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2014年8月4日
ヒト多能性幹細胞由来の赤血球産生における不完全なグロビンスイッチングのメカニズムの一端を解明
江藤浩之教授(京都大学CiRA臨床応用研究部門)の研究グループの越智清純研究員(東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター/元京都大学CiRA)らは、赤血球中のタンパク質であるグロビン鎖注1を種類ごとに異なる蛍光で染色する手法を開発し、ヒト多能性幹細胞注2からの赤血球産生における不完全なグロビンスイッチング注1の様子を明らかにしました。この成果は米科学誌「Stem Cells Translational Medicine」に、5月29日に掲載されました。
医療において輸血は必要不可欠ですが、その供給は献血に依存しているのが現状です。とりわけ先進国では今後献血者が減っていくことが予想され、安定的な輸血用血液の供給は重要な課題です。そこで、iPS細胞を含む多能性幹細胞からin virto注3で赤血球を作製する研究が進められてきました。しかしながら、これまでヒト多能性幹細胞由来の赤血球では大部分が胎児型のγ-グロビン鎖を発現する一方で、目的の成人型β-グロビン鎖はほとんど発現されず、成人型へのスイッチングが不完全であることが分かっていました。そのメカニズムは分かっておらず、更なる研究が必要とされていました。
そこで本研究では上述のメカニズムを解明すべく、それぞれのグロビン鎖の発現を多重染色によってフローサイトメーター注4を用いてモニターできる手法を開発し、赤血球への分化の過程における各種グロビン鎖の発現をリアルタイムで追跡する系を構築しました。本手法により、コントロールとして調べたさい帯血造血幹細胞注5からの赤血球産生の過程でβ-グロビン鎖の発現が上昇するとほぼ同時にγ-グロビン鎖の発現が抑制されることが確認されました。一方、ヒトES/iPS細胞由来の赤芽球では、調べたほとんどのES/iPS細胞ではこれまでの報告通りβ-グロビン鎖の発現は認められませんでした。また、一部のβ-グロビン鎖を発現することが認められたES/iPS細胞でも、γ-グロビン鎖の発現が維持されてしまい、共発現状態のままであることが確認されました。これは、成人型へのスイッチングが完全には行われていないことを示しています。
そこで、なぜ成人型グロビンへのスイッチングが不完全であるかを調べるため、β-グロビンやγ-グロビンの発現に関係のあるタンパク質に着目しました。そしてES/iPS細胞由来の赤芽球では、β-グロビンの発現を上昇させるKLF1の発現はさい帯血と差がありませんでしたが、γ-グロビンの発現を抑制する働きがあるとされているBCL11A-LのmRNA発現レベルが低いことが分かりました。また、BCL11A-Lを過剰に発現させるとγ-グロビンのmRNA・タンパクレベルが低下することも確かめられました。つまり、ES/iPS細胞から分化した赤芽球では、理由は明らかではありませんがBCL11A-Lの発現が低く抑えられていることと、γ-グロビン発現が十分に抑制されずに成人型へのスイッチングが不完全となっていることが関連することが分かりました。
今回、多重染色という手法を構築し用いたことで、ヒト多能性幹細胞由来の赤血球産生における不完全なグロビンスイッチングのメカニズムの研究に貢献することができました。多能性幹細胞由来の不死化注6赤芽球細胞は、赤血球を供給し続けることのできる可能性を持っています。将来的には、多重染色を用いて成人型赤血球を産生する細胞株を選択することで、ドナーに依存しない赤血球輸血が可能になるかもしれません。
著者
Kiyosumi Ochi, Naoya Takayama, Shoichi Hirose, Tatsutoshi Nakahata, Hiromitsu Nakauchi, and Koji Eto
注1:グロビン
赤血球中にあり酸素と結合するヘモグロビンは、鉄を含み酸素と結合するヘム1分子と、ヘムを支える2種類のグロビン2分子ずつから構成されている。グロビンはタンパク質であり、その種類は、胚性期はα-グロビン鎖とε-グロビン鎖、胎児期はα-グロビン鎖とγ-グロビン鎖、成人期ではα-グロビン鎖とβ-グロビン鎖と、発達の過程で変化する。グロビン鎖の種類が変わることをグロビンスイッチングという。
注2:in vitro(イン・ビトロ)
実験条件をあらかじめ決めた試験管内や培養皿上のような環境条件で行う実験を示す。
注3:多能性幹細胞
ほぼ無限に自己複製と増殖をすることができ、体の様々な細胞に変化(分化)できる細胞。ES細胞とiPS細胞は、ともに多能性幹細胞として知られる。
注4:フローサイトメーター
流動細胞計測法のこと。レーザー光を用いて光散乱や蛍光測定を行うことにより、水流の中を通過する単一細胞の大きさ、DNA量など、細胞の生物学的特徴を構成的に解析することができる。
注5:造血幹細胞
骨髄の中にあり、赤血球や白血球、血小板といった血液の細胞に分化していく、もとの細胞。赤血球は生体内で造血幹細胞から造血前駆細胞、赤芽球を経て産生される。
注6:不死化
通常、細胞の分裂回数には限りがあるが、生育環境や培養条件を整えることで、ほぼ無限の自己増殖能を獲得した状態のこと。