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2026年2月16日
京大発ベンチャーの現在地
京大吉田キャンパスにある京都iCAPオフィス前の
河野氏(左)と上野氏
京大発ベンチャーの企業数と特徴を教えてください。
河野:卒業生が経営に関わる会社まで含めて、現在約460社あります。「京都大学の研究成果をベースに立ち上がったスタートアップ(ベンチャー)」という狭い定義にすると、およそ100〜150社程度と見ています。そのうち、京都iCAPが投資しているのは現時点で73社です。
京大発ベンチャーの技術分野の特徴としては、だいたい半分が創薬・再生医療・医療機器などのヘルスケア/ライフサイエンス分野です。医学部やCiRAの研究から生まれてくるようなスタートアップですね。また、機械・材料・エネルギーといった「ものづくり」が、京都大学が伝統的に強い分野でもあり、核融合、ペロブスカイト太陽電池注1)のような、技術的にとてもユニークなスタートアップも多いのが特徴です。
河野修己氏
そもそも、なぜ大学発ベンチャーが必要なのですか?
上野:20年ほど前までは、大学の研究結果を社会実装しようとするとき、大企業が比較的「近い」存在でした。大学の特許を大企業にライセンス(特許発明を使って良いとの許諾)して使ってもらうケースも多かったですし、大企業側も今よりリスクを取る傾向が高かったです。
ところが、iPS細胞研究分野もそうですが、研究に関わる技術が高度化するにつれ、すぐに事業化できる水準まで仕上げるには、かなりの時間とお金がかかるようになりました。それに伴い大企業が負うリスクも大きくなり、「もう少し開発が進んでから関わりたい」というスタンスに変わっていきました。
創薬で言えば、基礎研究と臨床応用の間に「死の谷」と呼ばれる、資金や人材等の不足によって実用化が阻まれるギャップがあるのですが、ギャップを大企業が埋めにくくなってきたのです。今、この「死の谷」を埋める役割を担っているのが、大学発ベンチャーとベンチャーキャピタル(VC)です。大学発ベンチャーがそのギャップに入り、大学のシーズを非臨床・臨床試験などを通じて「事業として判断できるレベル」まで育て、大企業などがその結果を見て、ライセンスイン(外部の技術を使わせてもらう契約)や提携を判断するという流れが、この10年ほどで世界的な標準になりつつあります。
上野博之氏
京大発ベンチャーはどのように立ち上がっていくのですか?
河野:まず大前提として必要なのは、「世界をリードできるハイレベルな研究成果」です。ここは、京大が長年培ってきた強みでもあります。
一方で、京大ならではの特徴的な事情もあります。京大の規程では、教員が大学に籍を置いたまま会社の経営者になるのが非常に難しい。そのため、ベンチャーをつくろうとすると、外部から経営者を迎える必要があります。研究者が有能な経営者を見つけてくることは簡単ではないため、京都iCAPでは研究者と経営者候補をマッチングするための会員組織を運営しています。
その他にも大学発ベンチャー設立を強化するために、京大ではいくつかの施策を実行しています。まず、基礎研究とベンチャーをつなぐ「ギャップファンド」です。国の研究費の多くは、研究を行い、論文を書くところまでを支える仕組みになっています。しかし、研究成果を実際に会社につなげるためには、論文にはならない追加実験や検証、事業化を担う人材の雇用など、別の資金が必要になります。京大では、ベンチャー設立を目指している研究プロジェクトに数百万円から数千万円を助成する複数のプログラムを運営されており、毎年、10を超えるプロジェクトが採択されています。ベンチャー企業がオフィスとして使えるスペースやレンタル実験室も必要で、京大には各主要キャンパスにそのような施設が整備されています。さらには、学生を対象としたアントレプレナーシップ教育(起業家教育)も行っています。
提供:京都iCAP
提供:京都iCAP
実はかつて京大は、他のトップクラスの大学と比較してベンチャーが誕生しやすい大学ではありませんでした。もともと基礎研究重視の大学であったがゆえに、「研究者は金儲けに関わるべきではない」という文化が長くありました。その影響もあって、他大学では上場している大学発ベンチャーがいくつもある中で、京大発のベンチャーで上場した企業は、これまで1社しかありません。だからこそ、私たちのような組織がベンチャー創出を支援していく必要があると考えています。
京都iCAPは、どのように京大発ベンチャーを支援しているのですか?
河野:京都iCAPの一番の特徴としては、ベンチャーが設立されてから関わるのではなく、設立前から支援を行っているところです。ベンチャー支援の担当者は学内にどのような研究プロジェクトがあるか常に情報収集をしており、「この研究シーズはビジネスとして有望ではないか」と思った段階から研究室に足を運び、事業計画づくりや経営者候補の探索を、研究者と一緒に進めていきます。
もう一つの大きな特徴が、シード・アーリーステージ注2)への積極投資です。ディープテック注3)の初期段階はリスクが非常に高く、一般の民間VCがなかなか手を出しづらいフェーズです。京都iCAPはあえてその段階に踏み込み、十分な額を投資することを重視しています。実際、我々の投資先の約8割はシード・アーリーステージです。当然、すべての会社が成功するわけではありません。
上野:京都iCAPはこれまで10年ほど取り組んできて、現在73社に投資していますが、そのうち企業価値100億円を超える会社が9社あります。特徴的なのは、その9社のうち6社が、創業前の段階から京都iCAPが関わって立ち上げた会社だという点です。
イノベーションには「人・物・金」が必要だとよく言われますが、私たちもその3つを常に意識して支援内容や活動方針を組み立てています。さらに重要なのが、施設です。その点、京大は非常に恵まれています。京都iCAPからCiRAまではおよそ1km圏内。その中に京大病院があり治験が行える。京大病院先端医療研究開発機構(iACT)や細胞製造施設もそろっている。
正直に言うと、ここまで来るまでには悩みながら、失敗を重ねながら進めてきました。でも、この10年で、京都大学の中に新しいスタートアップのエコシステムができあがってきたという実感があります。世界的に見ても、かなり強固でトップレベルの環境になっているのではないかと思っています。
プロセスを整理すると、私たちがやっていることは、「1. 良い技術シーズを見つける、2. 研究者と一緒に、事業計画・資金計画をつくる、3. 経営者を探し、研究者とマッチングする、4. 京都iCAP以外の投資家も巻き込み、資金の輪を広げる」、ですかね。
提供:京都iCAP
提供:京都iCAP
京都iCAPは現在までに、どのような工夫を重ねてきたのですか?
上野:東京では、働く人のうち約8%がスタートアップ関連の仕事に関わっていると言われていますが、京都ではその割合が1%程度です。つまり、起業家人材も投資家も、圧倒的に東京に集中しているんですね。京都iCAPが2016年に京都で設立されたときも、「投資家の中心地である東京と、どうやってネットワークをつくるか」は大きな課題でした。そこで、京都iCAPのメンバーが地道に関係を築き、金融ネットワークを広げながら、協調投資による資金調達を進めてきました。
現在、京都iCAPは73社に167億円投資していますが、私たちが関与した資金調達全体で見ると、民間VCを含めた資金流入は約500億円規模に達しています。京都iCAPが1億円投資すると、約2億円の民間資金が呼び込まれるような仕組みが、少しずつ定着してきました。こうした積み重ねの中で、「京都iCAPが関わっている案件なら安心して投資できる」と民間VCに言っていただけることも増えてきました。大学発ディープテックを支えるVCとして、信頼を築いてこられたのは大きな成果だと思っています。
大学発ベンチャーは、どのような課題に直面しやすいのですか?
河野:1つ目は、京大の技術は非常にユニークなものが多い分、投資家にその価値を理解してもらうのにも時間がかかります。京都iCAPが最初に投資しても、協調してくれる投資家をどう増やすかは、なかなか大変なところです。大きなお金を長期間にわたって支援してくれる先を十分に獲得する必要があります。事業によっては数億円では足りず、10億円単位の資金を長期にわたって集めなければなりません。
2つ目は、研究者と経営チームの関係づくりを常に良好に保つことです。大学での研究と、会社として事業を進めることは、考え方がかなり違います。研究者から見ると、経営側の判断が「なぜそうなるのか」分かりにくい場面もありますし、その逆もあります。だからこそ研究者にビジネスというものを理解していただき、「任せるべきところは経営チームに任せる」というスタンスが必要で、信頼関係を築いていくことが大切です。信頼関係を築いていくというのは本当に難しく、会社の成長途中で研究者と経営者がうまくいかなくなり、経営者が辞めていくというのもよくある話です。
CiRA発ベンチャーには、どのような特徴や強みがありますか?
河野:iPS細胞は難病などに関して「根本的な治療」を目指す技術のポテンシャルがあるなと思っています。CiRAは特許取得など研究支援がしっかりしていますよね。
上野:世界最先端のiPS細胞研究がCiRAに集積していること自体が、大きな強みだと思います。CiRAがiPS細胞研究のリーディング拠点だからこそ、世界中から情報や人材が集まり、常に最新の知見が入ってくる。その「ハブ」としての役割が、CiRA発ベンチャーにとって大きな追い風になっています。CiRA発ベンチャーの特徴や可能性を考えると、やはり今後も、CiRAがリーディングであり続けること、そして世界的な情報や知見が集約される場所であり続けることが重要だと思います。
疾患領域の面でも、米国ではiPS細胞から作製した免疫細胞をがん治療研究に投資が集中しがちな中、CiRA発ベンチャーはがん以外の臓器や難病にも早くから取り組んでいるのが特徴です。
今後、大学発ベンチャーにどうなっていってほしいですか?
河野:日本の大学発ベンチャーから、まだ「世界を変えるような大きな製品」が生まれていません。たとえば、本庶佑先生(京都大学特別教授)が開発したオプジーボ(免疫チェックポイント阻害薬)のような画期的な製品を、大学発ベンチャーに生み出してほしい。これは日本全体の大きな目標だと思います。
ベンチャーを考えている研究者の方に、メッセージをお願いします。
河野:京都大学は、今や日本の大学の中でも「スタートアップを立ち上げやすい環境」がかなり整っている大学だと思います。ぜひチャレンジしてほしいです。
上野:京都大学は世界をリードできるような研究を進めやすい環境です。そのような環境なくして、スタートアップは作れません。ベンチャーを通して、世界をリードするような研究っていうところを作っていってもらいたいなと思います。
注1)ペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト構造をもつ材料を発電層に用いた次世代太陽電池。高い光吸収率と製造のしやすさが特長で、低コスト・軽量・柔軟な太陽電池として期待されている。
注2)シード・アーリーステージ
ベンチャー企業の創業前後にあたる最も初期の段階(シードステージ)と創業後まもない段階にあるベンチャー企業の初期成長期(アーリーステージ)
注3)ディープテック
大学や研究機関の基礎研究など、科学的な発見や革新的な技術を活用した分野
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取材・執筆した人:三宅 陽子
京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 国際広報室 サイエンスコミュニケーター
