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2014年2月14日

遺伝子の変異によらないがん化の仕組みを解明 〜iPS細胞技術の応用〜

 大西紘太郎大学院生(京都大学CiRA/岐阜大学大学院)、蝉克憲研究員(京都大学CiRA/iCeMS)、山田泰広教授(京都大学CiRA/iCeMS/JSTさきがけ注1)らの研究グループは、生体内で細胞を不十分な形で初期化すると、エピゲノムの状態が変化し、がんの形成を促すことを見出しました。
 この研究成果は2014年2月13日(米国時間)に米国科学誌「Cell」で公開されます。

ポイント
・マウス体内で初期化因子を一時的に働かせることで、がん形成のモデルを作製した。
・モデルマウスで発生させた腎臓がんは、腎芽腫注2と似た特徴を示した。
・モデルマウスで生じたがん細胞では、エピゲノム注3が変化していた。
・がん細胞を完全に初期化したところ、正常な腎細胞を形成した。

1. 要旨
 iPS細胞とがん細胞は無限に増殖する能力を持つという点で、共通の性質を持っています。しかし、がんは遺伝子の変異が積み重なって生じるとされていますが、体細胞を初期化してiPS細胞が生まれる際には遺伝子が変異する必要はありません。そこで、マウスの体内で一時的に初期化因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を働かせ、不十分な初期化を起こしたところ、DNAのメチル化パターン(エピゲノム)が大きく変化し、様々な組織で腫瘍が生じました。腎臓でこのようにして生じた腫瘍は、小児腎臓がんとして一般的な腎芽腫と組織学的・分子生物学的特徴が似ていました。この腫瘍の細胞を調べたところ、遺伝子の変異は見つからず、エピゲノムの状態が変化し、多能性幹細胞と似たパターンに変わっていることが明らかとなりました。また、腫瘍の細胞を初期化したiPS細胞からは正常な腎細胞が作られることを示しました。これらの結果から、エピゲノムの制御が、特定のタイプのがんで、腫瘍形成を促進する可能性が示されました。

2. 研究の背景
 iPS細胞は分化した体細胞に少数の因子を作用させることで作製することができます。体細胞を初期化するためには、様々な反応が細胞内で協調して働きますが、未だその詳細なメカニズムについては不明です。細胞を初期化する途中には、iPS細胞ではないコロニーがよく現れることが知られていますし、一部の細胞は正しい初期化からそれ、不十分な初期化が起きているという報告もあります。しかし、この様な初期化に失敗した細胞について、これまで研究がなされていませんでした。

 うまく初期化出来なかった細胞ができてくる過程には、がんが形成される過程と似た部分があります。初期化の際には、分化した体細胞は無限増殖・自己複製能を獲得し、遺伝子の働き方がダイナミックに変化しますが、このイベントはがんが出来る過程でも重要なイベントです。この様な類似性から、初期化プロセスとがん形成が共通したメカニズムで進められている可能性が考えられます。

 不十分な初期化を起こすことで、がんの形成が起きないかどうかを調べるため、山田教授らのグループは生体内で初期化が起きるマウスのシステムを作りました。

3. 研究結果
1. マウス体内で不完全な初期化を起こし、腫瘍を形成させた。
 研究グループはDoxycycline(Dox)注4を作用させると4つの初期化因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)が働く仕掛けをもったマウスを遺伝子改変によって生み出しました。このマウスに28日間Doxを与えたところ、各種臓器において体細胞がiPS細胞へと初期化され、さらにiPS細胞から3胚葉に分化した奇形腫が形成されていることが確認できました。一方で、7日間Doxを与え、さらにDoxを抜いて7日後に観察したところ、腎臓をはじめ各種臓器で腫瘍の形成が見られましたが、こちらは奇形腫とは異なる、腫瘍を形成していました。


Fig. 1 初期化因子を7日間働かせたマウスの腎臓
4つの初期化因子を7日間働かせ、さらに7日後に観察した腎臓の様子。
コントロールの腎臓と比較して初期化因子を働かせた腎臓は腫瘍を形成し大きくなっている。
右側は+Doxの腎臓の組織染色像。
図中のバーは200 μm。

2. 腫瘍の細胞ではエピゲノムが変化していた。
 今回の方法で作り出した腫瘍の細胞を調べてみると、小児腎臓がんである腎芽腫とよく似た性質を示していました。これは、今回作り出したマウスが、腎芽腫のモデル系として有効なツールであることを示しています。また、エピゲノムの状態(DNAのメチル化度合い)を調べて見たところ、元の腎臓の状態を保持しつつも、部分的に多能性幹細胞(iPS/ES細胞)と似たパターンになっていることが明らかとなりました。

Fig. 2 DNAメチル化のパターン
左側は多能性幹細胞で、右側は腎細胞でよくメチル化されている遺伝子。
腎臓がんの細胞は腎臓の細胞と似たパターン(右側)を持ちながらも、一部多能性幹細胞ともにたパターン(左側)に変化していた。

3. 腫瘍を形成した細胞を初期化すると通常の腎臓をつくることができた。
一般的にがんの形成は遺伝子の変異が蓄積することで生じると知られています。今回作り出した腎臓の腫瘍の細胞は腎芽腫にとてもよく似た性質を示していましたが、遺伝子の変異は見つかりませんでした。この細胞からiPS細胞を作り、腫瘍由来の細胞を含むキメラマウス注5を作りましたが、そのマウスの体内では腫瘍由来の細胞も正常の腎臓を形成していました。これは、今回の腫瘍の形成には遺伝子の変異が決定的な要因ではなかったことを示しています。

Fig. 3 キメラマウスの腎臓
腫瘍由来のiPS細胞から作られた腎臓では、腫瘍の形成は特に見られなかった。
Dox処理を行い、左側の腎臓に腫瘍由来の細胞が含まれていることを確認している。

Fig. 3 キメラマウスの腎臓
腫瘍由来のiPS細胞から作られた腎臓では、腫瘍の形成は特に見られなかった。
Dox処理を行い、左側の腎臓に腫瘍由来の細胞が含まれていることを確認している。



4. まとめ
 マウスの体内で初期化を起こす仕組みを作り、不完全な初期化が腎芽腫と似た腫瘍の形成を引き起こすことを示しました。これまでがんの形成には遺伝子変異の蓄積が重要であると言われてきました。しかし今回の結果から、ある種の腫瘍は遺伝子の変異ではなく、エピゲノムの状態の変化によってもがんが形成されることを示しました。つまり、エピゲノムの状態を変化させることができれば、がん細胞の性質を変化させ、将来的にはがんの新しい治療法につながる可能性があります。
 また、今回の研究ではゲノムの変異を起こさずにエピゲノムの状態を制御する手法としてiPS細胞の技術を利用しました。このようにiPS細胞技術を利用することで、疾患研究に新しい観点をもたらすことが期待出来ます。

Fig. 4 今回の研究のまとめ

Fig. 3 キメラマウスの腎臓
腫瘍由来のiPS細胞から作られた腎臓では、腫瘍の形成は特に見られなかった。
Dox処理を行い、左側の腎臓に腫瘍由来の細胞が含まれていることを確認している。

5. 論文名と著者
・論文名
"Premature termination of reprogramming in vivo leads to cancer development through altered epigenetic regulation"

・ジャーナル名
Cell

・著者
Kotaro Ohnishi1, 2, *, Katsunori Semi1, 3, *, Takuya Yamamoto1, 3, Masahito Shimizu2, Akito Tanaka1, Kanae Mitsunaga1, Keisuke Okita1, Kenji Osafune1, Yuko Arioka1, Toshiyuki Maeda4, Hidenobu Soejima4, Hisataka Moriwaki2, Shinya Yamanaka1, 3, 5, Knut Woltjen1, 6, Yasuhiro Yamada1, 3, 7**
*) これらの研究者はこの論文に同程度寄与しました。
**) 責任著者

・著者の所属機関
1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
2. 岐阜大学大学院医学系研究科
3. 京都大学物質ー細胞統合システム拠点(iCeMS)
4. 佐賀大学医学部
5. グラッドストーン研究所
6. 京都大学白眉センター
7. 科学技術振興機構(JST) さきがけ

6. 本研究への支援 
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
・文部科学省 科学研究費補助金
・厚生労働省 厚生労働科学研究費補助金
・内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
・JST さきがけ注1) 
・JST 国際科学技術共同研究推進事業注6)
・JST 山中iPS細胞特別プロジェクト
・JST 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
・武田科学振興財団
・内藤記念科学振興財団

7. 用語説明
注1) JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 「iPS細胞と生命機能」(研究総括:西川 伸一 JT生命誌研究館 顧問)
研究課題名 リプログラミングによるがん細胞エピジェネティック異常の起源解明とその臨床応用
個人研究者 山田 泰広
研究期間 平成20年6月〜平成24年3月

注2) 腎芽腫
小児の腎腫瘍のなかでも最も多い割合で見られる腫瘍。ウィルムス腫瘍とも呼ばれている。神経芽腫および肝芽腫と並んで代表的な小児悪性腫瘍の一つ。

注3) エピゲノム
生物が生きるために必要な遺伝子の配列情報の総体をゲノムと呼ぶのに対し、その配列情報とは別の仕組みで遺伝子の働きを制御する機構をエピゲノムと呼ぶ。様々な調節機構が知られているが、ここでは遺伝子のメチル化などをエピゲノムの指標として観察している。

注4) Doxycycline
抗生物質の一種。遺伝子工学ではこの物質に反応して遺伝子のオンオフを制御する仕組みがよく用いられている。本研究中では、Doxycyclineが体内に取り込まれると、初期化因子と蛍光物質が作られるように遺伝子を操作したマウスを作製し利用している。そのため、Doxycyclineを作用させると細胞は赤く光り、初期化因子が働いてiPS細胞が誘導される。

注5)キメラマウス
2種以上の遺伝形質の異なる細胞で作られたマウスのこと。ここでは、腫瘍由来のiPS細胞を通常のマウスの胚の中に移植したマウスのこと。腫瘍由来の細胞にはDoxに応答して光るような遺伝子が組み込まれている。

注6)JST国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)
研究領域 日カナダ共同研究「幹細胞のエピジェネティクス」
(研究主幹:須田年生 慶應義塾大学 医学部 教授)
プロジェクト名 「細胞移植治療の実現に向けた細胞アイデンティティー制御」
日本側研究代表者 山田 泰広
研究期間 平成25年4月〜平成30年3月
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