学統計生物情報学
- 京都大学iPS細胞研究所 (CiRA) 未来生命科学開拓部門
- 京都大学大学院医学研究科 先端医療基盤共同研究講座
- 京都大学大学院医学研究科 腫瘍内科学講座
- 京都大学医学部附属病院 クリニカルバイオリソースセンター
- 京都大学大学院医学研究科附属 がん免疫総合研究センター
- 京都大学大学院医学研究科 早期医療開発学
- 京都大学医学部附属病院 次世代医療・iPS細胞治療研究センター
- 京都大学大学院医学研究科 臨床病態検査学
- 京都大学大学院医学研究科 免疫生物学
- 京都大学免疫モニタリングセンター(KIC)
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本医療研究開発機構(AMED)
(JP17gm5010001, JP21gm5010005, JP20fk0108265, JP20fk0108454, JP223fa627009, and JP24gm1810012) - iPS細胞研究基金
- 京都大学iPS細胞研究所山中伸弥研究室への新型コロナウイルス特別研究助成
- 文部科学省/日本学術振興会(JSPS)科研費(21K15467, 22HH02849, 23K24111)
- 関西経済連合会
- 京都大学三井住友信託銀行COVID19研究基金
- 武田科学振興財団
採血にご協力いただいたボランティアの皆様、病院スタッフに、心から御礼申し上げます。
注1)重回帰分析
関連する複数の要因(説明変数)が、結果(目的変数)にどの程度影響するかを数値化し、予測を行う統計学的手法のこと。今回は、抗体価を目的変数とし、年齢や既往歴、様々な検査値などを説明変数として、どの指標がどの程度、目的変数である抗体価に影響しうるのかを統計学的に解析した。
注2)ステップワイズ法
数多くの説明変数の中から、目的変数に関連の強い変数を自動的に選ぶ統計学的手法。
注3)交絡
2つの変数の間の関連を検討する際に、両方に関連する第三の変数が存在することで、誤って関連があると判断してしまうこと。たとえば、飲酒量が多い人では、そうでない人よりも肺がんが多いというデータがあると仮定する。しかし、喫煙者は非喫煙者より飲酒量が多く、喫煙は肺がんを増やすことが知られている。このために、飲酒量と肺がんの関係は、喫煙という別の要因によって、見かけ上の関係が生じている。このような状況を「交絡」が起きているといい、この場合の喫煙のような第三の変数のことを交絡因子という。
注4)交差反応
抗原性が似ているために、特定の抗原に対して産生された抗体やT細胞免疫が、別の抗原にも反応してしまう現象のこと。この仕組みにより、これまでにも存在していたコロナウイルスでできた免疫が、新型コロナウイルスにも働くことがある。スギ花粉症の人がトマトを食べることでアレルギー症状が出るような現象も交差反応であるとされ、様々なケースで起こる。
注5)因果関係
本研究で解析した変数の関連は、ある時点での限られたデータをもとに示されたものである。今回の研究で同定された予測因子が抗体価の高低の直接の原因になっているかどうかという因果関係は現時点で明らかではない。