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2017年5月19日
細胞内のタンパク質を検出できる合成mRNAスイッチの開発: ヒトiPS細胞の識別に成功
ポイント
- 合成mRNA注1スイッチを開発し、生きた細胞の内在タンパク質を検出することに成功しました。
- 内在タンパク質LIN28A注2の発現レベルを定量化することにより、ヒトiPS細胞やiPS細胞から分化した細胞を生きたまま識別することに成功しました。
川﨑俊輔研究員(CiRA未来生命開拓部門)、齊藤博英教授(同部門)らの研究グループは、タンパク質に応答する合成mRNAスイッチを開発し、生きた細胞内のタンパク質情報に基づいて、その細胞を識別することに成功しました。
細胞の状態はRNA、タンパク質やそれらの構成物質などを含むさまざまな生体分子で調整されています。タンパク質は特にゲノム発現や細胞シグナルの伝達、細胞運命の調整を担う重要な分子です。それゆえ、細胞内のタンパク質を検出して遺伝子発現をコントロールすることができれば、細胞をその状態に応じて制御することができる革新的な技術となります。これまで、細胞内で強制的に産生させた特定の外来タンパク質を検出する技術はありましたが、それらの技術を用いて生きた細胞の目印となる内在のタンパク質を検出することは困難でした。
そこで研究グループは、ヒトの内在タンパク質(LIN28Aなど)を高感度で検出できる 合成mRNAスイッチを新たに開発しました。細胞内でタンパク質に結合するRNAの構造を安定化することで、LIN28Aをはじめとする、細胞に内在するタンパク質と効果的に反応することを確かめました。さらに、幹細胞で高発現しているLIN28Aの発現レベルを定量することにより、ヒトiPS細胞やiPS細胞から分化した細胞を、生きたまま見分けることに初めて成功しました。
この研究成果は2017年5月19日正午(グリニッジ標準時間)にイギリスの科学誌「Nucleic Acids Research」でオンライン公開されました。
1) 生きた細胞内のタンパク質を高感度で検出する合成mRNAスイッチを開発しました。

図1 合成mRNAスイッチの概念図(左)と翻訳効率(右)
試験管内でLIN28A に応答して蛍光タンパク質(hmAG1)の産生量を調節するmRNAスイッチを合成し、
LIN28Aを産生するmRNAと共に細胞内へ導入させました(リファレンスとして蛍光タンパク質(iRFP670)を産生するmRNAも導入)。
24時間後、本研究で開発したmRNAスイッチは、細胞内タンパク質LIN28Aが発現している状態では翻訳が抑制されることが分かりました。
つまり、合成mRNAスイッチが細胞内でLIN28Aを感知し機能していることが分かりました。
2) 次に、開発した細胞内LIN28Aを検出する合成mRNAスイッチを用いて、生きたヒトiPS細胞やiPS細胞から分化した細胞を識別することに成功しました。

図2 合成mRNAスイッチを用いてヒトiPS細胞と分化した細胞を識別する方法
タンパク質LIN28AはiPS細胞では発現量が多く、分化した後の多くの細胞では発現量が減少することが分かっています。
それゆえ、合成mRNAスイッチを導入すると、iPS細胞の中のLIN28Aが反応して翻訳が抑制され、hmAG1の光が弱くなります。
分化した細胞では、LIN28Aの発現量が低いので、通常の翻訳を行います。
その結果、mRNA導入後にフローサイトメトリー解析注3を行うと、二層に別れたベルト状の分布を見せ、
iPS細胞と分化した細胞を区別できるようになります。

図3 本研究のフローサイトメトリー解析結果
本研究グループは、生きたヒトの細胞内のタンパク質を高感度で検出し、翻訳制御システムに情報伝達するmRNAスイッチを開発しました。さらに、この手法を使ってタンパク質LIN28Aの発現量を生きたまま細胞内で定量することにより、ヒトiPS細胞と分化した細胞を識別することに成功しました。
LIN28タンパク質の発現量は多くの疾患やがんなどと相関があり、LIN28を検知するmRNAスイッチは将来、iPS細胞の識別だけでなく、がん細胞の識別などにも使われることが期待されます。また、合成mRNAスイッチで検出するタンパク質は、実験者のニーズに合わせて変更可能です。そのため、今後細胞内部のタンパク質量を生きたまま定量できる新たな技術や、必要な細胞を自在に識別・純化する方法、あるいは効率的に細胞をリプログラムする手法として発展することが期待できます。
- 論文名
Synthetic mRNA devices that detect endogenous proteins and distinguish mammalian cells - ジャーナル名
Nucleic Acids Research - 著者
Shunsuke Kawasaki1,2, Yoshihiko Fujita2, Takashi Nagaike3, Kozo Tomita3, Hirohide Saito2 - 著者の所属機関
- 京都大学大学院 医学研究科
- 京都大学iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門
- 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- 日本学術振興会・文部科学省 科学研究費補助金「基盤研究S」
- 日本学術振興会・文部科学省 科学研究費補助金「新学術領域研究」
- 内藤記念科学奨励金
- キヤノン財団
- 中谷医工計測技術振興財団
注1)mRNA
メッセンジャー(伝令)RNAのこと。DNA上の遺伝情報はmRNAに転写された後、mRNAからタンパク質となり(翻訳され)、細胞内で機能する。mRNAとタンパク質の相互作用を利用して、細胞内の目的のタンパク質が発現しているときのみ反応する合成mRNAを使って、mRNAの翻訳をコントロールする概念を「mRNAスイッチ」と呼ぶ。
注2) 内在タンパク質LIN28A
ヒトの細胞内に存在するタンパク質であり、細胞の初期化や幹細胞の維持に関わる。ヒトiPS細胞は、Lin28Aを高発現している。初期化遺伝子の一つであるLin28によって符号化される。
注3) フローサイトメトリー解析
流動細胞計測法。レーザー光を用いて光散乱や蛍光測定を行うことにより、水流の中を通過する単一細胞の大きさ、DNA量など、細胞の生物学的特徴を解析することができる。