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2019年3月6日

ヒトiPS細胞を使った小児脳腫瘍モデルの作製により、 小児脳腫瘍の病態を解明し、新しい治療標的を同定した

ポイント

  1. ヒトiPS細胞を使った新しい小児の脳腫瘍モデルを作製した。
  2. 作製した脳腫瘍モデルから、小児悪性脳腫瘍の原因となる特徴を明らかにした。
  3. 有効な治療法がなく予後の悪い小児脳腫瘍に対して、新しい治療法の可能性を提示した。
1. 要旨

 京都大学医学部附属病院脳神経外科の寺田行範大学院生、京都大学CiRA未来生命科学開拓部門の城憲秀大学院生、東京大学医科学研究所システム疾患モデル研究センター先進病態モデル研究分野の山田泰広教授らの研究グループは、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った新しい脳腫瘍のモデル作製に成功しました。このモデルを解析することで小児の悪性脳腫瘍の病態を明らかにし、さらにその原因を狙った新しい治療戦略を開発しました。

 AT/RT(エーティー・アールティー:非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍注1)は、3歳未満の幼児、特に1歳以下の赤ちゃんにみられる最も予後が悪い脳腫瘍です。この腫瘍はなぜできるのかなどについてはよくわかっておらず、世界的にも定まった有効な治療法がありません。

 本研究では、AT/RTにおける予後不良の原因を明らかにし、さらにその原因を狙った治療戦略の開発に成功しました。現在のところ効果的な治療法のないこの悪性の脳腫瘍に対する新しい治療標的を同定しました。

 さらに、小児に発生する他の悪性腫瘍(神経芽腫、腎芽腫瘍、肝芽腫)にもAT/RTと同じ特徴があることを見出し、この治療戦略が他の小児がんの細胞にも効果があることを示しました。本研究成果は、小さな子ども達に起こるさまざまな腫瘍に対する治療法開発に応用できる可能性があります。

2. 研究の背景

 小児脳腫瘍は、子どものがんの中では、白血病の次に多く、多くの子どもを苦しめる病気です。特にAT/RTは、小児、特に乳児期にみられる最も悪性度の高い予後不良な脳腫瘍であり、ほぼすべての患者さんにSMARCB1遺伝子の異常が見られることが知られています。しかし、この病気の特徴的な病態がなぜ生じるか、なぜこれほど悪性度が高いかなどはよくわかっておらず、世界的にも有効な定まった治療法がありません。本研究では、ヒトiPS細胞を使ったAT/RTのモデルを作製することで、AT/RTの病態解明と新しい治療法の開発を目指しました。

3. 研究結果

1. ヒトiPS細胞を用いた小児脳腫瘍(AT/RT)モデルの作製(図1)
 ヒトiPS細胞にSMARCB1遺伝子の変異を加えて、免疫不全マウスの脳に移植することにより、ヒトの細胞でAT/RTの病態再現を目指しました。色々な細胞に分化させることができるヒトiPS細胞の特徴を生かし、異なる分化状態の細胞を準備して移植の実験を行ったところ、未分化なiPS細胞の状態で移植した際にマウスの脳内にできた腫瘍を観察すると、特徴的なラブドイド細胞がみられるなどのAT/RTの特徴をもつことがわかり、世界で初めてのヒト細胞によるAT/RTモデルの作製に成功しました。

 作製したAT/RTモデルの特徴を調べると、iPS細胞や胚性幹細胞(ES細胞注2)に近い遺伝子の発現パターン(以下、多能性幹細胞様の遺伝子発現)が確認され、この多能性幹細胞様の遺伝子発現がAT/RTの発生、さらにこの腫瘍の予後不良の原因である可能性が示されました。

SMARCB1遺伝子に変異を加えたヒトiPS細胞をマウスの脳に移植すると、特徴的なラブドイド細胞からなるAT/RTの腫瘍モデルができた。

2. 小児脳腫瘍患者さんの予後不良の原因解明
 続いて実際に患者さんの検体で、多能性幹細胞様の遺伝子発現が見られるかどうかを調べました。過去の報告により、大人に起こる予後の悪い脳腫瘍(神経膠芽腫注3)でも多能性幹細胞様の遺伝子発現がみられることが示されていますが、今回、AT/RT患者さんの検体では、神経膠芽腫よりもさらにこの遺伝子発現が高いことを見出しました(図2)。さらに、他の幼い子ども達に起こる悪性腫瘍(神経芽腫、腎芽腫、肝芽腫)においても、成人の悪性腫瘍と比べて、この多能性幹細胞様の遺伝子発現がみられることを明らかにしました。

遺伝子発現解析やDNAメチル化解析で、AT/RTは他の悪性脳腫瘍である神経膠芽腫や髄芽腫よりも、ES細胞やiPS細胞に近い遺伝子発現およびDNAメチル化の傾向を認めた。AT/RTは、多能性幹細胞様の遺伝子発現が高いことが明らかになった。

3、小児脳腫瘍の悪性の原因を狙った新しい治療標的の同定(図3)
 最後に、AT/RTに特徴的な多能性幹細胞様の遺伝子発現を標的とした新たなAT/RTの治療法開発を目指しました。その結果、RAD21遺伝子もしくはEZH2遺伝子を破壊する、あるいはそれらの遺伝子の機能を抑制する薬剤で処理することにより多能性幹細胞様の遺伝子発現を抑えることが可能なこと、さらにAT/RT細胞の増殖を抑えられることを見出しました。また、この方法で他の小児悪性腫瘍である神経芽腫でも、細胞の増殖を抑えることができました。

RAD21遺伝子とEZH2遺伝子をAT/RTの新たな治療標的として同定した。これらの遺伝子を標的とした治療は、予後不良の原因である多能性幹細胞様の遺伝子発現を低下させ、神経分化を誘導し、腫瘍細胞の増殖を抑えた。

4. まとめ

 本研究では、iPS細胞を利用することで、世界で初めてヒト細胞によるAT/RTモデルの作製に成功しました。作製したAT/RTモデルを用いてAT/RTの病態を明らかにし、新しい治療標的を同定しました。この研究により、AT/RTの病気の理解がすすみ、いままで治すことのできなかった患者さんに対する今後の治療法開発の可能性を提示しました。さらに、AT/RTで見出された病態は、他の幼い子ども達に起こる代表的な悪性腫瘍にも共通してみられることを明らかにしました。本研究で開発された治療戦略は、他の小児悪性腫瘍の患者さん達にも効果のある治療法開発へと繋がる可能性があります。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Human pluripotent stem cell-derived tumor model uncovers the embryonic stem cell signature as a key driver in atypical teratoid/rhabdoid tumor
  2. ジャーナル名
    Cell Reports
  3. 著者
    Yukinori Terada, Norihide Jo, Yoshiki Arakawa, Megumi Sakakura, Yosuke Yamada,Tomoyo Ukai, Mio Kabata, Kanae Mitsunaga, Yohei Mineharu, Sho Ohta, Masato Nakagawa, Susumu Miyamoto, Takuya Yamamoto, Yasuhiro Yamada
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 日本医療研究開発機構(AMED)
    次世代がん医療創生研究事業 異分野先端技術融合による薬剤抵抗性を標的とした革新的複合治療戦略の開発(JP18cm0106203)
  2. 日本医療研究開発機構(AMED)
    革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」
    研究開発領域 時空間老化制御マウスを用いた細胞老化が及ぼす個体生命機能の理解(JP18gm1110004)
  3. 日本学術振興会(科研費)
    基盤A リプログラミング技術を応用したがん研究(18H04026)

なお、山田教授の研究グループは2017年度まで京都大学iPS細胞研究所(CiRA)に所属し、本研究を行っていました。

7. 用語説明

注1)AT/RT(エーティー・アールティー:非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍)
非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍は、脳や脊髄に起こる稀な悪性腫瘍で非常に増殖の早い腫瘍です。通常は3歳未満の小児に起こりますが、より年長の小児や成人にみられることもあります。組織学的に、ラブドイド細胞という特徴的な細胞がみられます。SMARCB1遺伝子異常が原因の一つとわかっており、この遺伝子の異常は遺伝する(親から子に受け継がれる)ことがあります。残念ながら悪性度が高く、治療も難しいために半数以上の子どもが1年以内になくなってしまいます。

注2)胚性幹細胞(ES細胞)
動物の発生初期段階である初期胚(胚盤胞)から将来胎児になる細胞の集団を取り出し、培養皿で培養し続けられるようにした細胞のこと。さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ。

注3)神経膠芽腫
脳腫瘍のおおよそ25%を占める神経膠腫といわれる悪性腫瘍のうち、悪性度が高く予後の悪いもの(グレード4)を神経膠芽腫もしくはグリオブラストーマと呼びます。小児から高齢者までさまざまな年齢にみられますが、多くの患者さんは60歳以上です。とても予後が悪く、神経膠芽腫の発症から平均余命は2年ありません。

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