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2026年8月5日

ヒト胚モデル研究のガバナンスを考える ―日本の新指針と国際ガイドラインの比較から―

1. 要旨

 京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)およびiPS細胞研究所(CiRA)の藤田みさお教授、赤塚京子助教、東新川藤佳研究員は、ヒト胚モデル(Stem cell-based embryo models: SCBEMs)注1)注1)ヒト胚モデル
(Stem cell-based embryo models: SCBEMs)

ヒトES細胞やiPS細胞から作製される、ヒト胚の発生過程の一部または全体を模倣した研究モデルです。受精によって作られるヒト胚とは異なりますが、発生初期の仕組みや不妊・流産の原因を調べる研究に利用されています。倫理的課題があり入手や利用が困難なヒト胚の代替手段としても期待されており、近年急速に研究が進展しています。
研究に関する国内外のルールを分析しました。具体的には、2026年4月に施行された日本の新指針と、2025年に改訂された国際幹細胞学会(ISSCR)のガイドラインを比較し、今後のガバナンスにおける課題を明らかにしました。

 ヒト胚モデルは、ヒトES細胞やiPS細胞を用いてヒト胚の発生過程を再現する研究モデルであり、発生メカニズムの解明や不妊症研究等への応用が期待されています。一方で、研究の急速な進展に伴い、その倫理的・法的な取扱いについて各国で新たなルール作りが進められています。

 日本では2026年4月から既存の指針が改定され、全てのヒト胚モデル研究に倫理審査や国への届出が求められるようになりました。本研究では、この指針改定の背景と特徴を整理するとともに、ISSCRガイドラインとの関係を検討しました。その結果、両者は概ね整合しているものの、規制対象の範囲には違いが認められました。本研究は、こうした違いを踏まえ、研究者、倫理審査委員会、行政機関、学術誌などが相互に連携しながら制度を運用していく必要性を示しています。

 本成果は、2026年7月2日11時(米国東部時間、日本時間7月3日午前0時)に学術誌「Cell Stem Cell」に掲載されました。

2. 研究の背景

 ヒトES細胞やiPS細胞から作製されるヒト胚モデルは、ヒト胚の発生過程を再現する研究モデルです。発生メカニズムの解明や不妊症研究等への応用が期待されているほか、倫理的課題などから入手や利用が容易ではないヒト胚を用いた研究の代替手段として注目されています。近年はヒト胚モデルの複雑化や長期培養が可能になるなど研究が急速に進展しており、その倫理的・法的な取扱いについて各国で新たなルール作りが進められています。

 2025年にはISSCRがガイドラインを改訂し、ヒト胚モデル研究に対する監督のあり方を見直しました。日本でも2026年4月、「ヒトES細胞の使用に関する指針」および「ヒトiPS細胞等から生殖細胞を作成する研究に関する指針」が改定され、ヒト胚モデル研究を対象とする新たな規制が導入されました。本論文では、こうした指針改定の背景と特徴を整理するとともに、ISSCRガイドラインとの関係や、今後想定される課題について検討しました。

3. 研究手法・成果

 2026年4月に施行された日本の改定指針では、従来は監督の枠組みが必ずしも明確ではなかった一部のiPS細胞由来ヒト胚モデル研究についても新たに対象となり、すべてのヒト胚モデル研究に倫理審査と国への届出が求められるようになりました。また、ヒトや動物の子宮への移植や個体発生の禁止、研究目的の達成に必要な最短培養期間の事前設定、研究成果の公開なども定められています。

 本研究では、日本の改定指針とISSCRガイドラインが、倫理的・科学的に専門的な審査、胎内移植や個体発生の禁止、研究目的に応じた培養期間の設定など、ヒト胚モデル研究の監督のあり方に多くの共通点を有することを示しました。一方で、ヒト胚モデルの定義や規制対象の範囲には両者の間で違いが認められました。特にISSCRガイドラインでは、近年の研究の進展を踏まえ、ヒトの体節や体幹の発生を模倣する一部のオルガノイド注2)注2)オルガノイド
幹細胞から作製される三次元の細胞構造体で、脳や腸、肝臓などの臓器の特徴の一部を試験管内で再現するものです。胚モデルが初期発生過程を模倣するのに対し、オルガノイドは特定の臓器や組織を再現することを目的としています。
研究もヒト胚モデルとして扱うようになったのに対し、日本の指針ではオルガノイドとヒト胚モデルを区別しています。

 そのため、日本では改定指針でヒト胚モデル研究に該当しないと判断された研究であっても、国際学術誌や国際学会ではヒト胚モデル研究として扱われる可能性があります。本論文では、このような制度上の違いが研究者による学会発表や論文投稿などに与え得る影響を指摘するとともに、研究者、倫理審査委員会、行政機関、学会、学術誌が、国内外で規制が変わりつつある移行期に果たすべき役割を論じました。

4. 展望

 ヒト胚モデル研究は今後も急速な発展が予想されます。各国の制度改正が異なる時期や異なる考え方のもとで進められることで、研究現場には新たな課題が生じる可能性があります。今後は、各国の経験や課題を共有しながら国際的な対話を継続し、研究の発展と社会的信頼の両立を支えるガバナンスの構築が求められます。

5. 研究者のコメント

 本研究は、ヒト胚モデルを作製する研究者との対話や、国の委員会でルール作りに携わった経験から着想を得ました。国際ガイドラインと国内指針とのギャップが研究現場にもたらす課題を整理し、研究者、倫理審査委員会、学術誌編集者などの関係者と共有することを目指しました。新たなルール作りも大切ですが、今後は作られたルールをどのように運用してくかを検討することも重要になると考えています。

6. 論文名と著者
  1. 論文名
    Human stem cell-based embryo model governance: Insights from Japan
  2. ジャーナル名
    Cell Stem Cell
  3. 著者
    Misao Fujita1,2,*, Kyoko Akatsuka1, Fujika Ariarakawa2
    *:責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
7. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業
    「幹細胞を利用したヒト初期発生学の創出」
  2. 京都大学ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)フラッグシッププロジェクト
  3. 公益財団法人 上廣倫理財団
8. 用語説明

注1)ヒト胚モデル(Stem cell-based embryo models: SCBEMs)
ヒトES細胞やiPS細胞から作製される、ヒト胚の発生過程の一部または全体を模倣した研究モデルです。受精によって作られるヒト胚とは異なりますが、発生初期の仕組みや不妊・流産の原因を調べる研究に利用されています。倫理的課題があり入手や利用が困難なヒト胚の代替手段としても期待されており、近年急速に研究が進展しています。

注2)オルガノイド
幹細胞から作製される三次元の細胞構造体で、脳や腸、肝臓などの臓器の特徴の一部を試験管内で再現するものです。胚モデルが初期発生過程を模倣するのに対し、オルガノイドは特定の臓器や組織を再現することを目的としています。

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