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2026年6月26日
生きた細胞内で「液滴」の物性を非侵襲に測定する手法を開発
―表面のわずかなゆらぎを物理モデルで解析し、表面張力・硬さ・粘性を数値化―
ポイント
- 生きた細胞内で液体のように形を変えながら機能する生体分子凝縮体を輪郭のゆらぎの大きさと時間変化を物理モデルで解析し、表面張力・曲げ剛性・粘性を測定する手法を開発した。
- この手法を人工凝縮体、核小体、核スペックルに適用し、凝縮体にも表面の硬さ(曲げ弾性)があること、核小体が特に高い粘性を示すことを明らかにした。
- 将来、神経変性疾患の患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞などに応用することで、疾患に伴う凝縮体の物性変化の理解や、候補薬の評価に役立つことが期待される。
下林俊典准教授、栗村朋研究員(CiRA未来生命科学開拓部門)らの京都大学と米国プリンストン大学の国際共同研究グループは、生きた細胞内にある生体分子凝縮体注1)の輪郭の微小なゆらぎを解析し、その表面張力、曲げ剛性注2)、粘性を定量する手法を開発しました。
細胞内には、膜で囲まれた小器官に加え、核小体注3)や核スペックル注4)など、膜のない液滴のような性質を持つ「生体分子凝縮体」が存在します。生体分子凝縮体は、タンパク質などの生体分子が集まって構成されます。神経変性疾患では、神経細胞の中で特定の分子が集まり、異常な凝縮体を形成し、その物理的性質(物性)にも変化がみられることが知られています。正常な凝縮体と病的な凝縮の違いや、凝縮の過程を理解するには、表面張力、硬さ、粘性などの物性を生きた細胞内で測ることが重要です。
従来の手法には、細胞内部の凝縮体を微小ピペットで吸引して変形させる方法や、試験管内で再構成した凝縮体を用いて調べる方法などがあります。しかし、細胞内の状態を乱さずに内部の凝縮体の物性を測ることは容易ではありませんでした。そこで研究グループは、凝縮体表面に自然に生じる微小なゆらぎの大きさと時間変化を物理モデルで解析し、核小体、核スペックル、人工凝縮体の物性を、生きた細胞内で非侵襲的に定量する基盤技術を開発しました。
将来、患者さん由来のiPS細胞から作製した神経細胞などに応用することで、病的な凝縮へ移る過程の把握、疾患関連変異や細胞ストレスが物性に及ぼす影響の比較、候補薬による物性変化の評価に役立つことが期待されます。
本研究成果は、2026年6月25日に科学誌「PRX Life」に掲載されました。
本研究の概要
細胞内には、核やミトコンドリアのように膜で囲まれた小器官だけでなく、膜を持たず、タンパク質やRNAなどが局所的に集まってできる生体分子凝縮体があります。核小体や核スペックルなどが代表例で、必要な分子を一定の場所に濃縮することにより、リボソーム形成やRNAの加工など、それぞれに固有の機能を実現しています。
一方、アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患では、疾患に関わるタンパク質が異常に集まり、液体状の凝縮体から、より硬く粘性の高い状態へ変化する可能性が指摘されています。また、凝縮体中の分子が動きにくい状態になったり、不溶性に変化することが病態と関連すると考えられています。
こうした状態の違いを捉えるには、生きたままの細胞を用いて、界面を丸く保とうとする「表面張力」、界面の硬さを表す「曲げ剛性」、形の変化の戻りにくさを反映する「粘性」などの物性を測ることが重要です。時間を追って物性を測ることができれば、機能的な凝縮体から病的な凝集へ向かう状態変化を調べる手掛かりになります。
従来、凝縮体の物性は、微小ピペットで吸引するなど外から力を加えて変形させる方法や、試験管内で再構成した液滴を調べる方法によって測定されてきました。しかし、細胞内の凝縮体は微小で、周囲の核酸、クロマチン、細胞骨格などと相互作用しているため、自然な状態を保ったまま物性を測ることは容易ではありません。
そこで研究グループは、凝縮体の輪郭に自然に生じる微小なゆらぎに着目しました。凝縮体の「さざ波」をライブイメージングで捉え、物理モデルで解析することで、凝縮体に直接触れることなく物性を定量できると考えました。
1)輪郭のゆらぎから3つの物性を定量する手法を開発
研究グループはまず、光で凝縮体の形成を自在に制御できる技術を用いて、生きた細胞内の凝縮体を連続的に撮影しました。得られた画像から凝縮体の輪郭を抽出し、各時刻で輪郭がどの程度変形しているかを測定しました。さらに、輪郭のゆらぎを大きさの異なる波に分け、その大きさと時間変化を物理モデルに当てはめました。ゆらぎの大きさから表面張力と曲げ剛性を、時間変化から摩擦係数と実効粘性注5)を推定しました。この方法により、凝縮体を吸引したり押したりすることなく、生きたままの細胞のライブイメージングデータから表面張力、曲げ剛性、実効粘性を非侵襲的に定量・比較できるようになりました(図1)。
図1. 生きた細胞内の凝縮体の輪郭のゆらぎから物性を求める流れ
A:高速共焦点顕微鏡を用いて、光で形成した人工凝縮体を生きた細胞内で連続撮影し、各時刻の輪郭を抽出した。
B:輪郭の位置を時間ごとに追跡し、ゆらぎの大きさと時間変化を算出した。
C:ゆらぎを大きさの異なる波に分けて物理モデルに当てはめ、表面張力・曲げ剛性・実効粘性を推定した。
2)細胞内にもともと存在する核小体・核スペックルへの適用
続いて、この手法を細胞核内にもともと存在する核小体と核スペックルに適用しました。両者は輪郭のゆらぎの大きさと時間スケールが異なり、同じ核内の凝縮体でも物性が大きく異なることが分かりました。
核小体は複数の相からなる多層構造を持ち、周囲をヘテロクロマチン(密に折りたたまれた染色体領域)に囲まれています。こうした内部構造や周囲のクロマチンとの力学的な結びつきが、高い実効粘性に寄与している可能性があります(図2B)。
また、今回調べた2種類の人工凝縮体(HNRNPA1C-Corelets, FUSN-Corelets)、核小体(Nucleoli)、核スペックル(Nuclear speckles)のすべてで、液体状の構造としては意外な「曲げ剛性」が検出されました。この結果は、凝縮体の表面に特定の分子が集まり、構造化された層を形成している可能性を示唆します。
図2. 核小体と核スペックルのゆらぎと、凝縮体界面の模式図
A:生きた細胞内の核小体(i)と核スペックル(ii)の模式図、蛍光画像および輪郭の時間変化。両者では輪郭のゆらぎの大きさと時間スケールが異なり、核小体の輪郭は比較的ゆっくり変化した。
B:2種類の人工凝縮体(HNRNPA1C-Corelets, FUSN-Corelets)、核小体、核スペックルの表面張力、弾性係数、実効粘性の比較。表面張力と曲げ剛性では、有意な差はみられず、実効粘性は核小体で特に高い結果となった。
3)相分離の境界に近づくと表面張力と曲げ剛性が低下
次に、光の強さを変えて人工凝縮体と周囲との濃度差を調節し、相分離注6)において二つの相の違いがなくなる境界(臨界点)に近づけました。その結果、凝縮体の内側と外側の濃度差が小さくなるにつれて輪郭のゆらぎが大きくなり、表面張力が低下しました。これは、古典的な相分離理論と一致しており、本手法が生きた細胞内で凝縮体の状態変化を定量的に捉えられることを示します(図3A-C)。さらに、細胞内にもともと存在する核スペックルでも同様の結果が得られたことから、人工凝縮体と内在性凝縮体に共通する界面物性の挙動が示唆されました(図3D)。
図3. 相分離の境界への近さと凝縮体の物性変化
A:人工凝縮体の相図の模式図。凝縮体内部と周囲の濃度差が小さくなるほど、相分離の境界(臨界点)に近い。光の強さを変えることで、相図上の位置を調節できる。
B:人工凝縮体に照射する光の強さを変化させた実験。(i)は弱い光、(ii)は強い光。2つの条件下で撮影した凝集体の輪郭のゆらぎを示している。
C:臨界点に近い条件(i)では、遠い条件(ii)より輪郭のゆらぎが大きく、表面張力が低い。
D:相分離の境界に近いときは界面が大きくゆらぎ、境界から離れると表面張力と曲げ剛性が高くなることを示す模式図。
本研究は、細胞内の凝縮体に力を加えることなく、輪郭の微小なゆらぎだけから、表面張力、曲げ剛性、実効粘性という複数の物性を生きた細胞内で定量する基盤技術を示しました。凝縮体の大きさ、数、形だけでは分からない状態の違いを、物理量として比較できる点が特徴です。
神経変性疾患では、タンパク質の異常凝集が病態と関連しますが、凝縮体の物性変化がどの段階で起こり、それが病気の原因なのか結果なのかは十分に分かっていません。本手法を用いて同じ細胞を時間を追って解析することで、液体状の凝縮体がより動きにくい状態へ変化する過程や、疾患関連変異、加齢、細胞ストレスが物性に及ぼす影響を評価できる可能性があります。
将来、患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞などに応用することで、患者さんごとの凝縮体の物性や、病的な凝縮・凝集へ移る過程を比較できる可能性があります。また、候補薬を投与した際に、凝縮体の数や大きさだけでなく、表面張力、硬さ、粘りがどのように変化するかを定量することで、創薬研究の新たな評価指標となることが期待されます。今後、iPS細胞や疾患モデルへの応用を通じて本手法の有用性を検証し、病態理解と治療候補の評価をつなぐ研究基盤となることが期待されます。
- 論文名
Critical capillary waves of biomolecular condensates - ジャーナル名
PRX Life - 著者
Shunsuke F. Shimobayashi1*, Paul J. Ackerman2, Tomo Kurimura1, Takashi Taniguchi3, and
Clifford P. Brangwynne2
*:責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 米国プリンストン大学
- 京都大学工学研究科
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本学術振興会
- 若手研究(18K13521, 23K13072)
- 学術変革領域研究(A)(25H01328)
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日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」 - iPSアカデミアジャパン研究助成
- iPS細胞研究基金
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科学技術振興機構(JST)
- さきがけ「細胞内非膜型分子集合体の不均一核生成:定量的理解と光制御」(JPMJPR21E8)
- 創発的研究支援事業「核内液滴がゲノムと創り出す未分化維持メカニズムの解明」(JPMJFR230V)
- 上原記念生命財団、中谷財団研究助成、武田科学振興財団、花王科学奨励賞(助成)
注1)生体分子凝縮体
タンパク質やRNAなどが局所的に集まってできる膜のない構造。液体状の性質を示すものが多いが、物性は種類や状態によって異なる。病的な不溶性凝集体と同じものではない。
注2)曲げ剛性
界面がどれくらい曲がりにくいかを表す指標。値が大きいほど、界面の形を曲げるのに大きなエネルギーが必要になる。
注3)核小体
細胞核の中にある膜のない構造で、リボソームRNAの合成・成熟やリボソーム形成の中心となる領域。
注4)核スペックル
細胞核の中にある膜のない構造で、RNAの転写後の加工(スプライシング)に関わるタンパク質やRNAが集まる領域。
注5)実効粘性
輪郭のゆらぎの時間変化から推定する見かけの粘り。凝縮体内部だけでなく、周囲の構造との摩擦や力学的な結びつきの影響も含む。
注6)相分離
均一に混ざっていた分子が、分子の濃い相と薄い相に分かれる現象。二つの相の違いがなくなる境界を臨界点という。
